第52話 兎の世界
オレはアグルヒルの中央通りで、300本の人参が山の様に積まれたリアカーを引いている。
結局、銀貨6枚を支払って300本の人参を買ったのだが、さすがに重くて思うように前へ進めない。
オレは少し休憩を取ることにした。
時間は丁度お昼過ぎ、屋台から香ばしい串焼きのタレの匂いが漂い、お腹の虫がグウクウ唸る。
更に隣の屋台では、これまた涎をそそるトウモロコシ焼きの醤油の焦げた匂いが、更に隣はお好み焼きのソースの焦げた甘い匂いがオレを誘惑する。
「タケじい、お昼にしようか?」
「うむ、ワシも腹が減ってかなわん。昼飯じゃ!」
屋台の前はオープンテラスとなっており、いくつものイスとテーブルが並べられている。
オレはその1つにリアカーを横付けすると屋台へ向かった。
最初は串焼きの屋台に顔を出し串焼き5本を頼む。次はトウモロコシを5本、最後はお好み焼き5枚、それとお茶を3杯。しめて銀貨1枚となった。
やがてテーブルの上は、これから宴会でも始まるのではないかと思わせる程に、屋台の料理で一杯になった。
オレは手を合わせて、「頂きます!」と言うと、周りの視線が一気に集まったが、そんなの関係ね〜と、どんどん口に運ぶ。
周りの野次馬は、ポカンと口を開けて宿屋の食堂係と同じ顔をして驚いている。
おそらく、これだけの料理を1人で食べるなんて信じられないと思っているのだろう。
おまけに、テーブルの横には山と積まれた人参があり、変な想像をしているに違いない。
オレはタケじいと念話で話す。
「タケじい、オレは大食いなのか?」
「ああ、大食いじゃ!」
「でも、異世界転移する前は普通だったし、現代に戻っても、ここまでお腹が空かないんだけど、異世界でこんなにお腹が空くのは大食いスキルのせいなのか?」
「創真よ、大食いスキルがあるから大食いなのではない。魔力を使うから大量のカロリーを消費する。それを補う為に大食いスキルがあるのじゃ!」
言われてみれば心当たりがある。異世界転移した後は無性に腹が減る。召喚した後も同じだ。
「タケじい、魔力の消費が大きければ大きい程、腹が減るという事なのか?」
「その通りじゃ。魔力の消費は体力の消費の3倍は腹が減るのじゃ! ワシの感覚じゃがのっ」
なるほど、パーティの打ち上げの時に、体の小さいエリンが食べ物にガッついているのを見て違和感を感じていたが、そういう事だったのかぁ。
程なくしてテーブルの上の食べ物を全て平らげると、再びリアカーを引っ張り街を出る。
北門からしばらく歩き丘を見上げると、既に兎達が集結していた。
これはマズい、急がねばッ!
オレは力を振り絞って上り坂を駆け上がり、丘の中腹まで来ると兎達の声が聞こえてくる。
「創真の旦那〜、ガンバレ〜!」
「ソーマ、ソーマ、ソーマ!」
先程まで、キュ〜キュ〜言ってた言葉が、日本語になって聞こえてくる。念話スキルのお陰なのか?
「創真よ、念話スキルだけではないぞ。兎達と心が通じたからじゃ!」
そうか、これが波長が合うという事か!
オレは兎達の期待に答える為に、最後の力を振り絞って、ようやく丘の上に辿り着いた。
「ハァハァ……、お待たせぇ〜!」
そう言って、オレはリアカーの横へ仰向けに倒れ込んだ。
「旦那〜、大丈夫でやすか?」
「ああ、疲れて立てないだけだ!」
「良かったでやす!」
因幡さんの口調が変わっているが、今はツッコミを入れる余裕がない。
「因幡さん、追加で300本買ってきたから、好きに配ると……いい……」
そこまで言うと、オレは疲れをとる為に目を閉じた。
「だ、旦那ぁ〜!!」
「ソーマ様〜、死なないでぇぇ〜!!」
兎達がオレを囲んで泣き始める。
これは何かの学芸会なのかぁ〜?!
オレは目を閉じたまま、生きている事をアピールする。
「因幡さん、オレ死んでないから、報酬を配って!」
周りが急に静かになり、やがて歓声が上がった。
「ソーマの旦那が生きていたぞぉ〜!」
「良かった、良かった、ワァァ〜〜!!」
もう、好きにしてくれっ!
しばらくして、人参の贈呈式が始まった様だ。
「勝者〜、赤組〜!」
ワァ〜、パチパチパチ!
「これで、レッドがイナちゃん部下ナンバーワンだぜぇ〜!」
ワァ〜、パチパチパチ!
「ブルーは次回、頑張るんだぜぇ〜!」
ワァ〜、パチパチパチ!
「皆んなぁ〜、創真の旦那が報酬を2倍にしてくれたぜぇ〜! 旦那に感謝するんだぜぇ〜!」
ワァ〜、パチパチパチ!
「因幡の頭〜! 頭の報酬は無いんですかぁ?」
「イナちゃんの事は気にしなくていいんだぜぇ〜!」
「そんな事は出来ません! 俺の1本を差し上げます!」
「俺のも〜、俺のも〜、俺のもぉぉ〜!」
「お、お前たちぃぃ〜! 皆んなぁ〜愛してるぜぇぇ〜!!」
これは、学園ドラマなのかぁ〜!?
兎の世界は人間のオレには分からないと思った。
結局、因幡さんは子分達の為にオレに嘘をついてた訳で、そういう嘘は嫌いじゃない。
因幡さんも喋りはへんてこだが、将の器を持っているという事なのだろう!
オレが目を開けると、因幡さんがオーガ虫の魔石が入ったズタ袋をオレの側に置き、ひざを付いていた。その後には100匹のアルミラージが同様にひざを付いている。
「ソーマの旦那、イナちゃん隊はこれで失礼します。また呼んで下だせい! 皆んなもお礼を言うんだぜぇ〜!」
「ソーマ様〜、ありがとうございましたぁ〜!」
イナちゃん隊100匹は山の中へ去って行った。
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