第46話 茶番劇作戦会議

 それから数十分。森を突っ切り、山を上り下りして、思ったより心地よくてうつらうつらしてきたころ、ミャウは急停止した。


「んもがっ」


 俺は急停止の慣性の煽りを受けて、思いっきりのどが絞まってうめき声を上げる。直後拘束が解かれ、もがくままにゴロゴロと転がって地面に落ちた。


「ぐえ」


 痛い。とても痛い。半分寝起きだからさらに痛い。


 俺は腕をどうにかしようとして、しかし前手に拘束されたままであると知る。


 黒い毛の拘束だ。恐らくミャウの毛。かなり硬く、抜け出せる気がしない。エヴィーも同様の拘束をされているだろう。


 俺は拘束のためもがくようにして立ち上がると、目の前には防空壕めいた洞穴が開いていた。一拍遅れてノワール、そしてエヴィーがミャウから降りてくる。


 エヴィーは、まるで家来に問うように問いかけた。


「……魔女、ここは?」


「サバン様、こちらはわたくしの抱える19番目の拠点ですわ」


 ノワールは軽い足取りで俺たちの前に躍り出て、俺たちに語り掛けてくる。


「見ての通りの山奥。お二人はわたくしの導きなくして脱出は不可能です。そのことをよく理解して、この先振舞うことをお勧めいたしますわ」


 見れば、周囲は鬱蒼とした森だ。先ほどの崖下のそれとは密度が違う。人の足では走ることすら困難だろう。ミャウすげぇ。


「そう。まぁいいわ。わざわざここまで連れてきたってことは、話があるんでしょう? 聞いてあげるからもてなしなさい」


「うふふふふふっ♡ 大胆なお方ですわね、サバン様。フォロワーズ様も、どうぞこちらに」


 ノワールに従って、俺たちは洞穴の奥へと進む。


 洞穴はひんやりした温度のためか湿っていて、耳を澄ますとピチョンピチョンと水音がした。しかし壁に魔法の松明でも取り付けていたらしく、進むと自然火が灯り視界を照らす。


 奥まで進むと、ちょうど座れそうなイスとテーブルがあった。


「どうぞお掛けください」


 ノワールは奥に腰掛ける。俺とエヴィーは視線を交わし、手前側に並んで座った。


「お客様におもてなしを」


 ノワールが指を鳴らすと、ひとりでに浮いたティーポットとカップが俺たちの目の前に置かれ、ティーポットが傾けられ、順番にカップに紅茶が満たされる。


 いい匂いだ。だが、人質にも関わらず普通に飲むのは、無警戒が過ぎるというもの。俺の場合は多分大丈夫だから飲みたいのだが、我慢だ我慢。


 と思っていたら、エヴィーが拘束された手で普通に飲んだ。


「エヴィー様っ?」


「いい香りね、魔女。意外に良いところの茶葉を使っているわ」


「お褒めに預かり光栄ですわ、サバン様。フォロワーズ様も、是非」


「いっ、いやあの、エヴィー様? こう、毒とかって疑ったり」


「今まで抵抗も出来ず拘束されていたのよ? 毒なり他の妙なものを飲ませるなら、こんな風じゃなくて強制的にすればいいだけの話でしょう」


「うふふふふっ。サバン様は本当に大胆なお方。フォロワーズ様、警戒なさるのは構いませんが、飲んでいただけなくては紅茶が可哀想ですわ」


「……」


 ノワールも演技が上手すぎて、段々最初から面識なんてなかったんじゃと疑いたくなる。


 けれど俺は知っている。ノワールの本性は甘えん坊の猫ちゃんだということを。


「……じゃあ、いただきます」


 不承不承を装って、俺は紅茶に口をつける。お、本当に香りがいい。うまいな。これ好きな奴だ。


「さて、飲み物で緊張もほぐれたところで、本題に入りましょうか」


 ノワールは、悪辣な魔女の笑みで言った。


「サバン様、並びにフォロワーズ様。お二人という人質を手に入れ、わたくしは無事九死に一生を得ましたわ。まずその感謝を」


「えぇ……あ、はい……」


「魔女の癖に律義ね」


 エヴィーはこんな状況でも返しが強すぎる。


「ですから、心苦しいのです。わたくしはわたくしを知られた以上、お二人を殺してしまわねばなりません。どうか恩を仇で返すことをお許しください」


 ぺこ……と静かに、ノワールは頭を下げた。何も知らない立場だったなら、ふざけるなの一言だろう。


 俺は少し迷って、演技のためにノワールを一喝しようとした。


 だがそれよりも早く、エヴィーに口を開かせてしまった。


「ふぅん、何となく見ていて思ったけれど、魔女、お前思ったよりも善人なのね」


 シン……と場の空気が張り詰める。見ればエヴィーが、酷薄な悪役令嬢の笑みでノワールを捉えている。


「……善人、とは?」


「ふふっ。そこで聞き返してしまうのが、まず善人の証拠よ。世で言う生粋の悪人はね、世間とは全く違う善を持ち、その自負があるから褒められたら喜ぶの」


 ノワールの体は強張っている。この場の支配者であるはずなのに。一方単なる人質に過ぎないはずのエヴィーは、リラックスした態度で言った。


「でもお前は違うわ」


 クスクスと笑いながら、エヴィーは続ける。


「自分の行いが悪であると理解している。つまりお前の倫理観は、世間と似通っているということ。もっといえば、お前は善人のまま悪事を行っているということ」


「何を、おっしゃりたいの?」


「何のことはないわ。殺したくないなら殺さなければいいじゃない。魔女にもなって、望まぬ悪に縛られるなんて、バカバカしいと思わない?」


 笑いながら、エヴィーは提案する。懇願ではなく、提案。『何でしたくないことしてんの? やめなよ』と友達のように誘拐犯に語り掛けている。


「……、……?」


 それに、ノワールはたじろいでいた。俺は、無理もない、と心の中で渋面になる。


 だってノワール、時計派になってからすっごい気楽そうなんだもん。根本いい子なのだノワールは。


 だから、ノワールは揺れる。こんな茶番めいた場面でも、短時間で心の底を見抜かれ、エヴィーという人物に怯む。


 俺は時間を止めた。


「ボン、今更なんやけど、この嬢ちゃんって何者なんや?」


「ラスボスの第一被害者……だと思ってたんだけど、何かこいつが真のラスボスなんじゃないかって気がしてきた」


 ティンの疑問に、俺はそう答える。


 ずっとタダモノじゃないんだよな、エヴィー。立ち振る舞いがカリスマ性の塊というか、言葉での人心掌握が得意すぎるというか。


 俺は立ち上がり、ノワールの隣に座ってから、ノワールの手に触れながら(追加処理、ノワール)と念じ、時間を動かす。あっ、ティンが煙のように消えた。


「っ。く、クロック様ぁ……」


 動き出したノワールの声は、困惑に揺れていた。


「こ、怖いですわこの方……! 何か、こう、心の中を見透かされた感じがして、話していてゾワゾワしますの……!」


「うん、分かる。分かるぞ。俺もエヴィーとの初対面はそうだった」


 かつてはチェスでまぁまぁの時間をかけての分析だったが、現在はこの短時間の会話でこれである。どんだけ成長してんだこの悪役令嬢は。


「……どういたしましょう」


「なー……。ま、時間はたっぷりある。考えよう」


「はいっ。ありがとうございますわ、クロック様」


 久々に俺と時間を取れて、ノワールは嬉しそうだ。


「まず、脱出経路を確認したい。森の外からは無理なんだよな?」


「そうですわね。ここはオーレリア魔法学園の学園街から、数十キロ離れた山の奥地です。この森も樹海に近い広さがありますから、人の足では難しいですわ」


「他にはあるか?」


「連絡用の、転移魔法陣がございます。他のアジトにも繋がるものですが、それぞれのアジトに鍵となるルーンがございますので、知識もなく移動はできませんわ」


 俺はそれを聞いて、唸る。


「……その知識を俺が知ってたら、エヴィーは怪しむよな」


「怪しむと思いますわ……先ほどのやり取りができる方となると……」


「エヴィーめちゃくちゃ勘がいいからさぁ……下手なことできないんだよなぁ……」


 割と名探偵みたいな洞察力しているのがエヴィーだ。隠していても、俺の手の動きが妙だったら気付く。


 元々俺が魔法に長けていたらよかったのだが、生憎と俺の得意分野は時間魔法周りに固まっている。


 そこから外れれば凡人まっしぐらなのは、エヴィーが一番よく知るところだ。ごまかしは効くまい。


「お前~~~! 身内の癖に! 俺のこと苦しめすぎなんだよぉ~~~!」


 俺は停止したエヴィーをガタガタ揺する。そんなことをしても意味は無いので、ため息を吐いて元の位置に戻す。


「……考えよう。どうすればいいと思う?」


「ひとまず、わたくしが何かしらのミスをして、うっかり転移魔法陣の情報を漏らし、それをクロック様が発見して、こう……」


「……そうだよな。順当に進めるならそっちになる。けど、その案にはひとつ問題があるんだ」


「何でしょう?」


 俺は眉根を寄せて、沈黙を挟んだのちに、言った。


「―――エヴィーの認識、というか多分事実として、俺はそんなに鋭くない」


「……ひ、卑下するのは良くないかと存じますわ」


「こらっ、目を逸らすな! これが現実だ! 現実を直視しろ!」


 顔を青くして目を逸らすノワールに俺は一喝する。ノワールお前、俺のことちゃんと分かってるだろ! 俺がまぁまぁ抜けてることも分かってるだろおい!


「うぅぅうう……! クロック様の愛らしい面が、ここでは欠点に……!」


 ノワールが悔しそうな顔で、ぎゅっと膝にかかるローブを握り締める。逆じゃない? 『欠点を、ノワールだけえくぼ認定してる』の間違いじゃない?


「ともかく、そこをうまく調整しなきゃ、エヴィーは俺の不審点に気付く。それは良くない」


「そうですわね……サバン様は恐ろしい方です。良くありませんわ……」


 知られると、マジで今後の成り行きが分からなくなる。どう動くか本当に読めないのだ、この悪役令嬢は。


 多分、俺の知る誰よりも頭がいい。少なくとも、俺よりは遥かに。


「では、もう少しわたくしがこう、おまぬけなミスをして、それをクロック様が……」


「エヴィーの中のノワール像は、多分『ちゃんと魔女だが、自分なら下せる』って立ち位置だと思う。いきなりそんなミスをしたら疑うはずだ」


「では……どうしましょう……」


 俺は考える。考えに考え、唸り、それから発想を逆転させ、頷いた。



「……サバン様に、ですか?」


「そうだ。人間は自分で気づいた発見に疑いは中々持てないと思う。特に鋭いエヴィーなら、少しのヒントでたどり着けるはずだ。俺が気付けないようなそれでもな」


 そしてそのくらいさりげないミスなら、わざとだとは思うまい。


 そもそもエヴィーの思い描く脱出法が、どのような成り行きになるか分からず怖い。つまりそれだけ、ある程度の難しさを伴うはず。


 しかしこちらで用意した脱出法は、それ故に簡単だ。合理的なエヴィーが、困難な選択肢に固執するとは思えない。ノワールのミスに気付いたなら、間違いなくそちらに飛びつく。


 俺の説明に、ノワールはしばらく思案した。それから、俺を見返してくる。


「承知いたしましたわ。わたくしもその意見に賛成です」


「よし。じゃあ具体的な案に移ろう」


 俺とノワールは、計画を詰めていく。





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