第31話 兄弟喧嘩と致死性の毒

ルイドバードは住宅街を駆け抜けた。立場上、街中(まちなか)で殺し合いをするのはまずいし、住人に迷惑をかけたくない。

 人気(ひとけ)のない方へ走るうち、街の中心を外れ、家がまばらになってきた。

そこで初めてルイドバードは振り返った。

 刺客の一人が、掛け声もなく襲いかかってくる。続く連撃を避け、間合いを取る。

 真横から近付いてくる気配を感じ、ルイドバードはしゃがみこむように低く腰を落とした。そのまま地面と平行に剣で半円を描く。

 横から首筋を狙った敵の刃は空を斬り、逆にルイドバードの剣が相手の足首を捕える。

 厚いブーツのせいで怪我を負わせることはできなかったものの、敵が一瞬ひるんだスキを見逃さず、立ち上がりざまその胸を斬り上げる。男は崩れ落ちた。

「トルバド国の王子に剣を向ける痴(し)れ者め。私はラティラスのように優しくはないぞ」

 仲間の血溜りを踏み付け、最後の一人が刃を振るった。

 剣と短剣が噛み合い、金属性の音をたてる。

 相手はかなりすばやい。攻撃を捌(さば)きながら、ルイドバードは薄い恐怖を感じていた。追っ手が二人だけとはなめられている気がしたが、少数精鋭で来たらしい。

 一撃を反らせたものの、完全に受けとめられず、腕に傷が走る。剣を振った勢いで、自分の頬に自分の血が飛び散った。刺客がにやりと笑う。

 再び間合いを取って立て直す。なぜかひどく息が切れた。

 残った二人のうち一人が、また斬りかかってきた。今までより受け止めた刃を重く感じ、ルイドバードは小さく呻きをあげた。柄を持つ手が汗でぬれる。何かがおかしい。確かに寝ずに動き回っているが、それだけでこれほど疲れるだろうか。

 真上から振り下ろされた一撃を払いのける。がら空きになった相手の懐に入り込む。

 恐怖の表情を浮かべた刺客の左胸に向かい、剣を突き立てようとする。不意に視界の端に闇が円く映った。それは薄い紙にインクがにじむように広がり、視界を埋め尽くしていく。瞬きをするが、視界は晴れないどころかますます暗くなる。

自分の肺が金属になったように、冷たく、息ができない。

 胸についた、軽いはずの傷が腫れているのが触れる布の感触でわかった。

 毒。刃に毒が塗ってあったか。

 扱いなれたはずの剣が扱いきれないほど重くなり、手からすべりおちる。膝から力が抜け、ルイドバードは地面に倒れ込んだ。

 新しい足音が、どこからか近寄ってくるのが聞こえた。

「本当にこれで大丈夫なのでしょうか」

 ルイドバードに傷を負わせた刺客が、新たに現れた何者かに問いかける。

「ああ。この街で解毒剤はまず手に入らないはずだから。放っておけばそのうちに死ぬよ」

 そう応えたのは、聞きなれたロルオンの声。

ルイドバードが上げた驚きの声は、くぐもった呻きにしかならなかった。

「この兄はやたら剣の腕だけは立つからな。こうでもしないとね」

「しかし、留めを刺さなくていいんですか?」

「そうだねえ」

 なぜかロルオンが剣を納める気配がした。そして心臓を凍らせるように冷たい、何か硬い物が触れ合うような音。

 必死に動こうとするが、力が体から抜けて指を動かす事もできない。

 何かが強く光ったのか、黒く塗りつぶされた視界の隅に、瞼の血を透かした赤色の球が見えた。しかしそれは一瞬で消えた。覚悟していた苦痛もない。

「……チッ。興(きょう)冷めした。失敗か。いいさ、どうせ死ぬんだ」

 ロルオンの足音が遠ざかっていく。

「だがこれでトルバドは我が物となるだろう。これは始まりにすぎないよ。まずは鏡の塔のパーティーで宣戦布告だ」

(鏡の塔?)

 薄れていく意識と共に記憶が消えないように、ルイドバードはその言葉をしっかりと心に焼き付けておこうと思った。

「いずれ、ケラス・オルニスも利用させてもらう」

(ケラス・オルニス?!)

 なぜそこでケラス・オルニスの名前が出てくる!

 それにどんな意味があるのか深く考える前に、ルイドバードの意識は闇に染まっていった。

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