第13話 ルイの気持ち

 翌日はやいうちに、ジンユェは帰り支度をしていた。一日休み看病されて起き上がれるようになったフェイが見送りに出る。


「もう帰るのかい」

「ああ、黙って抜け出してきたんだ。俺がひと晩戻らなかったとて騒ぎにはならないだろうが、心配する者も居る。兄様の無事も確認したのだし……もうすっかり俺の出る幕はなかったようだし。帰るよ」

「そうだね、皆に心配をかけるのはよくない……昨日は、大切なことをたくさん話せて良かった。来てくれて嬉しかったよ。ありがとう、ジンユェ」

「ああ、たまには俺の無茶もいい方向に転ぶこともあるものだ」

「ふふ、またそう言って。あまり無茶をするのでないよ」


 和やかに笑い合う時間も、ふいに途切れる。ジンユェも成人し、これから政務に関わることも多くなり忙しくなる。立場が変わり、これまでのように自由に出歩いたり無茶をすることは難しくなるだろう。そしていずれは王になる男だ。

 こうして兄弟で過ごせる時間は、あと如何ばかりであろうか。運が悪ければ、これきりになることもあるかもしれない。それを思うと切なくなる。


「……ねえ、兄様。俺は結局、兄様に何もしてやれなかった。兄様は今の暮らしで安らぎを得られていて、それは俺も嬉しいのだけれど……できることなら、兄様に安らぎをあげられるのは俺でありたかった。何も為せぬ不出来な弟で、すまなかった」

「そんなことはないよ。私はね、ジンユェ。おまえとミンシャのおかげでとても幸せだったんだよ。それが叶わなくとも、おまえが私と共に生きたいと願っていてくれることが、何よりの救いだった。ううん、今も救われているよ」

「……兄様。兄様……。どうか、幸せになってくださいね」

「私ははじめから幸せだよ。ジン、私と一緒に産まれてきてくれてありがとう。離れていても、いつもおまえを思っているよ。私のかわいい弟……ジン。ジンユェ。夜の月を見るたびに、おまえの名を呼ぶよ」

「兄様……俺も、兄様と双子でよかった。兄様の弟であることを誇りに思います」


 双子は強くお互いの身体を抱き締め合い、そしてどちらからともなく離れた。


「谷の泉まで送ろう。背に乗りなさい」

「わっ……龍!?」

「そうだと始めから知っているだろう。フェイ、少しふたりで話がてら送り届けてくるよ」

「はい、いってらっしゃいませ。お気をつけて」


 戸惑うジンユェをぐいぐいとその背に乗せて飛び立つルイ。離れていくフェイの姿にジンユェは叫ぶ。


「俺、ちゃんと立派な王になってみせますからー!」


 フェイは嬉しそうに笑っていた。



「ーーで、話ってなんです?」


 龍の飛ぶ速度というのは速いものだと思いながら、ジンユェは問いかける。ルイは少し黙り込んだが、そっと話し始めた。


「…………私は、フェイが愛おしい」

「……っは?」

「話した通り、私たちの結婚はなりゆきだ。私自身もそうするつもりはなかったことだし、人間を娶るのはずいぶんと久しぶりのことだ。もう人と暮らすことはないと思っていた」

「……そう、ですよね」

「だから私にもまだこれからの私たちがわからない。フェイのほうが私を嫌ったり、恐ろしく思うこともあるかもしれない。私たちは、姿を似せることはできても、やはり違う生き物だから」


 この龍神は何を考えているのかわからない風でいて、自身のこともフェイロンのこともよく考えているのだ、とジンユェは思いながら話を聞いた。


「……それでも、私はフェイを守りたいと思う。いじらしくて、かわいい、愛しい子だ。先のことは龍とて見えない。けれどこの気持ちは消えないものであれと願っている……。お前はこの気持ちを、聞きたいのではないかと思ってね」


「…………フェイロン兄様のこと泣かせたら、絶対許しません」

「怖いことだ。肝に命じよう」


 ルイは約束通り谷の泉でジンユェをおろし、そのときに祠のことも教えておく。


 そのまま身を翻して屋敷へと戻っていくルイの姿を、ああなんて美しい白き飛龍だろうと思いながら見送った。

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