秘密と思惑の四重奏

第31話 売り言葉に買い言葉

 例の事件からしばらく経ち、俺の体調はすっかり回復していた。


「……うん、全快だな」


 ベッドから出て、軽く体操。だるさやしんどさは感じない。


 全快、全快である。


「ふ~……健康って素晴らしい」


 俺は息を吐いて健康の尊さを噛み締めながら、少し考える。


 それから、決めた。


「よし、久々に訓練と行くか」






 弓の道具は、一通りそこに揃っている。


 そのため俺は軽装で、早朝、学園併設の射撃訓練場を訪れていた。


 射撃訓練場。軍事訓練施設の面も備えているこのオーレリア魔法学園は、グラウンド脇に射撃訓練場が用意されている。


 基本的にオーレリアという国は、近接なら剣に槍、遠距離なら魔法と相場が決まっていて、あまり弓や他投擲武器は取りざたされない。


 なので射撃訓練場も、基本的には弓矢よりも魔法の訓練を想定されて作られている。だが、弓矢だって訓練できないわけではない。


 特に時間停止中は魔法が使えない俺にとっては、魔法の訓練よりもやはり弓矢の訓練に比重が傾く。


「入学して以来、ずっとイグナとの近接訓練だったからな。久々だ」


 そう。俺の本領はやはり弓矢に投石、そしてパルクールである。時間魔法の使い手としては、そこがおろそかになっては仕方がないのだ。


 俺は射撃訓練場に入り、意気揚々と準備をする。貸し出し用の弓を取り、矢を十本程度掴み、それから手袋を嵌める。皮の胸当ては……いいか別に。


「ふーんふーふふーん」


 俺は久々に訪れた一人の豊かな時間を前に、鼻歌なんか歌いながら準備をする。弦を弓に張って、ビンッと鳴らす。


 いい感じだ。早朝の澄んだ空気が気持ちいい。俺は区切られた射的の足場に立って、矢をつがえ、くくくっ、と引いた。


 何度も繰り返した所作を取ると、何だか体が芯から整ってくる感じがする。俺は舌で乾いた唇を舐め、手を離した。


 矢がまっすぐに放たれ、的のど真ん中を射抜く。


「よし」


 テンポよく行こう。俺は持ってきた矢を一気に四本取り、三つを指の間に挟んで、一本をまたつがえた。


 一発目、的中。指に挟んでいた矢をすぐにつがえる。二発目、的中。三発目、四発目、的中。


「やっぱ俺、好きなんだろうな、弓矢」


 残りも同様にして撃ち切る。全部的のど真ん中だ。気づけば汗をかいていたらしく、心地よい風がそれを教えてくれる。


 俺は手元の矢がなくなったのに気づき、回収に移るか、と伸びをした。


 それから、事故防止のために周囲を確認する。まだ撃ってる人がいたら、回収中に俺が撃たれかねないからな。


 ―――ま、こんな早朝から訓練しているような勤勉な人間は、俺くらいのものだろう。何せ俺だって、病み上がりに妙に早く起きただけだしな! はっはっは!


「……うわ。何でいるの、フォロワーズ……」


 居たわ。しかもガッツリ顔見知りが。


「……ども」


「……」


 俺の挨拶に、嫌な顔をしながらその女子は通り過ぎる。


 女子。顔見知りで、俺を嫌っている、女子。


 つまりは―――イグナハーレム(仮)パーティのメンバーの一人にして、ゲーム本編メインヒロインの一人だ。


 名を、レインと言った。イグナと同じ平民で、冷静沈着頭脳明晰な、優秀な魔法使い。


 水色の髪を三つ編みにして、ツインテールとして伸ばしている。ツン多めのクーデレといった風情の性格をしており、イグナにもゲーム初期では素っ気ない。


 そんな性格のためか、イグナの独断でパーティ追加が決まった俺に対して、一番当たりがキツイのもレインだった。


「……神よ、豊穣なる水の……」


 俺を半分無視して、レインは位置につき魔法の詠唱を始める。詠唱の仕方はイグナとは違う、正統派だ。神に呼びかけるような詠唱が、ゲームではスタンダードとされる。


 レインの構える杖の前に、水の塊が現れる。それは次第に膨らみ、一抱えほどの大きさになる。


「敵を穿ちたまえ、ウォーターボール!」


 レインの詠唱終了を受けて、水玉が大砲のように打ち出された。的を目がけて弧を描いて飛び、着弾。


 威力の大きさに、一発で的がへし折れる。おお、流石の威力だな。羨ましいわ。


「……ふっ」


 と思ったらレイン、俺の方をチラッと見て鼻で笑いやがった。何だあいつ。


「失礼な奴だな。何で俺を見て笑ったんだ」


「別に」


 レインは顔を背けて、素っ気ない態度を示す。俺は渋い顔だが、まぁ本人が「別に」というのなら別に何でもないのだろう。


「弓なんて言う魔法の補助にしかならない武器を、そこまで頑張って練習することの気が知れないと思って」


 違った。痛烈なディスの前置きだった。何だこの女。


「朝っぱらからご挨拶だな……」


「こっちのセリフ。気持ちのいい朝に、アナタみたいな小悪党の顔なんて見たくなかった。イグナはアナタを実力以上に買ってるし。最悪」


 うおおお止まらない、止まらないぞディスが。正面切ってここまで面罵されることなど、エヴィーですら経験してないので、呆気に取られてしまう。


「まさか自覚なかった? 嫌われてる自覚が。ワタシたちワーキング寮の人間は、アナタみたいな貴族が大嫌いなの。特にサバン公爵家の腰巾着なんか最低」


 そこまで聞いて、俺はある程度納得する。


 なるほどな、ゲーム知識的な理解をするならば、本人の振る舞い以上に付随情報で好感度がマイナスに振り切ってるわけだ。


 にしても、理解したとてこの罵倒の数々はちょっと深刻だ。


 俺はエヴィーの腰巾着からイグナパーティの荷物持ちにしれっとジョブチェンジして、破滅を避けたいのだ。軋轢は避けねばならない。


「そ」


 俺は強張る表情を無理やり笑顔に変えて、馴れ馴れしく返す。


「そんなこと言うなよ~! これからは同じパーティの仲間だろ? 仲良くしようじゃないか」


「は? 何その笑顔、気持ち悪」


「うぐっ! ひ、ひどいなぁ~。そんなに冷たくしなくても」


「うるさい。さっさとパーティから出てって。気色悪い」


「ごはっ! いや、あの、確かに俺の生まれとかで反感買うのは分かるけど、そこまで言う必要は」


「黙れ搾取階層のゴミクズ人間。反吐が出るからとっとと消えて」


「おい流石に言いすぎだろお前! ふざけんな!」


 仏の顔も三度と言うが、俺は仏じゃないので三度目でキレた。


 ムカツク。無理。こいつ、この……!


「はっ。何? 怒った? 肝の小さい男」


 俺が怒りにわなわな震えるのを見て、レインは鼻で笑って続ける。


「それで? ワタシをどうするの? お貴族様の特権で退学にでもしてもらう? お父様に泣きついて『えーん平民がバカにするよぉ~!』って」


「……!」


 俺は大体理解する。こいつアレだ。確か貴族に盾ついても問題ない後ろ盾があるんだ。


 それで、挑発に乗って俺が実力行使をしたら、その事を口実にパーティから追放、という流れを見据えている。


 何故それが分かるか。それは、ゲームでそういう目に遭わされた敵キャラがいたからだ。


 ゲームでは嫌な奴がレインの策にハマって、逆に罰を受けている姿にはスカッとしたが、その矛先が俺に向いては堪らない。


 俺はギリリと歯を食いしばって、強張りながらも好戦的な笑みを浮かべ、こう言い返す。


「大好きなイグナが俺にばっかり構ってて嫉妬する気持ちは分かるけどさぁ、やり方容赦なさすぎじゃないか?」


「ハッ!? はぁぁあああ!?!!??? 誰が! 誰を! 好きですって!?!?!?」


 レインは一発で顔を真っ赤にした。俺はニヤリと意地悪く笑って畳みかける。


「いやぁ女の嫉妬ってのは怖いなぁまったく。仲のいい男にまで矛先が向くんだからやってられないな」


「なっ、あっ、だ、だから! 誰が誰を好きって」


「いやぁ困ったなぁ~。イグナに相談しちゃおっかなぁ~。レインがイグナのことが好きで、俺に嫌がらせをしてく、うげっ!」


 レインは顔をトマトのように赤くして、必死な表情で俺の襟首をつかんでくる。


「言ったら殺す! 絶対に殺す! お前を殺してワタシも死ぬ!」


「ハハハハハ! それが嫌なら、こんな真似は止めにすることだな! 気が急いて雑な攻撃仕掛けてんじゃねぇよバ――――――カ!」


 俺はレインの手を振り払い、「じゃあな! 墓穴掘って自分の首絞めた墓穴女! これから同じパーティだよろしく!」と手を振り訓練場を後にする。


「絶対に追い出してやる! この腐れ貴族!!!!」


 背後から飛んできた罵倒に追われるように、俺は足早に去っていく。







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