第4話
「最近よく笑うようになったな」
「えっ?」
夕食の時に紀世彦さんからそう言われた私は昼間とは違うドキドキを感じていた。
「そ、そうかな」
同じ言葉でもこうも差があるものなのか。
そもそも私が笑わなくなったのは紀世彦さんにがんじがらめにされていたからなのに。
「それに最近また綺麗になった」
嬉しいはずの言葉にどんどん押しつぶされそうになる自分がいた。
自分でも気づいていた。
私は怜くんに恋をしている。
「やっぱりずっと家にいるより外に出た方がいいって言ってたの本当なんだな」
「そ、そうだね。家にいるとメイクもしないしね」
「そうか。メイクしてるからか」
「そうだよ、きっと」
紀世彦さんは私の気持ちに一ミリも気づかないだろう。
ほっとしていた。
私だって怜くんとどうこうなりたいとは思っていない。
紀世彦さんを裏切るようなことはしたくない。
ただ、この楽しい毎日を手放したくないだけだ。
誰にも知られず心の中だけで恋をする。
誰にも迷惑はかけない。
それくらいなら楽しんだっていいよね?
私は自分に言い聞かせるようにそう心の中で繰り返していた。
「俺ミニシアターって行ったことないんだよな。どんな感じ?」
「ああ、ただスクリーンがひとつだけの小さな映画館だよ。でもうちはシートも広いし綺麗だしゆっくり楽しめるかな」
「へえ、そうなんだ。じゃあ今度の休みにでも映画観にいくか」
「えっ?」
「由美も映画好きだったよな。付き合ったばかりの頃はよく映画観に行ってたじゃん」
「うん……あ、でも今やってるのはすごくマイナーなやつだから、行くなら普通の映画館がいいな」
「それじゃ意味ないじゃん。ミニシアターに行ってみたいんだからさ。とにかく今度の日曜日に行こうよ。由美が働いてる場所も見ておかないとな」
「……うん、わかった」
できることなら私だけの聖地に入ってきてほしくはなかったけれど、これ以上拒むこともできなかった。
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