異世界帰りの光の勇者、落ちこぼれ召魔師の使い魔となり、異世界仕込みの魔法とスキルで無双する!

三口三大

第01話 勇者、追われる

 ――北国の首都『ノース・セントラル・タウン』の深夜のこと。


 大広場付近の建物で大きな爆発が起きた。


 轟音とともにレンガ造りの建物が崩れ、粉塵が舞い上がり、レンガの破片が飛び散る。爆発音は、街の端にある建物まで揺らし、眠っていた人々を叩き起こした。ノース・セントラル・タウンの住人は窓の外を眺め、ある人は息を呑み、ある人は悲鳴を上げた。立ち上る黒煙が、ノース・セントラル・タウンの穏やかな星空を覆い、街に暗い影を落とす。


 降り注ぐ瓦礫の雨を避けながら黒煙を裂いて、二人の男の影が飛び出した。


 一人は、艶のある長い黒髪を風になびかせている精悍な顔つきの男であった。その鋭い目つきからは、この世の真理を見抜いているような聡明さを感じる。男の名前は、ショウメイ。勇者を召喚した召喚士として、この世界では知られている。


 そのショウメイの隣を走る、人畜無害そうな顔をした青年が、光魔法が得意な光の勇者――照栖雷斗てらすらいとだ。雷斗は日本の高校に通う一年の男子生徒だったが、ある日、ショウメイによってこの異世界に召喚され、勇者として、当時この世界に混沌をもたらしていた闇の魔王と戦う運命を課せられた。


 雷斗は平凡が服を着ているような男であったから、闇の魔王との戦いは悪い冗談だと思い、全力で拒否した。しかし、ショウメイがその非凡な才能を見抜いたことで、雷斗は勇者としての自信を得る。そして、ショウメイだけではなく、様々な人の手を借りながら、自身の魔法スキルを磨き、五年にも及ぶ戦いの末、ついに魔王を倒すに至った。


 この功績により、雷斗は北国の国王から多くの報酬を貰い、多くの人々から溢れるほどの称賛と感謝の言葉を貰う。


 誰が見ても、雷斗はこの世界の救世主だった。


 ――が、今、その命が狙われている。


「あっちに逃げたぞ!」


「追えー!」


 背中から迫る気配を感じつつ、雷斗は頬についた煤を払って言う。


「やれやれ、これが救世主様に対する扱いか。ひどいねぇ」


「やはり、東国と西国の国王がライトの命を狙っているようだ。奴らめ、恩を忘れおって」


 ショウメイは忌々しそうに舌打ちする。東国と西国が結託し、雷斗の命を狙っているとの情報は前々から耳にしていた。


「しかし、ここは北国だぜ? どうして奴らの手先がいる」


「うむ。おそらくだが、第二王子の手引きだろう。次期国王を狙うあの男にとって、第一王子と仲が良いライトの存在は、好ましくない」


「……なるほどねぇ。『狡兎死こうとして走狗烹そうくにらる』ってことか。いや、ちょっと違うかな?」


「むっ、それはどういう意味だ?」


「要は、魔王亡き今、俺の役割は終わり、ただの邪魔者でしかないということさ」


「ライトが邪魔者だと……解せぬ奴らだ」


 ショウメイは怒りに震えるも、雷斗は自分の命を狙う者たちに対して一定の理解はあった。


 この世界の覇権を目論む野心家にしてみたら、一人で一国の軍事力を凌ぐ存在なんて目の上のたん瘤でしかない。しかも、その人物が潜在的な敵国にいるとなれば、何とかして排除したいと考えるのも自然なことだ。おそらく、懐柔することも考えただろうし、実際、そのような動きもあったが、雷斗になびく様子が無かったから、今回のような強硬手段に出たのだろう。


「しかし、今回のやり方は、彼らにとっても博打だろうによくやるよ」


 雷斗は首を竦める。


「それほど、奴らも焦っているのだろう。奴らからしたら、我が国王が世界を牛耳るのも時間の問題だと考えているだろうし」


「俺は国盗り合戦とか興味ないんだけど」


「あの手の連中は、生来、疑り深いものさ」


 そのとき、二人の行く先を遮るように、三人の影が降り立つ。


「ふふっ。逃がしませんよ」と不敵な笑みをこぼしたのは左目を長髪で隠した気障な男だった。その後ろには、筋肉ダルマの男と大きな鉄扇を広げる女の姿があった。


「お前らは、東の三虎!」とショウメイ。


「やはり、私たちのことをご存じのようですね」と気障な男が答える。


「誰?」


 雷斗の問いかけに、ショウメイが答える。


「奴らは、魔王四天王のデルグ――の部下のボルビオスをあと一歩まで追い詰めたと言われている東国の豪傑たちだ」


「ふーん」


「もう少しで奴の息の根を止めることもできたのだが、逃げられてしまいまして」と気障な男は自慢げに語る。


 雷斗は思い返す。ボルビオスと言えば、雷斗が瞬殺した相手だ。そしてボルビオスは、『これほど強い人間がいるとは!?』と驚いていた気がする。


「ちょっと、待て。その男の首は我らがもらい受ける!」


 さらに五つの影が降り立った。金髪のイケメンを先頭に、豪奢な鎧をまとった四人の兵士がその後ろに控えた。


「あれはっ!」とショウメイ。


「……誰?」


「西国の『黄昏聖騎士団』だ。魔王四天王のジョゼット・ギルバ――の右腕の右腕を倒したと言われている」


「そうだ。ジョゼットを倒したのは、我らと言っても過言ではない」


「いや、過言だろ」


 ジョゼットを倒したのは、他でもない雷斗だった。


「そのパーティーに、私たちも混ぜなさいよ」


 軽快な音楽とともに、肌の露出が多い戦闘服を着た浅黒い女がバックダンサーとともにやってくる。


「あれはっ!」とショウメイ。


「南国の『ポイズン・フルーツ』」


 彼女たちのことは雷斗も知っていた。南国に行った際、彼女たちの歓迎を受けたからだ。


 エンタメ要素の強い見た目をしているが、戦闘能力は高い――と聞いている。


「久しぶりね、勇者様。残念だけど、今日はあなたへの鎮魂ダンスを踊りにきたわ」


「さいですか」


「くっ、奴らが来たということは、南国も手を貸すことにしたのだな」とショウメイは奥歯を噛む。


 しかし雷斗は、ショウメイの焦りがわからない様子で小首を傾げる。


「この人たちは強いの?」


「ああ。間違いなく、豪傑ではある」


「ふーん」


「くくくっ」と東国の気障な男が言った。


「東西南のオールスターが集まったというわけですね。これは、勇者と言えど、ヤバいのではないですか?」


「オールスターねぇ」


 雷斗はその場にいた全員を見回す。そこに、魔王と戦った者たちの姿はない。だから、豪傑と言われても、格落ち感が否めない。


「オールスターという割には、役者が足りていないようだが?」


「臆病者はおいてきた。我々だけで十分なんでね」


 イケメンが剣を抜き、他の物たちも各々の武器を構える。


「いざ、参る!」


 イケメンたちが駆け出し――次の瞬間には、倒れた。ただ一人、東国の筋肉ダルマだけは立ちすくみ、その頬に切り傷ができる。


「ほぅ」と雷斗は感心したように目を細める。


「俺の攻撃を避けたか」


「ち、違う。俺はただ、なんか、ヤバい気がして」


「なるほど。なら、これからはその感覚を大切にした方が良い」


「え、あ」


 筋肉ダルマは白目を剥いて仰向けに倒れた。その鳩尾には拳の跡がある。


 雷斗はショウメイに目を向けた。


「どうする?」


「ふむ。南国も加わったとなると、より厄介なことになったぞ」


 そのとき、ぱちぱちと手を叩く音がして、暗闇から一人の男が現れた。坊主頭の渋い顔つき。コートを羽織って、紫煙をくゆらせている。


「な、お前は!?」


 ショウメイの顔に驚きの色が広がる。二人の前に立ちはだかったのは、魔王四天王の一人、グレギョリオ・デュリオアス・ベジョーダを倒す際、ともに戦った東国の雄、ジオルだった。地面に寝ている者たちとは比較にならないほどの猛者である。


 雷斗の脳裏に、ジオルと過ごした日々が過った。少しネガティブだが、良いやつである。しかし、そんな彼の顔に苦悩の色が滲んでいた。


 ジオルは口に含んだ紫煙を吐き出し、「すまねぇな」と言った。


「ジオル。我々はともに戦った仲ではないか!」


 ショウメイの訴えに、ジオルは首を振る。


「俺にも事情ってやつがあってね」


「本気か、ジオル?」


 雷斗の鋭い視線にも臆することなく、「ああ」とジオルは答えた。


「考え直せ、ジオル!」とショウメイ。


「さっきも言ったろ? 俺にも事情があるって。それに、俺はお前のことを高く評価しているぜ、ライト。だから、知っている。お前は、俺がどうにかできる相手ではないことも」


「……そうか」


 ジオルは雷斗を見据え、雷斗はジオルを見返す。その空間だけ、他から切り取られたかのような静寂に包まれる。


 そして、ジオルの手が動いた。コートの中に手を突っ込み、魔法銃を使った得意の早撃ちで雷斗を狙おうとする。


 ――が、魔法銃を抜くよりも先に、腹部に重々しい痛みが走った。


 雷斗に殴られた。それを理解すると同時に、ジオルは膝から崩れ落ちる。十メートルほどあった距離は一瞬で詰められ、見上げると悲しそうに自分を見下ろす雷斗の姿があった。


「な?」とジオル。「ライトは、俺が、どうにか、でき……」


 ジオルはそこで力尽きた。死んだわけではない。気絶したのだ。


 雷斗はしゃがむと、ジオルの肩を寂し気に叩いた。


 そのとき、違和感を覚え、雷斗は咳き込んだ。


 口を押えた左手を見て、雷斗の瞳が揺れる。


 ――闇よりも濃く見える血がその手に広がっていた。


「ライト、それは」


 ショウメイは息を呑む。ライトは誤魔化すように左手を握った。


「……『南の果て』で出会った老人の言葉を覚えているか?」


「勇者はいずれ、元の世界へ帰る時が来る。それが運命さだめだ」


「どうやら、そのときが来たみたいだ」


 ショウメイは何かを言おうとしたが、渋い顔で頷く。


「……かもしれないな」


「それじゃあ、行きますか。――あの場所へ」

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