第22話 フェティナの香水

治安維持隊の検(あらた)めを避け、新たな街の新たな宿に逃げ込んだ時には、ラティラスは高熱を出しぼんやりとしていた。傷は化膿しなかった物の、害のある細菌に冒されないよう、体が防御反応を起こしたのだろう。結局力を合わせて行動するどころかしばらく部屋を出られず、ルイドバードの足を引っ張るという情けない状態となった。

 数日して熱が下がったころ、ラティラス達は宿を引き払うことにした。とにかくここにくすぶっていても何の進展もない。それに、場所を変えたとはいえ、ここにもいつ治安部隊の捜索が及ぶか分からない。

 今ラティラスが泊まっている宿屋は、客室が並ぶ二階から階段を降りると、階下は食堂兼飲み屋になっていた。ある程度金を持っている者用の店だからか、にぎやかな話し声はあっても鄙猥(ひわい)な歌を歌う者も、女店員の尻をなでる者もない。皆談笑しながら思い思いの食べ物や飲み物を口に運んでいる。

 ルイドバードが支払をしている間、ラティラスは暇つぶしに近くにある掲示板を眺めていた。それは大抵の宿にあるもので、後で合流する仲間に自分が泊まっている部屋の番号を伝えるメモだったり、あちこちの土地から来る旅人をあてにした尋ね人の貼り紙だったり、宿の休業日を伝えるお知らせだったりが貼ってある物だ。

 小さなメモにラティラスの眼は引き寄せられた。

『フェティナの香水を売ってください。飛竜の月十二日、午前一時に23番地5へ』

 師匠からの連絡だ。そう思ったとたん、頭の中で警戒の鐘が鳴り響いた。

「どうした」

 そうとう怖い顔をしていたのか、戻って来たルイドバードが声をかけてきた。

「ええ……」

 ラティラスはメモを引きちぎってルイドバードに見せた。

「ワタシの師匠――といっても芸のじゃなくて剣技の方ですけど――から連絡が来たみたいなんです。存在しない香水の名前が暗号でして」

 でも、師匠は次に会ったときは容赦しないと言っていなかったか? それにこれは明らかにベイナーの筆跡ではない。

「本当に緊急連絡か、それとも何かの罠か……まあ、なんにせよ行くしかないでしょうね」

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