第6話 【聖女様は面倒臭い】

 

 異世界で米を探すことになった。


 普通に考えれば転生した時点で日本人の身体ではなくなっているので米が嗜好にヒットするかは疑問なのだが、ユツキが食べたいというのだから探すしかない。


 この世界の土壌とか調べていないが、地球と同様の環境だったなら米があるとしたら東――極東方面を探してみるべきだろう。


 流石に一朝一夕では見つからないだろうが、商人関連からも情報を集めるので時間を掛ければ見つかる、と思う。


「頑張ってください、クルシェさん!」


 ユツキも本気で応援してくれているし。






 まぁ、それは兎も角として……。


「私はあまり詳しくはないのですが、魔術で携帯電話みたいなものって作れないんですか?」


「無茶を言いなさる」


 ユツキが俺と同じ転生者であることが判明してから、そっちの方面への話題が多くなった。


 どうやらユツキは魔術については素人みたいで、魔術で出来ることと出来ないことが理解出来ていないようだった。


「出来れば私はスマホが欲しいです」


「……スマホで何をするわけ?」


「暇な時間にアプリのゲームとか」


「……通信も出来ないのに?」


 当然だが、この世界には通信用の基地局なんて存在しないのでネットになんて繋がらない。


「そこは、ほら。クルシェさんが頑張って地球と繋げてくれれば大丈夫じゃないですか」


「超無茶ぶり!?」


 異世界に通信用の基地局やアンテナを作るのだって難易度が高いというのに、その上空間を超えて地球と繋げとな?


「ユツキさん、この世界にだって空間を超えるような空間魔術は伝説級の魔術として伝わっているだけで実物なんて誰も見たこともないんですけど?」


「やっぱり駄目ですか」


 流石のユツキも本気で言っていたわけではないようで、ガッカリしながらも納得しているようだった。






(それにしても携帯電話ねぇ)


 今まで俺も考えなかったわけではないのだが、そこに到達するまでのハードルが高過ぎて挑戦しようという気も起きなかった。


 だがユツキが欲しいと言うなら少し本気で考えて……。


「いや。やっぱ無理だわ」


 直ぐに不可能という結論に達した。


 過去に携帯電話やスマホの図面を見たことがあるので、それは苦労はするだろうが再現することは不可能ではないと思う。


 けれど通話が可能になるまでの手順を考えると――冗談抜きで気が遠くなる。

 異世界で米を探すのとは別次元の難易度だ。


(せめて空間魔術を使う為の空間属性の使い手でも居れば違うんだが)


 俺の聖属性は100万に1人という希少属性ではあるが、空間属性となると世界に1人いるかどうかという超希少な存在になる。


 というか本当にいるかどうかも不明な属性だ。


 転生特典なのか聖属性の俺ですら貴重なのに、空間属性の対象を発見するなんて……。


(そういやユツキの属性は聞いたことがなかったな)


 俺の聖属性が転生特典ならユツキも珍しい属性を持っているかもしれない。


 ひょっとしたら探している空間属性の可能性も……。






「魔力の属性って、どうやって調べるんですか?」


 そうして聞いて帰って来た答えがこちら。


 そうだよね。魔術と関係ない場所で過ごしていたなら自分の属性なんて調べる手段も知らないよね。


 ちなみに、この世界は科学技術は全く発展していないのだが、魔術に関する技術は進んでいるので属性を調べる専用のアイテムが存在する。


 それがこちら。


「なんだか水晶玉みたいですね」


「触ると対象の属性に反応して色が変わるアイテムらしい」


「へぇ~」


 言いながらユツキは水晶玉――正式名称は属性判定結晶に触れる。


 結果、水晶は薄緑色に変化した。


「これは何の属性でしょう?」


「この色は……植物属性だな」


 望んでいた空間属性ではなかったが、これもまた珍しい属性だ。


 俺の聖属性と同じく100万人に1人いるかという希少属性だ。


 やはり転生特典で珍しい属性が当たるようになっているのだろうか?


「良いですね♪ 私、地球にいた頃から家庭菜園とかしてみたかったんですよね」


「そうな。そんな時間があったら挑戦してみるのもいいかもな」


「……そうでしたね」


 何度も言うようだが、俺達は忙しいのである。


 ユツキの兄弟姉妹の協力のお陰で少しはマシになって来たが、それだって俺達に暇が出来るほどではない。


 俺達が休日にデートをする為には、もう少し時間が必要だった。




 ◇◇◇




 米が見つかった。


 思ったよりもアッサリと見つかってくれたが、その見つかった場所が問題だった。


「輸送だけで2ヵ月掛かるらしい」


「輸送だけと言うことは……」


「ああ。こちらからの連絡が届いで荷馬車に積み込んで、それから運んでくることになるから……最低でも倍の4ヵ月は掛かるだろうな」


「最低でも4ヵ月。4ヵ月では届きそうもないですね」


「馬車の長旅は何が起こるか分からないからな」


 途中で盗賊に襲われるかもしれないし、嵐に遭遇して荷物が駄目になるかもしれないし、日照りが続いて米が駄目になるかもしれない。


 そういう諸々を考えると、米が俺達に元に届くのは早くて半年――下手をすれば1年以上は掛かるだろう。


「私って植物属性なんですよね? 私がお米を育てるのは駄目なんでしょうか?」


「魔術の基礎だけでも習得に年単位の時間が掛かるぞ。育てる時間も考慮すると最低でも5年は掛かるな」


「うぅ。私のお米がぁ~」


「よしよし」


 大好きなお米が見つかったのに食べられない悲しみで涙目になるユツキの頭を撫でて慰める。


 どっかのアニメのOPでも言っていたが、慰めながらも不謹慎かもしれないが泣いてる顔も綺麗で焦るね。


 ちなみに時間は掛かっても可能性があるならやるべきだと本人が言うので、これからは時間が空いた時にでもチマチマと魔術を教えていくことになった。






 ともあれ、ユツキが落ち着いたのを確認してから俺達は仕事を再開する。


 こうして仕事をしている間にもユツキの兄弟姉妹が部屋に入って来ては処理の終わった書類を運び出したり、次の仕事の指示を求めて来る。


(地頭は俺の方が良いかもしれないが、教育者としてはユツキの方が優秀だな)


 俺は転生してからもあまり人を育てるということに積極的ではなかった。


 お陰で後継者が育たなくて苦労する羽目になっているのだが、ユツキの方は身近に居る者達に対して出来る限りの教育を施してきたようだ。


「ユツキって大学で教育学部だったりする?」


「そうですよ。よく分かりましたね」


「……なんとなく」


 ユツキが地球にいたままだったなら、きっといい先生になれただろう。


 その未来は失われてしまったわけだが、その成果がユツキの兄弟姉妹なのだと思う。


 一瞬、学校の先生になったユツキを見てみたいと思ったが……。


(その前に俺の奥さんになったユツキを見るのが先だな)


 そう思い直した。


 そもそも、この世界ではまともな教育機関がないので、学校の先生になるというのはハードルが高いのだ。


(そうだ。ユツキに沢山俺の子供を産ませて、その子供達を相手に授業をしてもらうってのもいいかもしれん)


 結果、そんな夢想をしてしまう。


「なにか楽しそうですけど、面白い書類でも混じっていましたか?」


「いや。ユツキとの結婚後の生活について考えてた」


「は、早いですよ!」


 恥ずかしそうに顔を赤く染める俺の婚約者が可愛い♪




 ◇◇◇




 厄介ごとというのは前触れもなく起こるから厄介ごとなのである。


「どうして聖女様がウチなんかに来ることになる?」


「知らん。だが視察ということなら断れんだろう。隣国とはいえ国からの要請だ」


「…………」


 そう。何故だか知らないが隣国で保護されたという聖女がウチの傭兵団を訪問して視察に来るのだという。


 これは当然のように厄介ごとだ。


「俺は仕事があるから部屋に引き籠っていても良いよな?」


「いいわけあるか。明らかに聖女様はお前に会いに来ているだろうが」


「……だから会いたくないんだろうが」


 キリエの言う通り、その聖女は明らかに俺を目的に会いに来るのだ。


 恐らく、俺が聖属性で治療班の班長だからだと思われる。


「というか、こういうのって普通は俺を呼びつけたりするもんなんじゃないの? なんで態々聖女様の方から会いに来るんだ?」


「だから知らん。私に聞くな」


「…………」


 どうもキリエは俺がユツキと婚約してから態度が冷たくなった。


 嫉妬――なのかは知らんがユツキの存在を面白くないと思っているのは間違いなさそうだ。


 戦場でコンビを組んでいる時は普通なんだけどねぇ。


 やれやれ。






「というわけで聖女が来るらしい」


「話を聞く限りクルシェさんに会いに来るみたいですけど、どのような用事なのでしょう?」


「それが分かったら問題は解決したも同然だな」


「……そうですね」


 ユツキとも話すが、その聖女の目的が分からないから厄介ごとは厄介ごとのままなのである。


「本当、なにしに来るんだか」


 俺は深く、深く嘆息したのだった。




 ◇◇◇




 数日後、予定通りに聖女様御一行が傭兵団の拠点に到着した。


「ごきげんよう」


 そして団長の似非御嬢様とは違い、本物の貫録を見せる白い修道服を纏った1人の女性。


 その女性の長い髪は真っ白であり、その瞳は真紅に染まり、その肌は空けるように白かった。


(この方が聖女様なんですか? どう見てもアルビノなんですけど)


(みたいだな)


 俺の補佐として同行していたユツキが小声で話し掛けて来る言葉に俺は同意を返す。


 そう。聖女はアルビノだった。


 白子症アルビノとは、身体の色素が生まれつき不足している状態で、地球では17000人に1人の割合で生まれて来ると言われていた。


 色素が足りない影響なのか、日の光だけでも火傷をすることがあるらしい。


「わたくしはセルティオ=アーガスレディアと申します。本日は見学の許可を頂きありがとうございました」


「ようこそ、我が傭兵団《影狼》へ。我々は聖女様の御来訪を歓迎いたします」


 そして聖女に対応するのは当然のように俺だった。


 普通、こういう場合は傭兵団の代表である団長が出迎えるものなのだが、団長はアレだから仕方ない。


 それなら副団長のキリエがやれば良いと思うのだが……。


「ふん」


 まだ機嫌が悪いままなので俺に押し付けられた。


 本当、偉い奴が我儘な傭兵団だよ。






 それから俺とユツキで聖女を案内して拠点の中を回ることになったのだが……。


(なんだか興味なさそうですね)


(見学が目的じゃないってことだろ)


 聖女はずっと上の空だった。


 予想はしていたが聖女の目的は傭兵団の見学ではなく――俺ということになるのだろう。


 それが確信に変わったのは見学を終えて俺の仕事部屋でお茶を出して休憩している最中のことだった。


「そういえばクルシェ=イェーガー様は聖属性で治療師をされておられるのですよね?」


「ええ。我が傭兵団の治療班の班長を務めさせていただいております」


 どうやら、ここからが本題のようで、聖女は目を爛々と輝かせて俺に視線を向けて来た。


「それでしたら是非、クルシェ様に治癒術の手解きをして頂きたいですわ」


「はい?」


 何故か聖女に治癒術を教えてくれと言われたんですけど。


「えっと。聖女様は既に治癒術はお使いになれますよ……ね?」


「はい。未熟ではありますが聖魔術による治癒術は習得しております」


「でしたら聖女様に私の手解きが必要とは思えませんが?」


「…………」


 俺がそう言ったら何故か聖女は苦い顔をして黙り込んでしまった。


「恥を晒すのを承知で告白しますが、わたくしの治癒術は未熟なのです」


「えっと?」


「怪我も病気も治癒術で治すことは出来るのです。ですが稀に治したはずの怪我の後遺症が出たり、病気を治そうとしても逆に悪化させてしまうこともあるのです」


「…………」


「クルシェ様は重病患者を治した実績もおありだと聞きます」


 そう言って聖女が視線を向けたのはユツキだった。


 何処から話が漏れたのか知らないが、どうやら俺がユツキを治した話も知っているらしい。


「とりあえず、話しだけでもお伺いします」


 結果として面倒なことだが俺は聖女の話を聞く羽目になってしまった。




 ◇◇◇




 後日、俺は聖女を連れて拠点から近い街の診療所へと出向くことになってしまった。


 実際に聖女の治療を見て、何が問題なのかを指摘して欲しいということになったのだ。


(超面倒臭ぇ)


(お仕事もあるのに困りますねぇ)


 今回も俺の補佐としてユツキが同行しているが、このままだと仕事が遅れる一方だ。


 そんな内緒話をしながら診療所に運び込まれる患者を聖女が治療する姿を見ていたのだが……。


(あの、クルシェさん?)


(なんだ?)


(私、医療に関しは素人同然なのですが、骨折した患者さんって普通は骨の位置を戻してから治療をするものじゃないんですか?)


(……その通りだよ)


 うん。この聖女、運び込まれた骨折患者に対していきなり聖魔術での治療を開始しやがったのだ。


 そりゃ、流石は聖女の聖魔術だけあって凄い治癒力ではあるのだが、このままでは骨が歪んだ状態で治されてしまうので後遺症が出るのは当たり前だ。


 そういうことを聖女に指摘してみたのだが……。


「そ、そうだったのですか!? 知りませんでしたわ」


「…………」


 どうも聖女は力任せに聖魔術を使うだけの治療をして来たようで、そういう医療の基本的な知識が欠けているようだった。


 骨折の治療法とか、治癒師じゃなくても知っている一般常識だと思っていたが、そうでもなかったようだ。


「そ、それでは病気が悪化してしまうというのも……」


「まぁ、同じように知識不足が原因かもしれませんね」


 病気というのは基本的に身体の中に悪い菌が入り込んで症状が出るものだから、最初に体内に入り込んだ菌を追い出すか殺菌しなくては話にならない。


 寧ろ、聖魔術で身体を活性化させると菌まで活性化されて悪化するのは当たり前だ。


 聖魔術の中には免疫力を高めて病気を治すという術も存在するのだが、それにしたってアレルギー患者に使えば逆効果だ。


 そういう見極めが治療師には必要なのだが、この聖女はそういう知識がまるっと欠けているらしい。


「そもそも世界には数え切れないほどの種類の病気があるのですから、その1つ1つに別の対処法が必要になります」


 俺の仕事部屋の金庫には先代の養父から受け継いだ病気の治療メモ――つまりカルテが仕舞われている。


 その数は膨大な量に上り、今でも俺の手によって増え続けている。


 病気を治すということは、このくらいの知識と経験が必要になるということだ。


 聖魔術だけが使えても治せないものは治せない。


「そ、そのカルテをお譲りいただくことは出来ませんか?」


「あれは養父から譲り受けた家宝のようなものです。たとえ大金貨を1万枚積み上げられようともお譲りすることは出来ません」


「……そうですか」


 そもそも、カルテに書いてあるのは俺や養父が独自の法則で書き殴ったものなので他人が読んでも正しく解読することは出来ない。


 それに病気を治す為に研究した独自の薬の調薬法なんかも書かれているので、下手をすれば――というか下手をしなくても患者の命に係わる。


 調合をミスしたものを患者に投与すれば危険になる薬だって山ほどあるのだから。


「こればかりは御自分で研究をなさらないと身に付かないものですよ」


「そう……ですわね」


 少なくとも俺は、この道には近道はないと思っている。


 他人の知識を参考にするのは結構だが、この世界では共有技術が未発達なので正確に伝わらない方が多い。


 それで医療ミスをするくらいなら各自で研究をして自分で開発を進めていく方いいと思う。


「クルシェ様の仰る通りですわ」


 結果、聖女は納得してくれたのだが……。


「だからこそ、そんなあなたにお願いがあります」


「へ?」


 何故か聖女は俺の前で跪いて……。


「わたくしを、あなた様の弟子にして頂きたいのですわ!」


 いきなり土下座で弟子入りを志願して来やがった。


 うん。正直、勘弁して欲しい。


 聖女の弟子とか普通に迷惑ですわ。


 というか、こんな目立つ場所で、そんな目立つ格好で土下座とかマジで勘弁して欲しい。


 ほら。聖女のお付きの人がめっちゃ怖い目で睨んでるし。


 今にも剣を抜いて斬りかかって来そうだ。


 まぁ、そんなことになったら普通に蹴り倒すけど。




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