第23話 戦況は最悪

 奴の向かう先は、学園の端にある森の中にあるようだった。


 俺は腕を組み呟く。


「何だここ……? こんなところあったのか?」


「オーレリア魔法学園、思ったより広いよなぁ。探検しがいがあるぜ」


 イグナは笑う。俺は訝しむ。原作じゃあこんな場所出てこなかったんだけどな。思ったより奥が深いのか『ファンタジア・アカデミア』の世界は。


 俺は怪しみながら先に進む。森は全く人の手が入っていないわけではないらしく、何となく道らしき地面があるようだ。


 奴は背後に対して警戒など一切していないらしく、先へ先へと進んでいった。俺たちは道を進む相手貴族の後を、息を潜めてついていく。


 そうしていると、不意に相手貴族を見失った。俺たちは顔を見合わせ、早足になる。


 すると、崖にぶち当たった。


「……消えた、よな」


 俺が言うと「消えたなぁ」とイグナが腕を組む。


「周りにも気配がない。オレたちに気付いて、上手く隠れたとは思えないな」


「それだけの実力があったら俺にだって勝てるはずだしな」


 演技であれだけ悔しがることは難しいだろう。しかも誰も見ていない裏でもだ。となれば、何か仕掛けがあって消えたと見るのが適切。


「この崖か?」


 俺は崖に近寄って、壁に触れる。触りながら周囲を進むと、不意に手がスカる。


「うぉ」


 壁に手が入り込むのを見て、俺は目を丸くする。手を引っ込めれば壁から手が抜け、突っ込めば壁の中に手が飲み込まれる。


 抵抗などの感触はない。つまり、そういうことだ。


「イグナ、ここが幻影で隠されてる」


「おー! 良く見つけたな」


 ナイス、とイグナは俺に、拳を出した。俺は少し笑ってそこに拳をぶつける。それから、二人で幻影の中に足を踏み入れた。


 幻影の壁の中に進むと、そこには洞窟があった。奥に光源があるのか、そこまで暗くない。


 俺はイグナに『静かに』のジェスチャーをして、イグナの頷きを見てから歩き出す。


 洞窟はじっとりと湿っていて、嫌な空気が垂れこめている。俺たちはなるべく足音を立てないように気をつけながら、身を屈めて素早く進む。


 すると、明かりの籠っている大広間のような場所に辿り着いた。俺はイグナに目配せをして、二人で物陰に隠れる。


 覗き込んだ先。大広間のような場所には、地面に巨大な魔法陣と、儀式のための細かな道具が雑多に並べられていた。


「あぁ! 先輩の言っていた通りだ! これだけの設備があれば、どんな魔術だって使えるぞ!」


 相手貴族は歓喜の声を上げ、「奴を追い込むには……!」と動き始める。


 それを見て、俺はイグナに小声で話しかけた。


「今、先輩って言ったよな」


「魔術とも言ってた。ってことは何だぁ? この学園には、魔術かぶれが何人もいやがるってことか? くそったれ……」


 イグナは歯噛みする。


 俺も似たような思いだ。本編じゃ基本的にVSサバトの話ばかりだったから、学園内で他にもそう言う手合いがいるのは知らなかった。


「ふ、ふふ、ふふふふふ。これで奴も終わりだ……!」


 何か核心を得たのか、相手貴族が笑い始める。イグナが「チッ、もういい。ぶちのめして止めるぞ」と立ち上がろうとする。


「いや、まだだ」


 だが、俺はそれを止めた。


「……まだ何かあるのか?」


 イグナが疑わしそうな顔をする。あーっと、ちょっと事実を捻じ曲げて。


「……あいつ、俺が追っている間に、他の奴云々って言ってたんだ。詳細は分からないが、もう一人来る可能性がある」


「ってことは、オレたちの後ろからか……!?」


「かもしれない。可能なら今のうちに、もっと目立たない場所に移動しよう」


「お、おう……!」


 俺たちは示し合わせて移動する。相手貴族は興奮気味で、俺たちに気付く様子はない。まったく尾けやすくて助かる。


 そうして、俺たちは相手貴族の作業場所から離れた、大きめの魔術設備(?)の裏に隠れた。息を潜めながら、状況を窺う。


「あとはこれを召喚魔術として行えば……! ふふ、ふはははは! 悪魔が奴を八つ裂きにする! 私に逆らえるものは一人もいなくなる!」


 準備を進めていた相手貴族が、荷物を持って魔法陣へと向かう。イグナが焦れているのが分かるが、俺はあくまで見の構えだ。


 俺も、どんな風に羽ペンの魔女が現れるのか分からないから、まずは待つしかないのがじれったい話だ。


 普通に現れるのか、何なら魔法陣から呼び出されるのか。息を潜め、相手貴族の動きに注視し――――


「あらぁ? 魔術のうねりを感じてきてみれば、何を隠れているのかしらぁ?」


 その声は、俺たちの背後から響いた。


「――――ッ!」


 真っ先に動いたのはイグナだった。腰から剣を抜き放ち、一閃。


「なによぉ、ちょっと聞いただけじゃないのぉ。まだあたくしは、誰の敵でも味方でもないのにぃ」


 だが、俺たちの背後に立ったその女は、イグナの剣を軽くいなした。


 その手に握られるは、巨大な羽ペン。全身はふわふわと羽めいた飾りのついた服に包まれている。


 俺はただ、それに絶句する。


 ――――よりにもよって、最悪の形で羽ペンの魔女に見つかったか!


「っ!? 誰だ!」


 流石に騒ぎが起これば、相手貴族だってこちらに気付くというもの。


「あっはははははっ」と笑い声を上げながら、羽ペンの魔女はふわり浮き上がり、相手貴族の元へと飛び上がる。


「あなたぁ、魔術に興味があるのぉ? かわいいわねぇ。幼いけれど、しっかりと憎悪にまみれた顔をしているわぁ」


「なっ、何だお前は! っ!? お前ッ! フォロワーズ! 何でお前が! それに以前揉めた平民!」


 何が何やら分からない、という顔で、相手貴族は叫びまわる。まぁ見つかるわな。羽ペンの魔女に見つかった以上、相手貴族の動向はどうでもいい。


 イグナが、冷や汗をかいて俺に言う。


「クロック、まずいぞ。あいつめちゃくちゃ強い。そういう奴の動きだ。少なくとも、オレの一撃は何の意味もなかった」


 格上。イグナにとって、羽ペンの魔女はそう言う強さを持つ。イグナの一閃は羽ペンの魔女によって容易くいなされた。


 だが、無敵ではない。イグナの剣の腕がもう少し伸びれば、さらに魔法を重ねれば、そして仲間と共に力を合わせれば、辛うじて勝てる。


 少なくとも、シナリオにおいてはそういう存在だ。俺はまんじりともせずに成り行きを観察する。


「あたくしは、『羽ペンの魔女』クイル。あなたの魔術の匂いに惹かれてきたの。ねぇ、あなたは何がしたいの? あたくしに教えてくれる?」


「っ!」


 強者の気配に勘づいたのか、相手貴族はたどたどしくも勢いづいて話し出す。


「あいつだ! あの、ムカつく下級貴族! あいつの心をへし折って、屈服させてやりたい! あいつに、あいつのッ!」


「あっはははははっ、そうなのぉ。ええ、ええ、良いわぁあなた。じゃあ、じゃあねぇ」


 俺は嫌な雰囲気を感じ取って、イグナに触れて「魔法準備だ」と告げる。イグナはハッとして詠唱を開始する。


 羽ペンの魔女、クイルはこう言った。




「あなた、あたくしのペットにしてあげる。つよいつよぉい、ペットにね」


「え……っ?」




「まず俺が切り込む!」


 俺は叫んで、魔女たちの元に駆けだした。クイルは俺に気を払いもしない。ザコだと切り捨てているのだろう。


 クイルの持っていた羽ペンが、ぐぐ、と巨大化する。俺はそれに、マズイ、と唇を引き締める。


 あの羽ペンは、人間に突き刺さると内側から魔法ルーン文字に書き記し、人間を怪物にしまう。


 つまり、あの羽ペンを突き刺された時点で相手貴族は死亡判定だ。そうなると学園が一時閉鎖する。閉鎖すればエヴィーが危うくなる。


「ああ、まったく。どいつもこいつも、ムカつく奴ばっかり助けなきゃなの、どうにかなんねぇかなぁッ!」


 俺はイグナよろしく腰の剣を抜き放ち、思いっきりぶん投げる。


 投げるのは俺の得意分野だ。投石のがよっぽどむずかしい。


 つまり、俺は狙いを外さない。


「さぁ、強く、つよぉくなりましょ、いっ!?」


 俺の投げつけた剣が、魔女の羽ペンを弾き飛ばす。「ヒットぉっ!」と俺は存在感をアピールする。


 ダメ押しに、俺は煽りを入れた。


「よう、魔女だか山姥だか知らないけどな。ろくでもない真似はさせねぇよババア」


 キメ顔で俺が言うと、羽ペンの魔女は恐ろしい形相で俺に向かった。


「あたくしの魔術の邪魔をしただけでなく、ババア……? ババアですって……!? ああ、ムカつく。一番存在感のない、動きもとろい、ガキだと思って見逃せば……!」


「うわこわ。ババアがキレてる」


「キィィィィイイイイ!」


 羽ペンの魔女は怒り狂って俺を睨む。それから、どこからともなく分厚い書物を取り出した。


「もういい、もういいわぁ。あなたの汚らしい言葉を聞くのはもうたくさん! あなたから悲惨な姿に書き換えて差し上げるわぁ!」


 分厚い書物は空中に浮かび、下向きに開いて、ひとりでにバラバラバラバラとページがめくられていく。


 その度に小さな小瓶のようなものがページの中から落ちていき、地面に落ちて割れていく。すると中から、記憶にある通りの異形が、姿を現す。


「――――羽ペンの魔女の奴隷たち」


 全身に魔法文字の刻まれた、生白い肌をした巨漢。オークのような体躯だがオークではない何か。それは、人間が姿を変えられた異形。


 一体一体で下級の冒険者を簡単に縊り殺す力を持つ。その辺の学生や一般人が相手なら、なおさらだ。


 それが、何匹も何十匹も、小瓶が割れて中から這い出して来る。


 小さな小瓶から出てきたときは指人形サイズだったものが、気づけば異形の山となって、一匹ずつ立ち上がる。


「あっはははははっ。ちょっとしたケンカにここまでやるのは大人げなかったかしらぁ? それでもぉ、大人の女をバカにしたら痛い目見るって、教えて上げなきゃあ」


 眼前に立ち上がる無数の奴隷たち。奥には羽ペンの魔女と、腰を抜かした相手貴族。


 俺の横に、ブツブツと詠唱を続けるイグナが立ち上がる。まったく、お前がいなきゃもうちょっと状況は簡単だったんだぞ師匠め。


 俺は深呼吸をする。この戦力でどうにかなる相手ではないが、まぁ、上手く事を運ぼうじゃないか。


「うるせぇなババア。御託はいいから掛かってこい」


 俺は、ニヤリ笑って言い返す。







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