episode15.海水浴(ブチギレもあるよ)

 これは、俺––––山瀬 海斗と、幼馴染の楓と春樹と結菜のバカップル二組が描く、海水浴の一話に過ぎない。



「海だ! 海だ! 海斗だ!」


「おう、落ち着け、楓」


 夏休み初日、足の治った楓とともに、幼馴染の4人で海水浴に来ていた。


「海を見る。英訳すると、シーsee シーseaだね」


「英単語二つ並べただけじゃん……」


 結菜はボケた挙句、俺のツッコミを聞かずにビーチサンダルを脱いで、せっせこ浮き輪を膨らませる。俺の隣で笑顔を作っていた春樹が追加でボケる。


「そもそも、海は英語でマウンテンなんだよなあ」


「小学生からやり直せ」


「そうそう、マウンテンで思い出したんだけど、結菜はやっぱりスタイルいいよな。この海にいる誰よりも綺麗だよ」


 春樹は俺たち三人に聞こえる声で結菜を褒め、わざとらしく俺に視線を向ける。お前も楓を褒めろっていう安い挑発。


 てかマウンテンで思い出すのギリギリアウトだろ。確かに結菜のそれはチョモランマ級なわけですが。打って変わって楓はというと、空気抵抗を極力まで減らした実用特化型。


 何かしら褒めてやろうと、水着姿の楓を見る。白色のシンプルな水着の上からラッシュガードを着ていて、前のチャックだけが空いている状態。


 足は筋肉質で引き締まっており、若干褐色肌で、アザや擦り傷が無数についている。


 俺は言葉に詰まった。褒め言葉が出てこないわけじゃなく、付き合ったってのにむず痒くて言葉にできない。


 気恥ずかしいってだけで、俺は声にすら出せないのかよ。もっと頑張れよ。自分を奮起させるも、上手くいかず、微妙な空気が流れる。


「彼女では負けてるかも知らないけど、彼氏では勝ってまーす。だって私の彼氏は人と比べたりしないんだもん」


 そう言って楓は俺の左腕に抱きつく。


「ごめん……」


「謝ることないでしょ。褒めるとこない私が悪いんだから」


 楓は傷ついているのに、気にしていないフリして笑う。それは毛布のような優しさで、ナイフのような恐ろしさでもある。


「そんなこと……」


 って言葉は続かなかった。今の俺がなんて言ったって意味なんかない。


「浮き輪出来たよー! 楓! どっちが先にクワガタ見つけられるか勝負ね!」


「だからここ海なんだって。山行けよ君ら」


 結菜は何も分かっていないような顔をしながら「クワガター!」と行って楓と海に走って行った。あれもう末期だろ。


「海斗、まだ顔痛いか?」


「いや、もう治ったよ。でも20は殴りすぎな」


 残った二人で、かけて行く彼女らを見届けながらパラソルを立てる。


「これでもまけてやった方だぞ。ほんとなら2000は殴ってた」


「ガチかよ。顔の原型留めてないだろそれ。感謝しとくわ」


 軽く笑いながらレジャーシートを敷く。


「ああ、でも、楓と別れたら残りの20000発その場で殴るからな」


「17980発分、どっから出てきたんだよ。利息えげつないじゃん」


 闇金でもそんなに利子付かないんだよなぁ。しかも元金の20発分が返したことになってない。


「なあ春樹、どっから結菜を褒める勇気が出てくるんだ?」


「相手を思う。それだけだよ」


 かっこいいな。うざいな。かっこいいな。俺も言ってみたい。「それだけだよ」って。シチュエーションによってはダサいか。


 パラソルを建て終わり、一息つく。


「ソフトクリーム買いにいかね? 二人に秘密で」


「あり」


 春樹の提案に短く返事し、売店の方に向かう。結構繁盛しているらしく、焼きそばにたこ焼きに、ソフトクリームにクワガタなど、色々ある。クワガタあんのかよ。


 あまり気にしていなかったが人も割と多い。夏休みの出だしだからしゃーないか。


「俺ってさ、やっぱり弱いんだよな。男として女の子を褒められないのは致命的すぎる。告白の件もそうだけど、男として成熟するパーツに欠けてる」


 危機感持った方がいいやつ。なんとなしに呟くと思ったより心にきた。一種の自傷行為。


「バカだな……海斗は切羽詰まった時に素が出るんだよ。良くも悪くもな。それが救いになってることもあるから気にすんな」


 この、なんて言うか……男子にもイケメンなの膝蹴りしていいかな?


 アイスクリーム片手にそんなことを考えていると、楓達が目に入る。


「あの、私たち、彼氏いるんで……」


「いいじゃん。俺たちの方が絶対楽しいって、ほら左の子名前何? めっちゃ綺麗」


 色黒ヤンキーみたいなやつに結菜が言い寄られている。見たことあるなこれ。既に隣では春樹がクラウチングスタートの体制に入っている。


「ボーイッシュな子も…………うわ、怪我だらけじゃん。ないわ……」


 ……は?


 色黒の一言で頭に血が上る。走り出した春樹を追い抜かし、ナンパ野郎のネックレスを胸元代わりにして掴む。


「おい、今なんて言った。ない? 何がだよ」


 全力疾走のうえ、それなりの声で怒鳴ったこともあってか周囲の視線を集める。が、そんなの俺には関係ない。


「お前が! 何も知らねぇお前が勝手にあるもないも決めつけてんじゃねぇよ! 楓はなあ、困ってる人がいたら怪我とか気にせず突っ込んで行くような優しい女の子なんだよ!」


 男は急につかみかかってきた俺の熱気に押されている。


「出来てる傷は全部、あの子の優しさの印なんだよ! んなのも分かんねぇクズが楓に近づくんじゃねぇ!」


 近くで見てきた。見ることしかできなかった。神崎さんとの事件を生み出したきっかけの感情が爆発する。


「離せや!」


 一通り話終わったと分かったのか、男は俺を蹴り飛ばす。幸い、砂がクッションになったので怪我はしていない。しかし、男は腕をぶん回して走ってくる。殴る気だ……最近、殴られすぎだろ。


 受け入れようと目を閉じたが、いつになっても痛みは襲ってこなかった。代わりに、グキッという音と、何かが砂浜に倒れ込む音が聞こえる。


 目を開けて絶句した。見ていなかったのに、何が起こったか容易に想像できた。楓が俺を庇ったのだ。


「楓! 大丈夫か!?」


 慌てて駆け寄る。楓の左頬は青黒く腫れていて、一生物の傷になったっておかしくない。


「女に庇ってもらって、ダッセェなぁ」


 ナンパ野郎の言葉が酷く心に刺さる。本当だよ。何やってんだ。俺だってクズじゃねーか。


「ダセェのはお前だろ」


 後ろを振り返ると、春樹が顎を突き出して、挑発している。


「そうだー、そうだー!」


 それにわざとらしく結菜も乗っかる。すると、今の一部始終を見ていた他の客も「そうだー!」コールを始める。


 こうなれば多勢に無勢。男も決まりが悪くなったのか、去っていった。それでも、俺の傷は癒えない。


 俺がもっとしっかりしていれば、楓が痛い思いをすることもなかったんだ。


「ごめん……」


 俺が謝ると、楓は何も言わずに首を横に振った。そして、俺の頭を腕で包みこむと、ゆっくりと口付けを…………口付けを!?


「んむっ……!?」


 やばいやばいやばい。何がやばいって、やばいぐらいやばい。一言で言うなら、恥ずかしい。そしてなんか、甘い。二言目が出ちゃうぐらい甘い。


 海が近いからか、若干塩っぽいザラっとした唇なのに、柔らかくてぷにぷにで、プルンプルン。キスが終わると「にーっ」と楓が笑う。


「私さ、ずっと気にしてたんだよ?傷も怪我も……でも、やっぱりコレでいいんだって、間違ってなかったんだって。そう思えたから」


 涙を堪えながら、彼女は続けてこう言った。


「大好きだよ」


 何度も耳にした言葉だけど、この瞬間の一言がじーんと心に響いた。


 そんなこんなでナンパの件は幕を閉じ、楓が怪我をしたのもあって帰宅することとなった––––。





「ちょっと待って! クワガタだけ買わせて!」


「いらねぇだろ!!」

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