第20話 ノワールの提言

 『ファンタジア・アカデミア』ストーリー第一章『変貌のシモベ』のことを思い出す。


 原作において、貴族との決闘に勝利したイグナは、平民たちの集まるワーキング寮で認められ始める。


 貴族たちは忌々しそうな目でイグナを見ているが、学園生活は順風満帆だ。エヴィーから釘を刺されるも何のその。


 しかしそんな日々を過ごしていたイグナは、学園で怪物を見たという話を聞く。


 全身に魔法文字の刻まれた、生白い肌をした巨漢。オークのような体躯だがオークではない何か。


 それは俊敏に移動し、生徒を一人なぶり殺しにして、先生たちが集まって撃退しようとしたら逃げていったという。


 イグナは『殺された生徒はワーキング寮の生徒だった』と聞かされ、その怪物を倒しに仲間たちと共に立ち上がる――――


「で、学園に忍び込んだ『サバトの魔女』構成員が一人、『羽ペンの魔女』が事件の黒幕で、魔術にハマった生徒たちを軒並みたぶらかしていた~、って展開になるわけだ」


「まぁ、あの子も大胆ですのね」


「知ってるのか?」


「もちろん。新参の魔女ですが努力家で悪趣味。人間にルーン文字を刻んで魔人同然にするのが好きな子でしたわ」


 自室にて、俺はノワールと会話を交わしていた。


 内容は作戦会議だ。今後の展開を共有しておくことで、そこにどう介入して『サバトの魔女』の出端を挫いてやるのかを共に考えるのである。


 ノワールは語る。


「サバトへの参加理由は、『神罰から救われた恩返し』。つまり、神の怒りに触れるようなことを散々した結果神罰によって死にかけ、サバトに救われたからでしたわ」


 ―――この世界には、神というものがいるという。


 信仰という以上に、実態として居る。ということなのだそうだ。魔法も神から人間への贈り物だと。だがそれ故に、神は魔法に『法』を定めた。


 例えば魔法文字とされるルーン文字は、物質には書き記してもいいが人間には書いてはならない。『羽ペンの魔女』の魔術はこれだ。


 その法を破れば神罰が下る。魔法使いは神によって裁かれ、その重みによっては死ぬ。


 だが、魔王の庇護下にあれば、神の法を破っても神罰から守られる。


 それすなわち魔術。法を外れし魔。外法の術であると。


「ですから、『羽ペンの魔女』は残念ながら、生粋の魔女ということですわ。到底『時計派』に誘えるような性格ではありませんでした」


 ノワールは残念そうに語る。俺は元から倒す敵の想定だったので、「おぅ……」とちょっと引き気味だ。


「ちなみにさ、ノワール」


「はい、何でございましょう、クロック様♡」


「今『時計派』って何人いるんだ?」


「そうですわねぇ。わたくしを除き、ざっと十人程度ですかしら」


「まだ俺、ノワール以外には一人しか会ってないのに……?」


 そんな増えてんだ『時計派』。残り九人も居んの? 多くない?


「いずれ機会がございましたら、クロック様にもご紹介いたしますわ。ですがその、その前に一応お耳に入れておきたいのですが」


「な、何だよ」


 ノワールは少しバツが悪い、という顔で、こう続けた。


「その、わたくしはしばしばクロック様にお会いしておりますから、クロック様に対する印象が等身大のそれでございますが」


 俺の印象が等身大? ノワールが?


「他の『時計派』はお会いしていないがために、夢見がちと言いますか……端的に申し上げますと、わたくし以上にクロック様を崇拝しているようでして」


「……」


 俺の思考がいくらか停止する。


「……え。それはノワールと同程度って意味じゃなく?」


「はい」


「ノワールから見ても『これ崇めすぎじゃない?』って引いてるってこと?」


「その、わたくしが語り聞かせた話に、それぞれの妄想が上乗せされてしまったと言いますか……」


 申し訳ございません……。とノワールは恥ずかしそうに頭を下げる。


 一方俺は戦慄した。


「……やばいなそれ」


 だってまずノワールの俺への懐き方が尋常じゃないもん。懐ききった甘えん坊の黒猫なんだもん。上限と思うじゃん普通。これが下限は嘘でしょ。


「ま、まぁ、その話はおいおいするとして」


 俺は怖くなってしまったので、『時計派』の魔女の話は置いておく。


 ひとまず、この辺りで正史ではどういう顛末を迎えるのかを話しておこう。


「この事件はイグナという生徒の手によって解決を迎える。結果として魔法学園内で五名の死傷者が出て、学園は一時封鎖。騎士団はよりサバト逮捕に重きを置く」


「中々の大ごとになりますのね」


「ああ。で、しばらく都市部の邸宅に身を寄せることとなったエヴィル・ディーモン・サバンが、騎士団の守りも少なくなった隙を突かれ、サバトによって魔王の印を入れられる」


 魔王の印。それは魔王によるエヴィー乗っ取りの布石だ。エヴィーに向けられた悪感情を糧に育ち、最終章で開花。エヴィーを乗っ取る。


「なるほど、今回の事件がきっかけで、魔王再臨の布石が整ってしまいますのね。魔王の器として優秀という話は耳に挟んでおりましたが……」


「ああ。だからこの事件はちゃんと潰しておく必要がある。可能なら、一人の死者も出さずに済ませるのがいい」


 一人でも死なせればアウトだ。学校側は事態を重く見て、一時学園を閉鎖する。エヴィーは邸宅に移動し、その隙をつかれて魔王の印が入れられる。


 もっとも、多少面倒な側面はなくはない。


 というのも、この事件を大前提として、本編ストーリーの事件は発生する。だから、今回のように最初から事件の流れが分かっている、というのはこれが最後になるのだ。


 しかし、その程度なら十分時間魔法で取り返せる想定だ。その頃には時間魔法も成長しているだろうという予想もある。


 ―――何より、可能ならエヴィーが乗っ取られて殺して終わり、というのは避けたい。


 ティンの恋愛脳な物言いは過剰だが、俺だってエヴィーを見殺しにしたいなどとは思っていないのだ。


「承知いたしましたわ。一人の犠牲者も出さずの解決、承りました」


 ノワールの了承に、俺は頷き返す。それから、俺は言った。


「で、ひとまずのとっかかり。最初の怪物、ゲームでも何か既視感あるなと思ってたんだけど、あれ俺の決闘相手だわ」


「あらまぁ。運命は数奇でございますわね」


「な。多分決闘で負けて、その悔しさからサバトと接触してしまうんだろうさ。だからそこを釣ればいい」


 決闘に勝ち、決闘の相手貴族とサバトの接触を待つ。その場を抑えて羽ペンの魔女を撃退する。


 ひとまずの流れはこんなところだろう。そこに、ノワールは追加の案を提示した。


「その撃退は、この数年で伝説になりました『時計仕掛けの大魔法使い』タイムにさせる、というのはいかがでしょうか」


「あー……タイムに変装してやるってことか」


「はい♡ 時間魔法は強力すぎる魔法。しかしクロック様自身は、暗殺には弱いでしょう? 可能な限り身元がバレない形を取るべきかと」


「確かになぁ……」


 俺は唸る。それはそうだ。変装せずに物事を進めれば、いつかは俺を狙う者も現れる。変装をしておけば、まず俺とタイムを線で結ぶ手間が発生する。


「それに、『時計仕掛けの大魔法使い』という偶像は、きっとサバトを追い詰めるにあたって、役に立つと存じますわ」


「というと?」


「偶像は力を持ちます。味方となれば勇気となり、敵となれば恐怖となる。少なくとも、サバトの敵であることを表明すれば、サバトは『時計仕掛け』を恐怖するでしょう」


「ほー。面白いな」


 俺は頷く。そう言う観点はなかった。ほとんど自分一人でやるつもりでいたから。


 だが、そういう方向に物事を運べれば、俺の負担も軽くなるはずだ。基本的に周りの動きを誘導するように、要所で動けばいいってことになるからな。


 ……何か、それはそれで大変そうだが。主に計算周りで。


「分かった、それで行こう」


「うふふっ♡ わたくしの案を採用いただき、ありがとう存じますわ」


「いい案だったからな。手間も軽いし、このくらいはやるさ」


 俺は肩を竦める。ひとまず、話はまとまったということでいいだろう。


 だが、一つ気になって、俺はノワールに尋ねた。


「……ところで、俺が暗殺に弱いって言うのは」


「ああ、そちらですか? ―――試しました♡ ぐっすりお休みになるクロック様、とっても可愛らしかったですわよ♡」


 にっこり微笑むノワールに、俺はゾワゾワと背筋が凍る思いをする。


 ……まぁ、うん。そりゃそうだよな。味方に引き込んだ当時は俺も警戒してたけど、数年間もそんなの続けられないし。


 ノワール自身も、どこかで俺の警戒が解けたことが分かったのだろう。それで試した。試したら底が見えた。命が取れると分かってしまった。


 逆に言えば―――ノワールは、俺を殺せる状況でも、殺さないでくれたのだ。


「……これからもよろしく頼むな、ノワール」


「はい♡ クロック様の仰せのままに」


 ノワールは話が終わったと見て、黒猫の姿になって俺の膝の上に飛び込んでくる。俺はそれに溜息を落としながら、ポンポンと優しく撫でるのだった。







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