第5話 脚部の改造

「脚部の改造……ですか?」


 訊き返す俺にカラスマさんは頷いた。


「今の脚部のままだと、ツルギ君はまた故障させちゃうと思うのよね」

「それはそうですね」


 瞬歩は神滅流剣術の中でも特別な技術というわけではない。むしろ基礎的なものと言える。だから瞬歩を使うだけで脚部が壊れていては困るのだ。


「カラスマさん。バジリスクのクリスタルを使えばどの程度まで脚部を強化できますか?」


 クリスタルは売れば改造資金になる……はずだ。


「そうねえ」


 彼女は天井を見上げるようにして考える。数秒後、彼女からの答えが返ってきた。


「最高性能、とまではいかないけど。かなりの性能にはできるわ。ちょっとやそっとの動きには耐えられるくらいの性能にしてあげられる!」

「それは心強い。よろしくお願いします!」


 俺の返事を聞いて彼女は「判断が速い!」と笑った。


「もうちょっと考えるものだと思うんだけどね。でも良いわ。あなたの脚部を今の私の技術で超強化しちゃいましょう!」


 彼女は親指をぐっと上げた。そこで俺は一つ気になることがあり、尋ねた。


「時間はどの程度かかります?」

「私をそんじょそこらのメカニックだと思ってもらっては困るわよ。とはいえ改造には一時間程度の時間を貰うけど」

「じゃあ俺はちょっと人形の接続を切って昼食を食べてきます。良いですね」

「良いけど……改造されてるところ見てなくて大丈夫? 別にへまはしないけどさ。ツルギ君に不安は無い?」


 別に不安は無い。


「カラスマさんはあっと言う間に脚を直してくれましたから。信頼してますよ」


 俺の言葉に彼女は「そう」と言って嬉しそうに笑った。


「じゃあ、一時間で改造するわ。休憩してらっしゃい」

「そうさせてもらいます」


 俺は人形の遠隔接続を切った。直後、意識が埼玉の自室に戻る。特にだるさを感じたりはしていない。が、ちょっと休憩だ。ぱっと昼食を作って食べてしまおう。


 一時間の休憩で俺は野菜炒めを作り、解凍した米と一緒に食べた。食事は体を作る基本だ。毎日適切にとることを心がけている。


 一時過ぎまでの休憩を終え、俺は再びヘッドセットを被って意識を琵琶湖の人形へと飛ばした。戻ってみると改造は終わっていたようだ。手術台に寝かされた俺に対しカラスマさんは「ばっちりよ」と言う。ただ、脚の見た目は変わっていないように見える。


「見た目の変化とかはないんですね」

「改造したのはガワじゃなくて中身だからね。ちょっと脚を動かしてみれば違いは分かるはずよ」


 俺は寝たままの体勢で人形の脚を上下に動かしてみた。


 おお!? 羽のように軽い。


 体を起こしてベッドから立ち上がる。足場をしっかりと感じることができる。脚は非常に軽いのに、確かな安定感があった。これなら、もしかすると瞬歩も問題なく行えるのではないだろうか。


「カラスマさん。ありがとうございます」

「依頼料分の仕事をしただけよ」


 カラスマさんにバジリスクのクリスタルを渡し、俺は工房の入り口に戻ってきた。そこには黒髪に青いメッシュの少女マリナの姿があった。


「師匠、お待ちしておりました」

「ずっと待ってたのか?」

「いえ、実は少しログアウトしてトーストをかじってきました」

「そうか」


 なんというか、彼女を放置してしまったのは少し悪いことをしたな。


「じゃあ、早速改造した脚の能力を試してみようと思う」

「では、再びダンジョンに潜るんですね」


 俺は頷いた。二人でカラスマ工房を後にし八番ロビーからダンジョンの第一層に戻る。


 再び草地の柔らかい感触を足で感じた。その場で軽く跳躍してみる。


「おお! 凄いです師匠!」


 下の方からマリナの驚く声が届く。俺は縦に四メートルほど跳躍しているようだ。これ程の跳躍は生身では難しい。カラスマさんの仕事は確かなようだ。


 何事もなく着地し、続いて瞬歩を試してみることにする。


「マリナ。しっかり見ていろよ」

「はい! 見ています!」


 きらきらと目を輝かせる彼女の前で瞬歩を使った。俺の動きを彼女は目で追えていなかったようで、移動を終えた数秒後にやっと俺を見つけられたくらいだった。


「剣術を教えるのと同時に目を鍛える必要があるな。大丈夫、君は伸ばせばその分伸びるタイプだと思ってるから、そのうち目も良くなるだろう」


 ちょっとおだてすぎかもしれないが、彼女には高いモチベーションを持ってもらいたい。


「目って鍛えられるんですか?」

「剣術そのものは型を覚える作業だ。何度も同じ動きを繰り返す地味な修行になるだろう。ただ、目は実戦を繰り返して鍛えることになる」

「なるほど?」


 首をかしげる彼女はいまいち今の話を分かってないようにも思える。


「まあ、習うより慣れろだ」


 俺はマリナの前で抜刀し、それを彼女の視線の先で止めた。彼女自身には傷一つつけない。


「ひ、ひえぇ……凄まじい速さです!」

「目標はこの動きが見えるようになることだな」

「師匠、これ万が一にも私を斬っちゃったりしませんよね?」

「絶対に斬らない。そこは信用してくれ」


 とは言ったものの。


「……もし、万が一があったらその時は謝る。弁償もする」

「そこは師匠を信頼しますけど、私この動きを見切れる自信ありませんよぉ」


 不安そうに言う彼女には大事な言葉を送ろう。


「マリナ。昔の人は言った」

「な、何をでしょうか?」

「成せばなる」

「それ根性論じゃないですか!?」


 戸惑いながら講義する彼女に俺は自信を持って言う。


「何事も最後の最後は根性論だ」

「ひえぇカラスマ姉さんと同じこと言ってるよぉ」


 おお、あの人も俺と同じような考えを持っているのか。それは親近感を感じるな。


「まあ、今日は親睦を深める意味も兼ねて第一層のモンスターをのんびりと狩って行こうじゃないか」

「モンスターって親睦を深めながらのんびり狩るものだったかなあ!?」


 マリナは言いたいことがあるようだが、正直なところ第一相、というかもっと下の層のバジリスクくらいまでなら欠伸をしながらでも倒せるレベルだと思う。神滅流剣術を学ぶなら、彼女にもそのくらいのレベルになってもらいたい。


「じゃあ、行くぞー。おー」

「お、おー!」


 その日は二人で一層に出現するモンスターを倒していった。時々他の人形がこっちを見ていたのでアピールを欠かさない。ついでに「君も一緒に神滅流をやらないか?」と声をかけてみたのだが、皆急いで逃げていった。


 どうやら、モンスターと近距離で戦うことに抵抗を感じる者が多いためのようだ。


 ううむ、近接戦闘を広めるためにはどうすれば良いかな。考えながら、俺たちはその日の夕方までダンジョンを探索した。

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