第44話 解呪

 全員のアイテムの選択が終わり、金貨などの細かい報酬が配られ報酬分配会はお開きとなる。

 稼いだお金は装備などにきっちり投資すべきだろう。あと少女とちょっとだけ美味しいものでも食べられたら最高だ。


 ギルマスが二階からドスンと飛び降りてくる。


「てめーらァ! よーくやったァ! 今夜は祝勝会だァ! ちなみに俺様の奢りだぁあああああああああああああああああああ! 遠慮なく飲み食いしやがれえええええええええええええええええええ!」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「親父殿ぉ! 待ってましたああああああああああああああ!」

「ひゃっほーい! 今日は食べるぞぽおおおおおおおおおおお!」

「さすがギルマス太っ腹だにゃあああああああああああああ!」

「ガハハハッ! 今夜は飲み明かすぞおおおおおおおおおおい!」


 ギルマスに率いられクエスト参加者たちは喜び勇んでギルドを飛び出してゆく。予想通りモモさんとダダンさんはいの一番に走って行く。

 残された青年たちは、事後処理を忙しそうにしているギルド職人たちの中からダークエルフの受付嬢を見つけて声をかける。


「ラヴィアン、ちょっと良いかな?」

「どうしたの? エウレカ?」

「その……大事な話があるの……」

「いいわ。じゃあ、場所を移動しましょう」


 少女の緊張した面持ちを目にして有能ダークエルフは気を効かせてくれる。


 面談室と書かれた個室に青年たちは通される。

 扉を閉めるのと同時にエウレカが叫ぶ。


「ラヴィアン! これ貰って!」


 そう虹色の輝く小瓶を両手で差し出す。


「え? これソウジンくんが選択したエリクサーよね? どうして?」


 困惑したダークエルフが黒髪青年に助けを求めてくる。


「ラヴィアン。その左腕、どうして動かないんですか?」

「古傷よ。冒険でちょっとヘマをしてね」


 彼女が苦笑しながら左腕を右手で摩る。



「それ嘘ですよね? 原因はカースドドラゴンの『呪い』ですよね」



 青年がずばり核心に触れる。

「呪い? なんのこと……かしら?」

 さすがのダークエルフも言いよどむ。

 

「ラヴィアン! あたしたち知ってるんだよ!」


 そうピンクゴールドの少女がすべての種明かしをする。ダークエルフが片手で顔を覆う。


「もう……なんでジラルドは私に断りもなく言っちゃうかな」

「ギルマスを責めないで! ギルマスはラヴィアンのことを心から心配してるんだから!」

「ギルマスはラヴィアンの冒険者としての才能を誰よりも高く評価してます」

「だから! このエリクサーを飲んで! これで呪いを解いて!」


 ピンクゴールドの少女が情熱的に詰め寄る。

 対照的にダークエルフの彼女は戸惑い後ずさる。


「ダメよ……そんな貴重なもの貰えないわ……」


 こうと決めた時の少女は無敵だ。


「ダメじゃない! あたしが飲んで欲しいんだよ! 強い冒険者だったラヴィアンのことをあたしがもう一度見たいんだよ!」


「でも……」


「飲んであげてください。お嬢はずっとお世話になってきたラヴィアンに心から感謝しているんだ」


 青年が加勢する。


「お嬢が最近、冒険者ランクを上げようと必死に頑張ってたのはなぜだと思いますか? アナタのためなんですよ?」


「私のため……?」


「エリクサーが入手できる毒沼ダンジョンに挑むためなんです! だから、お嬢は頑張ってたんです! アナタはこんな健気な少女の気持ちを無下にするつもりですか!」


 見方によってはオッサン上司の『わしの酒が飲めんのか』ばりのパワハラ発言である。


「ラヴィアンが飲んでくれないんなら! 捨てる! 窓から捨てちゃうから! 持ってたって意味ないもん!」


 言ってることは無茶苦茶だが実に少女らしい。二人から熱烈に説得されさすがのラヴィアンも観念する。


「もう、二人とも強引なんだから……分かったわ。ありがたく飲ませてもらう」


 ラヴィアンは少女から虹色の小瓶を受け取る。

 蓋をキュポンと開けて震える指先で、おそるおそる口元に運ぶ。虹色の液体がダークエルフの中に飲み込まれてゆく。

 見守る青年たちもゴクリと喉を鳴らす。


 瞬間だった――――、


「んんん! くふう、あん、うっぐ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」


 ラヴィアンが苦しそうに左腕を押さえて床にうずくまる。

「だ! 大丈夫! ラヴィアン!」

 青年たちは慌てて駆け寄る。

 同時、ラヴィアンの左腕が目をまともに開けていられないほどの強烈な光を放つ。

 やがて光がラヴィアンの左腕に収束する。

 褐色の彼女は荒い息遣いをしながら自らの左腕をじっと見つめている。


「ど……どう? ラヴィアン? 呪いは……どうなった……?」


 少女が不安そうに見つめている。

 ラヴィアンが唖然とした表情で左腕をゆっくりと持ち上げる。彼女は目の前で左の掌を開けたり閉めたり繰り返す。


 瞬間、驚いたことに彼女の黄金の瞳からポロポロと大粒の涙が零れ落ちてゆく。

 

 荒くれ者の冒険者たちを前にしてもまったく怯まない彼女が、小さな子供のように泣いている。衝撃的すぎる光景に青年は言葉を失ってしまう。

「あー! 泣いてる! 痛かった? ラヴィアンが大丈夫ー?」

 彼女はフルフルと首を振る。

 

「エウレカ。違うわ。嬉しいの。自分の左腕が以前のように動くことが」

「やったあ! 呪いが解けたんだね!」

「ええ。解けたわ」


 ラヴィアンが零れ落ちる涙を懸命に拭いながら立ち上がる。


「ねえ? エウレカ……ソウジンくん。私は……アナタたちにどうやってお礼をすればいい……?」


 彼女が涙混じりの声を絞り出す。

 すぐさま少女が「お礼なんていらないよ!」と元気よく告げる。

 純真無垢な少女らしい答えだ。


「エウレカ。そういうわけにはいかないわ。こればっかりは譲れない」


 しかし『はい、そうですか』といかないのが大人である。元社畜リーマンには彼女の気持ちがよく分かる。

 大人には体裁が必要な時があるのだ。それは必ずしも同等の対価でなくても構わない。


『じゃあ。今度、美味い飯でも奢ってよ』でも『じゃあ。今度、俺とデートしてよ』なんて軽いノリで十分だったりする。

 恩に対してお礼をしたという事実がなによりも大事だったりするのだ。

「うーん、そう言われてもなぁ……」

 少女が困っているので十歳年上の大人として青年がすかさず助け船を出す。



「じゃあ! ラヴィアン! お礼はその身体で払ってもらいましょうか!」 


 

 彼女は腕利きの元冒険者だ。彼女が自分のたちの冒険を手伝ってくれたなら、これほど心強いことはない。なにより先ほどの食事やデートと同様に後腐れもない。

 我ながら悪くないアイデアだと思う。

 ところが、なぜか隣の少女から〈マスター権限行使〉という不吉な言葉が流れてくる。


「痛い痛い痛い痛い痛いィィィィィ! 手がァ! 手がァ! 燃えるように熱いィィィィィィィィィィ!」


 直後、青年が手の甲を抑えながら床を激しく転げまわったのは言うまでもないことだった。





 

 


   

 



   

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