第10話 【厄介な患者】


 調整が終わったカツキ用の賢者の石を戸棚の奥に隠しておいたのだが、それがいつの間にかカツキの手にあって、それ以降毎日のようにお取り寄せが行われることになった。


「取り上げないのか?」


「……泣くんだもん」


 自分でも娘に甘いと思う俺は兎も角、ちゃんと躾が出来ていたユツキですら賢者の石を取り上げることは出来ないというのだから、相当な勢いで泣かれたのだろう。


 結果、賢者の石を首から下げたカツキは御機嫌で毎日のように地球からのお取り寄せが行われた。


 その項目は家電だけに限られず……。


「カツキが高級牛肉をお取り寄せしてくれたわ! 今日の晩御飯はすき焼きよ!」


「お、おう」


 ユツキのリクエストで食べ物も取り寄せられることになった。


 今日がすき焼き予定だった地球の何処かの御家庭に申し訳ないと思いつつも、その日の晩はすき焼きを楽しませてもらった。


 大半はユツキの胃の中に消えていったけど。






 俺の診療所兼自宅は決して広くはない。


 だから屋根は太陽光パネルを5枚敷き詰めたらいっぱいになってしまう。


 お陰で蓄電器には十分な電力が蓄えられたのだが……。


「うぅ。冷蔵庫は最低設定にしないと直ぐに電力を消費しちゃう」


「電子レンジと併用は難しそうだな」


 我が家に大型冷蔵庫が取り寄せられたことで電力が不足してしまった。


 うん。ユツキの希望によって冷蔵庫がお取り寄せされたのだが、ユツキが大型冷蔵庫をリクエストしてしまったのかカツキが取り寄せられる限界の大きさの奴が来てしまった。


 エコ仕様の冷蔵庫と言っても、この大きさだとそれなりの電力を消費してしまうんだ。


 結果として電子レンジを使う時は冷蔵庫の電源をオフにしなくてはいけなくなった。


「すっごく便利になったけど、微妙に不便だね」


「……それは流石に贅沢だと思っておこうぜ」


「そうだね」


 異世界では異例なほどの便利空間になったが、これはカツキという特別な力を持った愛娘の功績であって、俺達が文句を言うのは筋違いだ。


「というか、今までカツキは空間属性の魔力を持っていると思っていたが、空間属性の魔力ってだけで、地球からこんなに色々な物を取り寄せることが出来るもんなのか?」


「え? それは……どうなんだろ?」


 勿論、ユツキに分かる訳もなく、俺達は改めてカツキの属性を調べてみようということになった。


 そういう訳で例の水晶玉をカツキに触らせてみたのだが……。


「えっと、これは……何色なのかな?」


「敢えて言うなら……虹色?」


 正直、コメントに非常に困る色に染まってしまった。


「空間属性ってこんな色になるの?」


「流石に空間属性の色なんて何処にも載っていないが……これは違うんじゃないか?」


「そう……だよね」


 どうやら愛娘の属性は空間属性どころではなく、俺が想像していた以上に超レア属性だったらしい。






 そういう訳で俺達は愛娘に色々とヒアリングを行った。


 まだ舌足らずな娘ではあるが、一応喋ることは出来るのでゆっくりと焦らずに誘導するような感じで話を聞いた結果……。


「お取り寄せですらなかったね」


「まぁ、地球から勝手に持ち出したわけじゃないってことが分かって少しだけほっとしたけどな」


 そもそもの話、この世界にいて地球の座標なんて分かる訳がないのだから、そこからピンポイントにお取り寄せしているという方が不自然だったのだ。


 それなら今までお取り寄せしていた物品の数々はどういうことなのかというと……。


「まさか創造属性だったとは」


「驚いたね」


 これらは何処からかカツキが引っ張って来たのではなく、俺とユツキの考えるイメージを読み取ってカツキが魔力で創造していたのだ。


 どうしてカツキに俺とユツキのイメージが読み取れたのかは、まだ分からないけど。


「将来的には世界征服も出来ちゃいそうだね」


「そんなものに興味が出るような娘には育てないけどな」


「そうだね。カツキは私達がちゃんと育てないと」


 俺とユツキはカツキをちゃんとした人間に育てることを改めて決意した。




 ◇◇◇




 カツキが俺とユツキのイメージを読み取っているという話から、俺は超能力的な力があるのかと思っていたのだが……。


「なんか、そんなに明確なイメージを読み取っているわけでもないみたい」


 そう言いつつ俺の手を握ってくるユツキ。


「こうやって私達が仲良くしていると楽しいイメージが溢れて、その溢れたイメージだけを読み取れるんだって」


「へぇ~」


 ということは、俺達は電子レンジ欲しいねぇ~というイメージが溢れていたのだろうか?


「正確に言うと、私が欲しいと思った物をあなたがプレゼントしたいと思ってくれたからイメージが溢れて、あなたが欲しいと思った物を私がプレゼントしたいと思ったイメージが溢れたみたい」


「ほぉ、なるほど」


 つまり重要なのは夫婦間での愛情であって、自分が欲しいと思った物はリクエスト出来ないってことだ。


「というわけで、これは私とカツキからのプレゼントね」


「……サッカーボール?」


 話の流れから全く関係ないものを渡されて困惑する俺。


「あなたって蹴り技が得意みたいだし、それならサッカーボールかなぁって」


「……あんまり関係ないんだけど」


 ユツキは何処かの中国拳法とサッカーを組み合わせた映画でも見た経験でもあるのだろうか?






 ともあれ、折角プレゼントされたのだから庭に出てリフティングしてみる。


 ポンポンと足や頭を使ってボールを地面に落ちないように蹴り上げるだけなのだが……。


「だう! だうぅ!」


 ユツキの膝の上に座っていたカツキは大興奮で喜んでいた。


「……楽しそうだな」


「パパが恰好良くて嬉しいんじゃない?」


「そうか? そうかな」


 正直、サッカーなんて地球で学生をやっていた時に体育の授業でしかやったことがなかったが、蹴りに必要な体幹を育てる為に色々な物を蹴っていたので何時間でも続けられそうだ。


 そうして娘に格好良いところを見せる為にリフティングを続けていたのだが……。


「パァ~パ!」


「あ」


 気付けばカツキがユツキの膝から降りて俺に向かってアピールしていた。


「カツキもやるか?」


 流石に2歳児にボールを蹴り渡すわけにはいかないので俺はリフティングを止めてカツキにボールを軽く投げ渡す。


「だう!」


「おっとと」


 結果、カツキのヘディングによって勢いよくボールが飛ばされて、慌ててキャッチする羽目になった。


「意外と力強いヘディングシュートなんですけど」


「子供って見た目以上に力があるのよ」


 驚く俺にユツキはクスクスと笑っている。


「それなら少し投げても大丈夫かな?」


「ゆっくりね」


 ユツキの許可も得て、俺はカツキに低く山なりにボールを投げる。


「だうっ!」


「うぉっ!」


 結果、想像以上に綺麗なフォームでヘディングされたボールが勢いよく返って来て思わず胸で受ける。


「あぶねぇ~。危うく顔面ブロックさせられるところだったわ」


「パパも頑張ってぇ~」


「おう」


 その後、俺はリフティングしながらタイミングを合わせてカツキに緩くボールをパスする。


「だう! だう!」


 カツキはそれに楽しそうに頭突きを繰り返して、勢いよく俺に返してくる。


 そんなことを繰り返しているだけだったが、カツキは楽しそうにはしゃいでいた。


 だが、そんな中でも油断によって事件が起きてしまう。


「マァ~マ!」


「へ? へぶぅっ!」


「あ」


 カツキとしてはユツキとも楽しい時間を共有したかったのかもしれないが、急にボールをパスされたユツキは反応出来ずに――顔面にボールが直撃した。


「うわぁ~」


 それは何度か受けた俺だから分かるが、見た目以上に勢いがあったボールの急襲である。


 流石に鼻血を出すほどのダメージではなかったようだがユツキの顔はうっすらと赤くなってしまっている。


 うん。普通に痛そうだ。


「か~つ~きぃ~?」


「ひゃぅ!」


 そのユツキの怒りを感じたのかカツキは速攻で――俺の背中に隠れた。


「お、おおお、おち、おちつけ! 子供のやったことだし……!」


 正直、ユツキに対する盾にするのはマジで勘弁して欲しいと思う。


「こっちに渡しなさい」


「は、はい!」


 結果、父親の威厳とか、そういうのを投げ捨ててカツキをユツキに引き渡す羽目になってしまった。


「うぅ~」


 カツキには睨まれたが――すまん、パパはママには逆らえないんだ。




 ◇◇◇




 俺の本業である診療所には時々ではあるが面倒な客が来ることがある。


 腕前としては対象が死んでさえいなければ大抵の患者は治せると自負している俺なのだが……。


「頼む! こいつを治してくれ!」


「……そう思うなら死ぬ前に連れて来いよ」


 流石に死後数時間も経過した死体を持って来られてもどうしようもない。


 これは医者ではなく葬儀屋の案件である。


 一応確認はしてみたが、心臓は勿論だが完全に脳まで逝ってしまっていてはどうしようもない。






 またある時は腕が千切れてしまったから治してくれという患者が運び込まれてきたのだが……。


「千切れた腕は?」


「え? あ、野良犬が咥えて持って行っちまった」


「…………」


 俺は再生魔術で腕を生やすことくらいは出来るが、ここでは街の片隅のお医者さんを超える仕事をするつもりはない。


「腕が食われる前か、腐って駄目になる前に持ってきたら繋いでやる」


「そ、そんなぁ!」


 破格の条件を出してやったのに何故か絶望していた。


 とりあえず患者の腕は処置しておいたが、腕が見つかるかどうかは運次第だろう。






「お願いします! おばあちゃんを助けてください!」


 そしてヨボヨボの老婆が運び込まれて来るときもあるのだが……。


「老衰だな。寿命で死んだ者は処置の仕様がないぞ」


 寿命で死んだ患者とか本当にどうしようもない。


「さっきまで元気だったんですよ!」


「蝋燭だって最後には元気に燃え上がるもんだ。患者は最後の力を振り絞ってサヨナラを言う時間を作ったんだろ」


「う、うわぁ~ん! おばあちゃ~ん!」


「…………」


 俺としては、こんな世界で寿命が尽きるまで生きられたことが奇跡に思えるが、それでも別れは悲しいものだから流石にそんなことを言う気にはなれなかった。






 とまぁ、ここまでなら少し厄介程度で済ますことが出来ることだったのだが……。


「た、助けてくれっ!」


 その日、俺の診療所に飛び込んできたのは15~16歳くらいの少年だった。


 ただ、少年は1人ではなく、その背に1人の人間を背負っており、その背負われた人間が――まぁ、酷い有様だった。


「頼む! ティアを助けてくれっ!」


「……とりあえず診察台に寝かせろ」


 正直、そのティアと呼ばれた人間が生きているかどうかも不明ではあったが、よく見ると浅く呼吸をしているので生きてはいるのだろう。


 けれど見るからに酷い状態であり、当人は今も激痛に苦しんでいるのか転げ回りたいくらいだろうが、それが出来ないくらいに重傷だった。


「やれやれ」


 なにはともあれ麻酔魔術で痛みをカットしてから睡眠魔術で意識を落とす。


「てぃ、ティア? どうなったんだ?」


「痛みを消してから寝かしつけただけだ。これから診察するから静かにしていろ」


「あ、ああ」


 そうして俺はティアと呼ばれた――恐らくは少女の診察を開始したのだが……。


(こいつはひでぇや)


 初めて会った時のユツキと同等か、それ以上に酷い状態だった。


 ユツキの場合は末期の癌患者だったが、このティアという少女は長期間の拷問でも受けていたのか体中に無事な個所の方が少なかった。


(よく生きてるなぁ)


 よっぽど拷問した奴が上手く生かしていたのか、絶妙に死なないように調整されているようだった。


「1つ聞いておくが……」


 診察を終えて俺は少年の方を向き直って尋ねる。


「この子、本当に生かすのか?」


「は?」


 俺の質者を聞いた少年は呆気に取られていたが、俺は割と本気で聞いている。


「この子はどう考えても真面な環境にいたわけではないだろう。身体は治せるかもしれないが……心はそうはいかないぞ」


「…………」


 そう。生きてさえいれば俺なら身体は治せる。


 だが心を病んだ患者のメンタルケアの治療には相当な時間が掛かるし、そこまで面倒を見る気は俺にはない。


 俺はそういうことを少年に伝えた上で……。


「ここで楽にしてやるのも1つの手だと思うがな」


「…………」


 このまま死なせてやる方が幸せかもしれないということを提案した。


「それでも……治してくれ。ティアが辛い目に遭って来たのは知っているけど、だからこそ幸せにならなくちゃ嘘だろう!」


「そうか」


 まぁ、心のケアを自分でするというのなら俺に文句はない。


 文句はないのだが……。


「だが、これだけの治療となると治療費も馬鹿にならないぞ。払えるのか?」


 俺も慈善事業ではないので払うものは払ってもらわなければならない。


「こ、これで足りるか?」


 だが、そう言って自信なさげに少年が差し出して来たのは綺麗な腕輪だった。


「ほぉ」


 俺は装飾品の鑑定など出来ないが、その腕輪に使われている金属には見覚えがあった。


(ミスリル製か)


 異世界産の不思議金属の1つであるミスリルだ。


 腕輪という少量ではあるが、この量でも売れば軽く数年は遊んで暮らせるくらいの金額になるだろう。


「預かっておこう」


 ともあれ、これを担保にするなら治療費としては十分なので、俺は早速治療を開始することにした。






 ティアという少女の状態は酷いものであり、俺ですら治療には数時間も掛かった。


 ユツキの治療には1ヵ月以上の時間が掛かったが、あれは癌という厄介な病気だった上に当時は賢者の石がなかった。


 だから今ならスムーズに治療が出来たわけだが……。


「す、凄い」


 治療の様子を見ていた少年が呆気に取られるくらい少女は劇的に姿が変わってしまった。


(まぁ、美少女と言っても良いかな)


 個人的な話をすれば俺はユツキの方が100倍好みだけど。


「これで身体の方の治療は粗方終わりだ」


 俺は少女に掛けていた睡眠魔術と麻酔魔術を解くが、少女が目覚めることはなく静かな寝息を立てているだけだった。


「疲れているみたいだし、目を覚ますのは明日の朝になるだろう」


「あ、ありがとうございます! この恩は忘れません!」


 少年は俺に大声で礼を言って来たが……。


「騒ぐな。患者が起きるだろうが」


「す、すみません」


 折角、安らかに眠っているのだから態々起こす必要はない。


「それと、さっきも言ったが身体は治したが心の方がどうなっているのか保証出来ん。そっちはお前の方で何とかしろ」


「……分かってる」


「他に身体の方に不調があったら診てやるが、次からは別料金だぞ」


「……分かってるよ」


 そんな会話を最後に少年は少女を背負って診療所から去っていった。


「お疲れ様」


 そうして少年が去っていくと同時に住居からカツキを抱いたユツキが現れる。


「本当に疲れたよ。久々に本気で治療をすると堪えるね」


「ご苦労様。ご飯、出来てるよ」


「それはありがたい。流石に腹ペコだ」


 数時間も集中して治療に専念していたので、ご飯を食べている暇もなかったのだ。


 本来なら家族団欒で3人で食事をするのが常だが、こういう緊急時にはユツキはカツキの世話を優先してくれるので俺も気兼ねなく仕事に専念出来た。


 そうして食事をしながら――何故かユツキも一緒に食べながら色々と報告をしていたのだが……。


「これがミスリル? 凄い、本物のファンタジー金属だぁ」


 報酬として預かったミスリル製の腕輪を見てはしゃいでいた。


「あのガキがどういう経緯で手に入れたのか知らないけど、厄介ごとになりそうだから早めに処分したいんだけどな」


「売るのも大変そうだね」


「それも問題だ」


 普通の店で売ったりしたら絶対に入手経路を探られて面倒なことになる。


 そういう柵のない裏の商人に伝手があれば良いのだが、生憎と今の俺は堅気なので伝手は作っていないのだ。


 無論、傭兵時代に作った伝手を使えば問題なく換金出来るのだが、そういう伝手を使うということは傭兵時代の柵も引き寄せるということだ。


「これの処分は一時保留だな」


 考えると色々と面倒になりそうなので今日は考えるのを止めて、明日の俺に任せることにした。




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