第10話 王は悩み、答えを出そうとする
お願いがありますと王妃から言われたときは、まさかと思ってしまった。
社交界の間で噂になっている宝石が欲しいと言われたときは、自分が頷くだけで良いだろうと思っていた。
ところが、それは勝たんんには手に入らなかった、仕方なく手紙を書いたのだ、妻が欲しがっていると。
だが、手紙を出して返事が届いたのは十日後だ、自分は一国の王だ、いくらなんでも返事が遅すぎないかと思ったが、中を読み、表情が変わった。
「工房で扱っている宝石は一点ものばかり、現在の客の注文だけで忙しく、相手が誰であれ……」
最後まで読まなかったのは怒りの為だ、手紙をぐしゃりと握りつぶし、床に投げつけた。
仕方ない、これは諦めてもらおうと思った。
だが、自分の言葉に王妃は納得しなかった。
あなたはちゃんと伝えてくれたのと、自分たちは貴族ではない、他国とはいえ一国の王の頼みを手紙で簡単に断るなど信じられない。
もしかして、あなたは軽んじられているのではなくて、王として、それはどう思っているの。
最初、ねだられたときは五月蠅い、面倒だと思ってしまった、ところが、次々と王妃の口から出てくる言葉に怒りが沸いてきた。
たかが、宝石一つのことで、どうして、こんなにも煩わされてしまわなければならないのか。
それだけではない、自分の王としての資質を疑う言葉には我慢ならないと思ってしまった。
兄弟達を蹴落とし、権力争いの末にようやく王座を勝ち取ったのだ。
それが、どんなに大変だったのか、周りは、いや王妃は分かっていない。
目の前で自分を責める王妃は、ただの口やかましい女にしか見えない。
思わず、いなくなってしまえばと思ってしまった、すると胸のあたりがすっと楽になったような気がした。
そうだ、今、お気に入りの側室を王妃として迎えたらどうだろう、自分を尊敬し素直で従順、今の王妃よりも、そんな女が側にいたほうが、どれだけ楽か。
(いや、何を考えているんだ、そんなことは)
やっと手に入れた王座だ、長く続けていくためには血なまぐさいことは避けるべきだ。
「先日は悪かった」
数日後、彼女の前で国王は頭を下げた。
代わりの宝石といっても、それでは満足しないだろう、接、その工房に出掛けてはどうだろうかと王は提案した。
「直参すれば、あちらも無碍な対応はできないはずだ、勿論、支払いは私だ」
「まあ、あなた」
「私も共にといいたいが、一国の王が妻の買い物の為に国を留守にするというのは」
勿論ですわと喜色の表情で王妃は答えた。
「ただ、向こうに着くまでは貴族という名目で頼みたい、護衛もつける、何かあっては大変だ」
「嬉しく思います」
驚きの為か、顔を赤くして深々と頭を下げる女の姿を見ると王の気持ちは一変した。
自分の訪問を心待ちにしているのが一目で分かる、その姿に苛ついていた気持ちが和らぐのだ、愛娼の元を訪れるのは久しぶりだ。
酒を飲み、心地よい気分になりかけたとき、女がよろしいのですがと尋ねてきた。
「王妃様の事で忙しいと聞きましたが」
「何、たまには息抜きも必要だ、それにおまえの顔を見ないと寂しいのだ」
「まあ、嬉しい事を」
隣で酌をする女がゆっくりと自分にしなだれかかってくる。
「不自由はしていないか」
「何故、そのようなことを」
「いや、たまにしか顔を出さぬからな」
すると女は首を振り、十日も前に来て下さったではと言葉を続けた。
「こうして会いに来て下さるだけで」
ほんの少しの沈黙の後、そうかと王は頷いた。
「嬉しいことを言ってくれる」
お疲れではありませんかと聞かれて王は思わず聞き返した。
「間違ったな、私はおまえこそが王妃になるべきだった」
声には出さなかった、だが、女は唇から悟ったのかもしれない、テーブルの上の壷の蓋を開けて取り出すと、どうぞと王の口元に近づけた。
「疲れも取れますわ」
それは砂糖衣のついた飴、ボンボンだった。
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