第11話 六十六番ガレージ

 デイジーに案内され六十六番ガレージの内部に入った。中々に広く、格納スペースの他、カラスマ工房で見たような機械も見られた。だが、そういうものよりも気になったのは、俺たちを出迎えたメイドの姿だった。


 そう、メイドである。ピンク色の髪を肩まで伸ばした美少女は俺たちを見てほがらかに笑った。


「ようこそお越しくださいましたぁ。ツルギさま。マリナさま」


 そしてこのメイド、胸がでかい。凄くデカい。デイジーよりも一回りデカい。精神的に大人だと思っている俺でもつい凝視してしまうほどのデカさだ。もはやメロンである。


「師匠、女の人って胸を見られてたら分かるんですよ」

「あ、いや、うん――すまん」


 俺は頭を掻きながら視線を逸らした。


「彼女はメイドのリリなのデス。彼女のこともよろしくデース」

「ツルギです。よろしく」

「マリナです。よろしくね」

「はい、お二人ともよろしくお願いします」


 デイジーに彼女の名前を紹介してもらい、こちらも名乗った。しかし、視線のやり場に困る。


「マ、とりあえず私のガレージを案内するデスよ。二階はドージョーになってるネー」


 デイジーが案内してくれる。ガレージを見て、次に二階へ通された。そこは畳張りの広い空間で、奥には【不如帰】と書かれた掛け軸がある。えっと……ほととぎす、であってるよな。いかにも海外の人が好きそうな漢字だ。


「ここが私のドージョーデース。どうデス? なかなか良いデショウ?」

「ああ、良い感じだな」


 俺が道場を褒めるとデイジーはいきなり土下座を始めた! どうしてそうなる!?


「ツルギお願いデス。私に稽古をつけてくだサーイ!」

「それは良いけど、どうして土下座!?」

「日本では師に教えを頼む時にはこうするものだと聞きマシタ!」

「違う! 少なくとも俺に土下座は必要ない!」

「あ、そうデシタカ!」


 今度は勢いよくシュバッと立ち上がるデイジー。元気だなあ。


「師匠、私にも稽古をつけてください!」

「では、私は皆さんの稽古を見ていますねぇ」


 デイジーに負けじと勢い良く手を挙げるマリナと、おっとりした調子で頬に手を当てるリリ。とりあえずデイジーとマリナには並んでもらう。


「稽古ということだが、まずは基本の構えの練習だ」

「「はい!」」


 そうして、デイジーとマリナに基本の構えを始めとした基礎動作を教えていく。驚いたのはマリナの呑み込みの早さだ。彼女はこれまで我流でモンスターと戦ってきたらしいが、ちゃんと学べば相当伸びる。そう思わせるくらいの才能があった。


 デイジーも以前戦った時から分かっていたが戦闘の天才だ。デイジーとマリナ。二人の天才を弟子に持てた俺は幸運だろう。これは、育てがいがあるぞ。


 VRDを操るメリットは安全に戦闘や訓練ができるということの他、肉体的な疲労を感じないというものもある。精神的な疲労はあっても、体はずっと動かしていることができるのだ。


 稽古はその日の夕方まで続いた。正直、習ってる方からすると面白いものではないかもしれない。ひたすら基礎動作の反復練習だ。これで、つまらないからと稽古をやめられると困るな。デイジーもマリナも文句ひとつ言わないが、何か考えた方が良いだろう。


「……今日の稽古はここまでにしておこう。あまり夜まで遅くなってもいけない」

「「はい!」」


 さて、問題は今日の俺とマリナの寝床だ。本物の体ではなく、人形をどこに格納するかという問題だが……と悩んでいるとマリナがデイジーに向かって尋ねた。


「デイジー、ここのガレージって格納スペースの空きはあるの?」

「アリマスヨー。使っていきマスカ?」

「助かるー!」


 おいおい話が勝手に進んでるぞ。これは、どうするべきだ?


「マリナ、いきなりそんなこと言って。デイジーも本当に良いのか?」

「構いませんヨー。ウチのガレージはゲストハウスも兼ねているのデース!」


 デイジーは得意気に胸を張り、大きな胸が揺れるのがはっきりと分かった。リリを見た後でも、彼女の胸も大きく感じる。


「ツルギもここで人形を休ませると良いデース」

「じゃあ……そうさせてもらうかな」


 まだ短い付き合いだがデイジーの人柄には好感が持てる。彼女の親切に甘えさせてもらっても良いだろう。


「デハ稽古も終わったことですシ! お茶にしまショウ! リリ、ARティーを用意してくだサーイ」

「はぁい。ただいま」

「あ、お茶もご馳走になれるの!? やったあ! 師匠! お茶にしましょう!」


 お茶? なんか三人で盛り上がっているが、この人形ってお茶を飲んでも大丈夫なのか? というか俺とデイジーの人形には口が無いんじゃないか? 頭に次々と疑問が浮かんでいる間にも彼女たちは一階へ降りていく。


 おぅい。置いていかないでくれ。


 一階に降り、ガレージの隅の方に置かれたテーブルへ移動した。俺とデイジー、マリナの三人で席に着き、ほどなくしてリリが三つの小さな円盤を持ってきた。それが俺たちの前に並べられる。


 円盤には厚みがあり、ティーカップの絵が描かれていた。中央部分にはスイッチがついている。


「これは……どうすれば良いんだ?」


 困っているとマリナが「ふっふっふ」と笑った。


「師匠はAR食品を知らないようですね」

「勿体付けずに教えてくれ」

「分かりました。円盤の中央にあるスイッチを押してください」

「……こうか?」


 円盤のスイッチを押してみると、円盤の上にティーカップが現れた。中には紅茶が入っている。だが、実物ではないだろう。


「立体映像だ」

「ええ、質量を持った立体映像です」

「質量を?」

「味もあります。お茶を飲んでみてください。口が無い人形でも、顔に近づければ、飲むことができます」


 恐る恐る、立体映像のカップに触れた。お、確かに触れて持ち上げることができる。


 俺は持ち上げたカップの中を除き、そして中にあったものをぐいっと飲んでみた。すると、口の中に紅茶の味と香りが広がる感覚があった。そこには本当は何も無いはずなのに、不思議な感覚だ。


「……無を飲んでるみたいだ」

「その表現は良い得て妙ですね」


 そんな俺の感想を聞いたデイジーが「それで、味はどうデスカ?」と訊いてくる。


「うん、なかなか美味かった」

「デショウ!」


 デイジーはとてもうれしそうにガッツポーズをした。


「何杯でもお代わりできマスカラ、満足するまで飲んでくだサーイ」


 そうしてデイジーとマリナも円盤から紅茶を出し、皆で満足するまでお茶と会話を楽しむのだった。

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