7・ストーカーとストーカー(その1)

 ストーカー女子こと江頭由芽のその発言に、俺は「はぁっ」と声を荒げた。


「なに言ってるんですか! 俺はストーカーではありません!」

「でも、あなた、気がつけばいつもほっしーのそばにいるよね? そういうの、『つきまとってる』っていうんじゃないの?」

「誤解です。たまたまナツさんと行き先が被るだけです」

「ほら、そういうの! ストーカーの、ええと、ジョ……ジョートー……」

「常套句ですか?」

「そう、それ! まこちゃん言ってた!」


 どうだ、とばかりにストーカー女子は胸を張るけれど、それはこの人自身への忠告ではないのか。彼女があまりにもナツさんのまわりをうろうろするから、その「まこちゃん」とやらが釘を刺したんじゃないのか。

 その点、俺は理由が違う。

 たしかに、この1週間、俺はナツさんの周辺によく出没していたかもしれない。でも、それは「見守るため」だ。いざとなったら、ストーカー女子の魔の手から彼を救い出すためだ。

 そうした俺の正当な行為を、ストーカー女子と一緒にされるなんてたまったもんじゃない。


「そもそも、あなたこそどうなんです?」

「えっ」

「あなたこそ、この1週間ずっとナツさんにつきまとっていますよね?」

「違うもん! 由芽は、ただほっしーとおしゃべりしたいだけだもん!」

「本人にその気がないのにつけまわすのはどうかと思いますが」

「そんなことない! ほっしーも、由芽とおしゃべりしたがってるもん!」


 ストーカー女子は、ぷっと頬をふくらませる。

 なんだそれ、かわいいとでも思っているのか? でも、それなら夏樹さんのほうが100倍は上だ。以前あの人がふざけて同じように頬をふくらませたとき、俺がどれだけ衝撃を受けたことか。

 思い返してうっとりしかけた俺の耳に「お前ら、なにやってんだ」と呆れたような声が届いた。

 八尾さんだ。さすがに、俺たちの言い争いに気づいたらしい。ラーメン屋の店主よろしく、ドンッと腕組みして俺たちふたりを見比べている。

 さらに、その後ろからはナツさんが顔をのぞかせていた。中腰なのは、おそらく八尾さんの背中に隠れているつもりだからなのだろう。実際は体格差があるので、ほぼ丸見えだけど。この人のこういうところ、ほんと浅はかだよな。


「ほっしーと同じクラスの八尾くんだよね?」


 なぜか、ストーカー女子まで張り合うように腕組みをした。


「由芽、ほっしーとふたりでおしゃべりしたいの。ちょっとあっちに行っててくれる?」

「やだ、行かないで八尾!」


 ナツさんは、ギュッと八尾さんの肩にしがみついた。


「オレのことひとりにしないで! オレのこと守って!」


 なんだ、この茶番。王子様に助けを求める、お姫さま気取りか?

 けれど、八尾さんは王子様になるつもりはないらしい。「うるせぇ、うぜぇ」とナツさんにデコピンをくらわすと、ストーカー女子にガラケーの画面を突きつけた。


「桑野にメールした」

「えっ!?」

「お前のこと、回収しに来るってよ」


 八尾さんが言い終わると同時に、書店の入り口のドアが開いた。大股で近づいてきたのは、先日学食にも現れたあの金髪女子だ。


「由芽……あんた、また星井のあとをつけまわして!」

「違うもん! ほっしーのストーカーはこの人だもん!」


 彼女の指先が俺に向けられ、ナツさんが「ええっ」と声をあげた。


「青野、オレのストーカーだったの!?」

「断じて違います」

「でも、この人、いつもちょっと離れたところでほっしーのこと見てるもん!」

「じゃあ、やっぱりオレのストーカー……」

「だから違います! 俺と彼女、どっちを信じるつもりですか!」


 思わず怒鳴ってしまったものの、ハタと我に返る。

 まずい、周囲の視線があまりにも痛い。

 すっかり忘れていたけれど、ここは書店だ。他にも買い物客たちがいる「公共の場」だ。

 案の定、店員が険しい顔つきでこちらに近づいてきた。これは、もしかしたら出入禁止を言い渡されるパターンでは?


「おい、出るぞ」


 八尾さんが、先手を打つようにナツさんの背中を押した。状況を察した金髪女子も、同じようにストーカー女子の腕を引いた。

 こうして、第2ラウンドは人目のつかない場所へ──と思いきや、薄茶色の頭がくるりと振り向いた。


「あのさ! セフレならいいよ!」


 まさかの、新たな爆弾を投下するために。


「セフレになら、ならせてあげてもいい!」

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