第22話 サイコアーム

「詳しく説明するよりも体験してもらった方が速いかしらね」


 カラスマさんは近くの台へ移動し、そこに置かれていたスパナを手に取った。なんだ? 彼女はいったい何をしようというのだ。


「ツルギ君。その場から動いちゃだめだよ」

「どういうことです?」

「その場から動かずに私が持ってるスパナを奪ってみて」


 いきなり無理難題を出された。この場から動かずに彼女の手を斬ることは容易いことだが、彼女の言っている奪うとは、そういうことではないだろう。彼女は今、何かを試そうとしている。何かとは? 話の流れからしてこの人形の新機能とやらだろう。


「VRDに組み込まれた機能を使えてことですか?」

「そう! 察しが良いわね」


 カラスマさんは楽しそうに笑う。そして彼女は一言「手をかざして」と言った。


 言われた通り、俺はスパナに向けて手をかざしてみた。だが、何も起こらない。いぶかしんでいると、カラスマさんはいたずらっぽく笑う。


「この先はどうするんです?」

「ただ、スパナを動かすことを考えてみて」


 スパナを動かす……これで動いたら超能力だな。なんてことを思いながら、スパナに向かって動けと念じてみた。すると――彼女の手の中でスパナが動きだした!?


「いいね、その調子」


 彼女はスパナを持っている手を強くい握った。そうして「今度は私の指を開くように念じてみて」と言ってくる。


 指よ開け! 念じると、彼女の指が開く、どころか勢い余って変な方向に曲がってしまった!?


「あらら、気にしないで。ツルギ君はスパナを動かすことに集中して」

「わ、分かりました!」


 折れ曲がった指のことも気になるが、今はスパナを動かすことに集中する。ゆっくりと、慎重に、こちらへスパナが動くようにイメージする。


 スパナは宙をふよふよと浮きながら、俺の元へと動いてくる。そして近くまで来たそれを俺はキャッチした。脚を動かさずに、離れた場所に立つカラスマさんから物を奪うことが出来てしまった。


「やったねツルギ君。うまいもんだ」

「なんとかできましたが――それよりカラスマさんの指が凄いことになってますけど!?」


 彼女の指はそれぞれが全く違う方向に折れ曲がってしまっている。生身の人間ならば酷い複雑骨折だ。


「いいのいいの! これくらいは想定内だから! 大丈夫だって!」

「まったく大丈夫そうに見えませんけど!?」


 折れ曲がった指からはひっきりなしに火花が散っている。明らかにやばそうで俺は困惑するしかない。俺の心配など気にしないかのように、彼女は無事な方の手でサムズアップした。


「凄いでしょ! 〇ター〇ォーズのあれみたいで」

「それは思いましたけど!?」

「ツルギ君は刀を使うからね。よく似合ってるわ。そうだ! 今度ビームの出る刀作ってあげようか!」

「それより本当に大丈夫なんですか!? 今も手から火花が散ってますけど!?」


 カラスマさんは愉快そうに笑っていたが、急に冷静になったかのように「そうだね」と言った。彼女はあっと言う間に腕を外す。


「とりあえず、これは直してしまわないと」


 心配だが、彼女ならば壊れた手の修理も容易くおこなえるだろう。


 彼女は再び俺に笑顔を向け「どうかしら」と訊いてくる。


「名付けてサイコアーム。大きなものを動かすのは難しいけど、そこそこの大きさのものまでなら念じるだけで動かせるのよ。ツルギ君は私からのサプライズプレゼントを喜んでくれたかしら?」

「喜ぶというより、疑問だらけですよ。いや、サプライズプレゼントは嬉しいですけどね。この技術……いったいなんなんですか?」


 以前見たマリーの複腕などとは明らかに次元の違う技術だ。これは、超能力とか魔法の領域につっこんでいる。カラスマさんがかつて大企業の偉い人だったとは聞いているが、それにしたって、サイコアームの技術は凄すぎないか?


「カラスマさん。説明してください」

「そうね。説明が必要――」


 その時、下から爆音がした。なんだ!? 何が起こった!? 疑問に思うと同時に体が動いた。


「何が起こったか確認してきます!」

「気を付けて!」


 カラスマさんをその場に残し、俺は工房の外に出る。工房の外には慌てた様子で走り回る人形の姿が何体も確認できた。なにか、非常事態が起きているのは間違いない。


 基地内に大音量の放送が流れる。


「第二基地の下層ゲートが破壊されました。現在ダンジョン管理局が対応しています。皆さん、慌てず行動してください」


 同じ内容の放送が何度も繰り返されている。慌てず、とは言われているが、周囲の人形たちはほとんどがパニック状態だ。俺は、さっきのあれがあったせいか、いつも以上に落ち着いている。


 下層ゲートは基地から第二層に繋がる場所だ。あの場所は六十六番ガレージにも近い。


 ガレージに向かってみよう。そう思って走り出す。俺とは逆方向へ走る人形たちも居たが、その間をぬうように走り抜ける。が、だんだんその数が増えてきた。


「通せ! 私を通せ!」

「僕の方が先だ!」

「ガレージだ! 人形をガレージに避難させろ!」

「どけ! どけ!」

「ひっぱるな馬鹿!」


 うわあ……酷い足の引っ張り合いだ。逃げ惑う誰もが、自分のVRDを破壊されたくないのだろう。安いものでも数十万はするからな。とはいえ、あの群衆のようには、なりたくない。


 ガレージの方向はあまりに人形が多い。しかもパニック状態だ。人形たちの頭を飛び越えて進むことも可能ではあるが、それはパニックを大きくする行動かもしれない。六十六番ガレージがどうなっているかは気になるが、ここは後回しだな。


 方向転換し下層ゲートへ向かう。何がどうなってるのか、詳しく知りたい。通ることができれば良いが。


 ほどなくしてゲートへ向かう通路に何体も人形たちが並んでいるのを見つけた。さっき見たパニック状態の者たちとは違い、落ち着いていた。統制がとれている、というような印象だ。走る速度を緩め、人形たちに近づいていく。


 一体の人形がこちらに気付いた。騎士甲冑のような姿をした人形はダンジョン管理局の者だろう。


「待て、ここから先、今は一般人の通行は禁止だ。すぐに避難しなさい」

「……向こうの状況はどうなっているか教えてもらえませんか?」

「状況は基地の放送の通りだ。それ以上は、情報が錯綜している。下手に伝えるわけにはいかん。分かったらすぐに避難しろ」


 ふむ、どうしたものかな。と思っていると。


「彼を通してやれ」


 聞いたことのある低い声がした。


 声のした方を見ると、一人の騎士甲冑が手を振っていた。


「やあ、ツルギ君。声で分かったよ。かっこいいVRDだね」


 Aランクの第三位、リンドウがそこに居た。

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