第41話 エヴィー様のお世話係:朝餉の章

 しばらく客間で二度寝していると、メイドさんに揺すり起こされた。


「クロック様、エヴィー様が食堂でお待ちですよ」


「ぅぃっ? ああ、おはようございます。エヴィーの弱点はへそです」


「あらあら、うふふっ。エヴィー様の夢でも見てらしたのかしら。ほらほら、起きてくださいまし。しゃんとして」


 俺は老齢のベテランメイドさんとの会話で覚醒する。それから目をこすりつつ、エヴィー寮の食堂に向かった。


 食堂では、家族用にしてもさらに一回り大きな机が置かれていて、正面奥にエヴィーが座っていた。その前には、二人分の優雅な朝食が並べられている。


「……おはよう、クロック」


「おはようございます、エヴィー様。髪跳ねてますよ」


「えっ!? 嘘!」


「はい、嘘です。よく分かりましたね」


 俺のからかいに「この不忠義者は……!」と朝から元気いっぱいなエヴィーだ。見慣れたツーサイドアップは一糸の乱れもない。


「……まぁいいわ。クロックが不忠義者なのは今日に始まったことではないもの」


「うっす。いてっ」


 机越しに殴ってきやがった。よく届いたな今の。


「こんな時のために、クロックの頭を叩く用の扇子を用意しておいてよかったわ」


 ババッ、と得意げに、エヴィーは仮面舞踏会にでも使いそうな派手な扇子を広げる。センス悪いな……。材質は柔らかかったのでさして痛くなかったが。


「ひとまずいただきましょうか、クロック」


「そうですね。いい加減腹も減りましたし」


 いただきます、と俺たちは朝食に手を付け始めた。


 ふかふかのパンにバターとジャムを塗りたくり、さらにスクランブルエッグを乗せていただく。


 うまい。ケイトの飯とは一味違ったうまさがある。ホテルの朝ごはん感。


 そんな風にパクパク食べていると、優雅に紅茶をすすっていたエヴィーが、俺に向かって口を開いた。


「というか」


「はい?」


 エヴィーは唇を尖らせ、俺に聞いてくる。


「昨日あれだけ嫌がっていたのに、結局来たのね」


「……え、来ると思われてなかった感じですか」


「どうせ寝坊したとか言って、朝食後に来るものと思っていたわ」


 なるほど、それであの油断っぷりか。確かに俺ならしそうなムーブである。


 だが、その辺りはエヴィーも、俺のことを侮っている。


「ふっ、甘いですねエヴィー様。俺はこう見えて、フォロワーズ子爵家の英才教育を受けた男ですよ。サバン公爵家の方々には絶対服従と言われて育ったんです」


 サバン公爵家が言ったなら、カラスだって白くなるし、鳩だって黒くなる。それがフォロワーズ子爵家流だ。


 俺がドヤ顔で言うと、エヴィーは目を覆って言った。


「その英才教育の結果がこれ……?」


 散々な言われようである。


「……まぁいいわ。何も良くないけれど、クロックに限ってはもう慣れたし」


「ありがたき幸せ」


「後ろめたさはあるのね」


「その慇懃さで俺の心情はかる奴止めましょうよ」


 やりにくいったらありゃしない。


「今日は一日付き合ってもらうわ」


 エヴィーの宣言に、俺は戸惑う。


「エヴィー様ったら大胆……♡ こんな朝から愛の告白だなんて……♡」


「それ次にやったらフォロワーズ子爵家を取りつぶすわ」


「えげつない脅ししますね」


 今までにない怒りを感じたので俺は大人しくする。


 エヴィーは嘆息と共に言った。


「流石に目に余るのよ、クロック。最近のお前の振る舞いは」


「えー? 何かしましたっけ俺」


「平民とダンジョンに行ってるでしょう、お前」


 バレテーラ。


「イグナとか言うあの下民たちの集団に混ざるなんて、正気じゃないわ。……と叱るつもりだったけど、思い返すにお前は昔から正気じゃなかったから、響かない気もするのよね」


「響かないですねぇ」


 エヴィーとの邂逅前から、山賊で死体の山作ってたクソガキが俺だ。臆病だが同時にイカれてる自覚もある。


「そうよねぇ……。だからどう叱ったものかを昨日から考えているのだけれど」


「叱る相手に叱り方を相談するって余程ですよね」


「色々苦情も上がっているのよ……。『エヴィー様にあんな平民びいきはふさわしくありません!』とか『貴族にろくに付き合いのない者を何故重用するのですか?』とか」


「……あー……」


 エヴィーの感情以上に、周囲が俺とエヴィーの関係に文句を言っているらしい。


 俺も随分と好き勝手やってきたからなぁ、と思わなくもない。


 破滅回避のために、貴族としての土台を無視しすぎたようだ。それでエヴィーが色々言われている、と。


「でもエヴィー様って、一年女子を牛耳ったとか言ってなかったでしたっけ」


「牛耳るって何か分かっている? つまり上に立つと言うことよ。責任を持つと言い換えたら伝わるかしら」


「あ、それも込み込みで牛耳ったって話ですか。うわぁ」


「うわぁはやめなさい、うわぁは」


 誤解していた。エヴィーはマジの権力者になって、好き勝手振舞えてると思っていた。


 だが、実態は違うらしい。上に立って苦情に対処し人間関係に責任を持つ、という意味を含めての『牛耳った』発言だった。


 それはつまり、本当の意味の偉い人、という奴だ。苦労も責任も背負うからリターンも得るタイプの奴だ。


 ……可哀想、エヴィー様……。


「……これから少しエヴィー様に優しくしようって思いました」


「じゃあ」


「まぁダンジョンに潜るのは多分やめませんけど、あれですよね。貴族間のコミュニケーションを大切にって話ですよね」


「……絶妙に芯を食ってる発言なのが気に食わないわ」


 渋面のエヴィーである。


「ともかく」


 エヴィーは仕切り直した。


「クロック。今日はお前に、貴族らしい振る舞いの何たるかを叩き込む日とするわ。そのつもりでいなさい」


「……テーブルマナー講座か何かですか?」


「それは間に合ってるでしょう。問題だったら指摘するつもりだったけれど」


「まぁ」


 朝食のマナーもばっちりだ。膝上のナプキンも、複数ある銀食器だって自在に使えちゃう俺である。


 何のかんのと言って、俺も貴族生まれの英才育ちなのだ。状況に合わせて無限に態度を崩せるだけで、やろうと思えばしっかりできる。


「じゃあ何を叩き込まれるんですか」


 俺が尋ねると、エヴィーは「ふふ」と笑って言った。


「今日一日、街をエスコートなさい。ひとまずそれで、お前が『アタシの世話役をキチンと務めている』アピールとして対外的に機能するわ」


「……なるほど」


 俺はそれを聞いて感心する。


 エヴィーも目を引く存在だし、俺もどうやら注目を集めている問題児らしい。


 となれば、その二人が街で遊んでいる、という事実だけでもアピールとして機能すると。


 これが政治かぁ、と思っていると、エヴィーは言った。


「ちょうど男手が欲しかったのよね。この街に来てからあまり新しい服を買えていなかったし。今日は少し贅沢をしようかしら」


 珍しく楽しげに呟くエヴィーの言葉に、俺は思った。


 こいつ荷物持ちが欲しいだけなのでは? と。







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