第4話 【戦争になるとはっちゃける人】


 ユツキは元気になったが、少し前まで重病患者であったという事実は覆せない。


 だから俺は定期的にユツキを診察して病状が回復しているかを確認する必要があった。


 たとえ今は問題なくても、何処から再発するか分からないのが癌という病気の厄介なところなのだから。


 特に病気の原因となったであろうストレスを与える環境は避けるべきなのだが……。


「今は恋人になったのに恋人らしくデートが出来ないことがストレスです。休日になったらデートに行きたいです」


「はっはっは。俺とユツキに休日なんてあるわけないだろう」


 ユツキのストレス源はちょっと対処が難しかった。


「むぅ。この傭兵団、ブラックすぎますよぉ」


「同感だ」


 いや。普通に疲れたら休憩を入れるくらいは出来るのだが、仕事が忙しすぎて丸1日休みにするという余裕は俺とユツキにはないのだ。


 その分、給金は高いのだが使っている暇がないので貯まる一方だ。


 お陰で俺の貯金額は傭兵団の中で一番多かったりする。


「それならせめて恋人っぽいことをしたいです」


「恋人っぽいこと……」


 そう言われて俺は少しだけ考えて……。


「あ」


 正面にいたユツキをギュっと抱きしめてみた。


「こういうのはどうだろう?」


「……凄く恋人っぽいです」


「それは僥倖」


 喜んでもらえたようなので、もう少し強く抱きしめてみる。


「こ、これ……思っていたより恥ずかしいですね」


「……そうな」


 まだ恋人になったばかりなので、こうして正面から抱き合うというのは、そこはかとなく照れるというか恥ずかしい。


 とはいえ、この体勢だとユツキの立派な胸部装甲が密着して感じられるので、俺はとても幸せだ。


 このまま、いつまでも抱き合っていたいところだが……。


「……仕事するか」


「そ、そうですね」


 照れ隠しの意味も兼ねて俺達は仕事を再開することにした。






 それからも色々とユツキと相談して恋人っぽいことをしていく。


 休日がないのでデートは出来ないが、それ以外で細々とした恋人っぽいことをして愛を育んでいる最中と言っても良い。


「クルシェさんって意外にエッチなんですね」


「……男だからな」


 その過程で何度かユツキの胸部装甲と接触する機会があり、俺が非常に興味津々であることがバレてしまった。


 流石にストレートに揉ませて欲しいとはまだお願い出来ていないが、もう少し親しくなったらお願いしてみるつもりだ。


「大きいと大変なんですよ」


 とか言っていたが、それは小さい人に聞かれたら睨まれる類いの発言だと思う。


「ちっ」


 実際、キリエが遠くから睨んでいたし。


「ユツキに似合いそうな服なら俺がプレゼントするぞ」


「……買いに行く時間があると良いですね」


「それな」


 デートにも行けないのに買い物に行く時間なんてあるわけない。


 俺達の買い物は大抵が行商が持って来た商品の中から選んで買うか、もしくはカタログから選んでオーダーメイドで作らせるかだ。


 ユツキの下着一式を含めて専門の商人を呼び寄せて作らせてもいいのだが――それは風情がないので一緒に買いに行きたいところだ。


 つまりデートがしたい。


 でも休みがないという悪循環だった。


「もう仕事をボイコットして遊びに行くか」


「それはそれで仕事が気になって楽しめませんよ」


「……難儀だな」


 どうにも上手くいかないことばかりだった。




 ◇◇◇




「問:恋人っぽいこととはなんぞや?」


「解:少なくとも仕事ばかりの毎日は違うと思います」


「……同感だ」


 今日も今日とて俺とユツキは仕事漬けだ。


 もう本当に次から次へと仕事が来るので、恋人っぽいことをしている暇もない。


「後進は育たないのに仕事だけは無駄に増える。もう傭兵団が俺を過労死させようと画策している気になって来たぞ」


「ありえない……とは言えない仕事量ですからね」


 もう全部放り出して逃げ出したいと思うのだが、ここで放り出すと確実に職を失うことになるので二の足を踏んでしまう。


 ユツキとの結婚を考えている以上、無職になるのは避けたいのよ。


「現実的に考えれば、やっぱ転職かなぁ」


「……逃がしてくれますかね?」


「…………」


 キリエを筆頭に、傭兵団の奴らの中で俺がいなくなったら崩壊すると分かっている奴らは逃がしてくれそうにない。


「だったらお前らも普通に手伝えよ、と思うのは贅沢なのかね?」


「何故か傭兵の人って、こういう仕事をやりたがらないですよね」


「それな」


 傭兵になるとそういう気質になるのか、そういう気質の奴が傭兵のなるのかは知らないが、傭兵というのは裏方の仕事を嫌がる傾向が強い。


「だったら俺より戦場で活躍してみせろって話だがなぁ」


 その癖、戦争でも先陣を切るのは俺とキリエの役目なのだから、普通の目線から見れば完全に俺におんぶ抱っこ状態だ。


 本当、なんとかして欲しいよ。






「そういえばクルシェさんは訓練とかしないんですか?」


 その後、惰性で仕事をしていたらユツキにそんなことを聞かれた。


「ああ。以前は俺も普通に訓練施設に行って訓練していたな」


「と言うことは今はしていないんですね。大丈夫なんですか?」


「ん~。なんて言えばいいのかな」


 俺は少しだけ頭の中で考えたことを言葉にするのに時間を掛ける。


「極端な話だけど、訓練ってのは、いつでも、どこでも、どんな状況でも出来るようにしておくのが理想なんだ」


「そうですね」


「そういう理想を一部だが再現出来たから、俺は訓練施設に通う必要がなくなった」


「???」


 要するに俺は日常生活を送りながら常に身体に最適に負荷を掛けて身体が鈍らないようにしているし、頭の中では無意識にイメージトレーニングを繰り返し行っている。


 だから、こうして仕事をしている最中でも問題なく訓練は行えているし、なんなら普通に訓練するよりも効率的に鍛えることが出来ている。


 ちなみに頭の中の対戦相手の大半がキリエだ。


 まぁ、1対1なら兎も角、2対1だと普通に負けるし、3対1だとメタクソにやられるけど。


 ともあれ、俺は常にそういう訓練を行っているので書類仕事ばっかりになっても身体が鈍るということはない。


 そういうことをユツキに説明した結果……。


「凄いですねぇ。まさに達人って感じです」


 凄く感心された。


「そうは言うけど、出来るようになるまで何年も掛かったんだぞ。意識してやっているようじゃ時間の有効活用にならないし、無意識に出来るようになると勝手に頭の中で勝ったり負けたりを繰り返して休まらないし」


「ひょっとして、管理職の仕事と両立させる為に出来るようにしたんですか?」


「……ソウイウワケジャネェシ」


 実際、両立出来ているのは、この訓練法が確立してしまったからだが、それとこれとは話が別なのである。


 うん。別なのだ。


「クルシェさんってブラックで働く為に生まれて来たような人ですね」


「やめて」


 その発言は俺に効く。




 ◇◇◇




 俺の所属する傭兵団《影狼》は大陸有数の傭兵団ではあるが、別に大陸最強という訳ではないし他にも強い傭兵団なんて沢山ある。


 前回の戦争では偶々強い傭兵団は参加していなかっただけだ。


「…………」


 はい、わたくし嘘を吐きました。


 本当はウチが参加すると宣伝して強い傭兵団が参加しないように牽制したし、それでも参加しようとする傭兵団には事前に話を付けて不参加になるように促した。


 ちなみに賄賂などは渡していない。


 確かに強い傭兵団が敵軍に参加したらウチの損害も大きくなるが、ウチはそこまで卑屈になるような弱気な傭兵団でもない。


 敵軍に強い傭兵団が参加するというのなら、こっちもそれなりの切り札を準備すれば良いだけの話だ。


「今回は《餓狼》が参加するのか」


「厄介なところに目を付けられたな」


 そして今回、ウチと同じく大陸有数と言われる傭兵団《餓狼》が敵軍として参加するのを確認してキリエと話し合う。


 こういう時は流石にユツキではなくキリエと話さなければ話にならない。


 管理職が専門のユツキに戦闘や戦争の話をしてもチンプンカンプンだろうし。


 まぁ、俺が戦争に行って留守の間もお任せ出来るという点が大きいのだが。


「今回は……流石に団長に出て頂く必要があるな」


「……そうだな」


 俺とキリエの共通の認識だが、団長にはなるべく前線には出て欲しくないのだ。


 とは言っても、相手も大陸有数の傭兵団と来れば、こちらにも余裕はないので出てもらうしかない。


「気が進まないなぁ~」


「同感だ」


 俺とキリエは同時に深く嘆息したのだった。




 ◇◇◇




 戦争への出発前、俺は信頼出来る同期数人にユツキを護衛してくれるように依頼を出していた。


「別にあたし1人だって三風の奴らくらいなら制圧出来るけどね」


 それは勿論、拠点に残る三風の奴らにちょっかいを出させない為の対策だ。


「それは分かっているが、念には念を入れておきたいんだ」


「大事にしてるねぇ~」


「俺の未来の嫁だからな」


「おぉ~」


 この同期達は勿論、俺と同じ孤児院で育った養父の弟子達だ。


 当然、三風なんかとは比べ物にならないくらい強いし、本来なら戦争にも参加する1軍のメンバーなのだが……。


「今回は団長が参加するからな」


「あはは……、それはあたしはパスだわ」


 団長の参加というのは、それくらい傭兵団にとっては大ごとなのだ。


「それじゃ任せたぞ」


「ああ、任せな。あんたの未来の嫁はあたし達が護ってやるよ」


 こうしてユツキの護衛を手配してから俺は――俺達、傭兵団《影狼》は戦争へと赴くことになったのだった。




 ◇◇◇




 傭兵団《餓狼》。


 俺の所属する傭兵団《影狼》とは互いに大陸有数の傭兵団ということで名前は知っていたが今まで正面から激突したことはなかった。


 今までは俺の対策によって避けられていた対決なのだが、今回に限っては向こうが強硬に割り込んで来た為に対策が間に合わなかったのだ。


「どうしてウチと対決したがるんだか、まったく意味不明だ」


「同じ狼を冠した名を持つ傭兵団だからな。きっとライバル意識を持っていたのだろう」


「俺だったら《影狼》にだけは絶対に喧嘩を売らないけどなぁ」


「……同感だ」


 俺とキリエがここまで言う理由が、これから証明される。






 前回の戦争と同じく、最初は互いの軍の指揮官による口上から始まる。


「こうして戦いに参加するのは久しぶりですわ~」


 その間、団長は呑気に微笑んでいたのだが……。


「弓隊、構えっ!」


 互いの軍が弓兵を前に出して弓を構えた時――それは起きた。


「さぁ。開戦ですわ!」


 団長が纏っていたドレスを脱ぎ捨てたのだ。


「ちょっ……!」


 まだ矢と魔術の応酬が始まる前だというのに、まさかの団長の行動に俺は驚愕して目を見開くが――団長は止まらない。


 ドレスを脱ぎ捨てた団長は簡素な武闘着を纏っており、その両腕にはいつの間にかゴツいガントレットが嵌められていた。


「あははははははっ!」


 そして狂ったように笑いながら――両軍から無数の矢と魔術が放たれる戦場へと飛び出していった。


「行っちゃったよ」


「最近は戦争に参加出来なくて溜まっていたのだろう」


「あの人、一応は俺達の大将なんだけどなぁ」


 呆れる俺とキリエだが、その間にも団長は矢と魔術が降り注ぐ戦場をものともせずに駆け抜けて行き……。


「きゃははははははっ!」


 狂ったように笑いながら敵の傭兵団《餓狼》の集団へと単騎で突っ込んでいった。


 そして呆気に取られる《餓狼》のメンバーに対して団長は――拳の一振りで頭蓋骨を粉砕して見せた。


 無論、相手も大陸有数の傭兵団なのだから、やられてばかりではなく反撃しようとするのだが……。


「あははははっ! た~のしぃっ!」


 笑いながら大暴れする団長は全く止まらない。


 身体中に敵の返り血を浴びながらハイテンションに笑いながら敵を蹂躙している。


「「…………」」


 俺とキリエは基本的には敵を攻撃した際に返り血を浴びないように立ちまわる。


 血というのは見た目以上に粘度が高い液体だし、武器に付着すれば滑って使いにくくなってしまう。


 なにより血の匂いというのが俺もキリエも好まなかった。


 匂いが嫌いというか、戦場で血の匂いを嗅いでいると――酔うのだ。


 戦いと殺戮の高揚感に。


 俺とキリエはそれを避けるために極力血を避けていたのだが……。


「楽しそうだな」


「そうだな」


 団長は自ら返り血を浴びて、その血の匂いで更にテンションを上げていく。


 以前、団長の戦いを見た奴が狂戦士バーサーカーと呼んだことがあったが、あれはそんな生易しいものではないことを俺達は知っている。




 団長の2つ名は《暴君タイラント》。




 全てを圧倒し、全てを支配し、全てを蹂躙する理性なき君主。


 先代団長が《武神》と呼ばれて敬意を払われるのに対して、現団長が怖れを抱かれている理由だ。


 ああなった団長は誰にも止められない。


「あそこには近寄らないようにしよう」


「当然だな」


 無論、俺達にも止められないので近寄るなんて冗談ではない。


 下手に近寄れば間違いなく俺達にも襲い掛かって来るのだから。






 今回も俺はキリエとコンビを組んで行動する。


 ユツキのことがあったのでキリエの内心は複雑かもしれないが、既に身体に染み込むほどに馴染んだ動きなので齟齬は起きない。


 キリエが斬り込み、その背後に回り込もうとする奴を俺が蹴り殺す。


(これが正しい傭兵団の姿だよな)


 俺はチラリと団長の方を見るが、相変わらず狂ったように笑いながら敵を蹂躙しているだけだった。


 うん。傭兵団というのは本来は連携を重視して1つの目標に対して動く集団であるべきなのだ。


 だから、あれは例外中の例外だと思っておこう。


「死ねぇっ!」


「覚悟ぉっ!」


 そんな俺とキリエに対して大きく分厚い盾を持って2人組が襲い掛かって来る。


「む」


 当然のようにキリエは刀を振るうが、思ったよりも巧みに盾を使われて防がれてしまった。


「お前はこっちだ!」


 そして俺に対しても盾を持った男が襲い掛かって来て蹴り飛ばしたのだが――大きな音を立てただけで終わる。


「……分断か」


 こいつらの目的は俺とキリエの分断だ。


 俺とキリエがコンビを組んで2人で行動しているから厄介なので、分断して1人ずつ対処しようという訳だ。


「舐められたものだな」


「ふん。貴様の蹴りでも、この盾は突破出来んぞ!」


 察するに、こいつは《餓狼》の中でも上位の幹部に位置する奴なのだと思う。


 そして、この盾は俺とキリエを封殺する為の切り札というところか。


「だから、舐めるなと言っているだろう」


 まぁ、だからどうしたというほどではない。






 戦場に連続して大きな金属音が響く。


 俺が敵の盾に蹴りを叩きこむ度に響く轟音だ。


「ぬぅ!」


「おいおい、盾を下げるなよ。的が動いたら蹴りにくいだろうが」


「…………」


 俺の蹴りを受けても砕けないところを見ると真面でない金属で作られた盾なのだろうが、盾が無事だとしても支える腕が無事とは限らない。


 連続で俺の蹴りを受けた敵の腕は既に完全に麻痺して動かなくなっており、下手をすれば骨まで逝っている可能性がある。


 盾が無事でも支える腕は別ということだ。


 まぁ、その盾も既にボコボコに凹みが出来てボロボロになっているが。


「ちぃっ。千脚の蹴りがここまでとは……侮ったわ。だが、もう直ぐだ。もう直ぐ状況は逆転する」


「なんだ? 時間稼ぎでもしていたのか?」


 察するにキリエを相手にしていたもう1人が援軍に駆け付けるとでも思っていそうだが……。


「待たせたな」


「なっ!」


 やって来たのはそのキリエ本人だった。


「いや。ちょっと早ぇ~よ」


「ば、馬鹿な。どういうことだ!」


 キリエの来た方へと視線を向けると、さっきの盾を持った片割れが――真っ二つに断ち切られた盾の傍で息絶えていた。


「なかなか硬い盾だったな。斬るのに少し手間取ったぞ」


「ば、馬鹿な」


 切り札の盾によっぽど自信があったのか、呆然自失になる男。


「おい。ちゃんと持っていろ」


「へ?」


 そして、その男に向かって俺は――渾身の蹴りを盾に向かって叩きこんだ!


「ぼげぇっ!」


 結果、見事に盾は俺の蹴りで貫通し、そのまま男の身体に風穴を開けて即死させた。


「確かに少しばかり硬い盾だったな」


「ふっ。意固地な奴め」


「……お前に言われたくねぇよ」


 俺は勿論だが、キリエだって盾を斬ることに拘ったに違いないのだから。


「こいつらが幹部だったとすると、もう《餓狼》を立て直すのは不可能だろうな」


「《影狼》に喧嘩を売るなど、私なら絶対にしないがな」


「同感だ」


 遠くで蹂躙の笑い声を上げている団長の声を聴きながら俺は深くキリエに同意したのだった。


 あんなのがいる傭兵団に喧嘩を売るとか、どう考えても自殺行為である。




================================




※団長は登場人物の中で最も狂っている人です。

ぶっちゃけてしまえば成長過程で何かがあって狂ったのではなく、生まれつき狂った状態で生まれてきた生粋の狂人です。

彼女の異常性は話が進む先で徐々に明らかになっていく予定です。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る