episode11.体育祭(お姫様抱っこもあるよ)

 今日は待ちに待たない体育祭。どれぐらい待たないって期末テストレベルで待たない。


「神崎さんガンバー!」


 この高校ではクラスによって組みが分けられる。そして、現在俺は借り物競走に出ている神崎さんを応援している。


 赤い鉢巻き!ガチに似合ってるよー!と心の中で応援中。誰か俺の恋路を応援してくれ。


 一人二種目出なければいけない。俺はリレーと応援合戦。応援合戦って種目なんだね。因みに春樹も借り物競走。


 ピストルの音が鳴り一斉に走り出す。白い紙を開き、神崎さんは観客席へ。


「海斗ー!!俺の借り物のお題が『一番の親友』だから来てくれ!」


 そう言われ引っ張り出される。ちょい……俺、神崎さん見たい……。


 とはいえ、一番の親友なんて言われて断ることは出来ない。俺たちは一番最初にゴールテープを切る。


「一位おめでとうございまーす!お題は『よく鼻くそを穿っている人』、でしたー!」


「話が違ぇ!ほじってもないし!」


 隣では春樹が大爆笑している。しばいていいかな?続いて、神崎さんも手ぶらで走ってくる。何も持ってないけど……。


「二位おめで……あの、借り物は……?」


 司会者さんがそう言うと、神崎さんが俺の方を指差す。


「海斗くん……です……」


 おっふ、急に下呼び……。


「ほう!お題は……『よく耳くそを穿ってる人』でしたー!凄いですね!」


「凄くねぇよ!穿ってもねぇよ!」


 あっちこっち穿りすぎだろ。しかも耳とか鼻を穿ってるんじゃなくて、耳を穿ってるのがヤバい。


 運営の思い通り会場は笑いに包まれる。まあ、楽しいんならそれでいいか。


 その後の応援合戦も終わり、続く神崎さんの大縄跳びも終わった。待て待て、この小説の中の一番の見どころ終わったぜ?残すはクラス対抗リレーだけだ。


「海斗!ぜってぇ負けねぇから!」


「おう、頑張れ」


 俺は別に負けてもいいと思ってるので、適当に返事をする。


「俺が負けたら母ちゃんもらってもらうからな」


「まだ続いてんのかよ。いらねーって」


 と、奥の方からトタトタと結菜が走ってくる。


「春樹、頑張ってね。私の頑張っちゃってエネルギーあげるから」


 何だよ、頑張っちゃってエネルギーって。


「ありがとう。今ならブリッジで階段降りれる気がするよ」


「急なホラーやめろ」


 ツッコむと結菜の後ろからひょっと神崎さんが顔を出す。


「海斗……くん、私も頑張っちゃってエネルギーあげます……」


 頑張っちゃってエネルギー貰っちゃたよ。最高じゃん。もっと頂戴。今なら歯磨き粉がぶ飲みできる気がする。何してんだよ。


「ありがとう……でいいの?これ」


 何で返事したらいいか分かんないよ。そして、神崎さんは赤い鉢巻きを額から外し、俺に差し出す。


「あのっ、交換しません?」


「えっ?あっ、はい!喜んで!」


 神崎さんの提案で、鉢巻きを交換する。


「えっ!いいな!私たちもやろ!でも鉢巻きだとラブパワーで引き分けだよ。どうする?パンツ交換する?」


 先に脳を交換してもらえ。あと君らにラブパワーで勝てるやついないから。


「パンツは辞めとこう。そうだな……ブラでどうだ?」


「そうだね!ブラパワーで勝とう!」


「どっからツッコめばいいか分かんねぇよ!」


 もう、スタート間近だ。俺たちも二人に見送られレーンに入る。ちょっと待って、俺が神崎さんにあげた鉢巻き汗ついてなかったかな?くっそ、今になって後悔してきた。


「海斗くん!終わったら話があります!」


 えっ?今なんて?!嘘でしょ!神崎さん?俺の脳裏にパチンコの確定演出が流れる。キュインキュインキュイン!!


––––パンッ!


 ピストルの音で現実に引き戻される。第一走者は何ちゃら君!頑張れ!現時点では七人中三位と言ったところか。てか、話って何だろ?


 十秒やそこらで第二走者に渡る。次は青谷さん。すっごい早いんですが。青谷さんは赤井さんと違って自分から立候補しただけあって速い。てか、話って何だろ?


 グングン追い抜いて、一位に躍り出た。そして第三走者。うちの問題児こと赤井さん。因みに赤井さんという名前ですが、スナイパーは持ってません。てか、話って何だろ?


 俺も走り出す体制を作る。今開いた距離からするに、一位は三組、四組、六組のどこかだろう。四組は現在二位。いや、三組に抜かれるか……。てか、告白じゃね?


 もう俺にバトンが渡る寸前のことだった。赤井さんの足がもつれ、隣のレーンによろける。意図せず、三組の走者に赤井さんの顔が蹴り上げられた。バトンはレーン外に転がっていく。


「い゛だい!」


 一瞬あたりは静まり返る。赤井さんの鼻からは真っ赤な血が流れていた。俺はリレーのこととか忘れて赤井さんに駆け寄った。


「大丈夫ですか?赤井さん!取り敢えずこれ鼻に当てて」


 俺は体操服の上を脱いで止血する。出来てるかは知らんけどやらないよりはマシだろう。


 男性の先生は撤収の準備で借り出されている。医療テントまではあまり遠くない。俺が運ぶか……。周りの奴はリレーで走ってヘトヘトだしな。


 善は急げ。俺は赤井さんをお姫様抱っこしてテントに運ぶ。周りの生徒が伝えてくれていたのか、すぐに氷嚢ひょうのうで冷やし、事なきを得た。


 クラスメイトがだんだんと集まってきて、赤井さん大丈夫?だの、山瀬、上半身裸じゃん!だの言われる始末。なんか、ヒューヒューとか言われたし。


 まあ特に病院に搬送ってことにはならなかったので一安心だ。結局俺は上半身をちっちゃいタオルで隠しながら閉会式をした。恥ずかしっ!


 そして帰り道……。あっ、流石に応援に来ていた結菜の親から上着を貸してもらった。


「海斗、よくすぐ動けたよな。俺、先走っちゃってた……」


「いや、もうバトン渡ってたんだから当たり前じゃね?戻ってきたらビックリするわ」


 クラスのやつからブーイング避けられないだろそれ。


「でもカッコよかったよ。走ってる春樹」


「ああ、俺を褒めてくれるんじゃないんだね?!」


 いつでもしっかり結菜は結菜なんだよなあ。そこが良いところなんだろうけど。


「あれで一位取れないとか……本当にごめん」


 春樹は俺に頭を下げてくるが、そんな道理も必要もない。


「いや、三組のやつ陸上部らしいし、しゃーねえよ」


「違う!そう言うことじゃなくて……」


 春樹は何か言いたそうに俯く。何だよ。


「いや、神崎さんとの話も、出来てないだろ?」


「それを何で春樹が謝るんだよ」


 最後の方、俺はヒーロー扱いされたり、借り物競走の件で笑いものにされたりで、結局神崎さんとは話せていない。でもそんなこと春樹には関係ないはず。


「分からないならいいんだけどさ……悪かった」


 良いのか悪いのかどっちだよ。気づけば分かれ道で別れ道。俺は手を振ってすぐそこの家まで帰った。残ったのは、歯切れの悪い春樹の言葉と、神崎さんの鉢巻だけ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る