第8話

「まずは、コンバインで黒く変色した稲を刈り取る。出てきた籾殻もみがらに、巨大送風機で風を送って大蛇の目眩しに使う。俺は、畦道を直走り大蛇を剣平神社に誘う。そして剣平神社に入ってきたところを、タミーが神通力を込めてアタッチメントを下ろす!」

「なぁ、ミワ」

「なんだ、タミー」

「それだけ鉄の塊を動かしたら、物凄くうるさくないか?」

「それはこの際、気にしない」

「大蛇が出るのは夜だぞ!?」

「あぁ、知ってる」

「腐っても神主だろ。その辺も気を遣えよ」

「神主だから、余計関係ねぇよ」

「それも関係ないだろ! ビビリのくせに開き直りやがって!」


 当たり前だ! 

 ビビリだから、開き直らないとやってらんないんだよ!! 

 というか!! 

 そんな単純な物理的攻撃が、田の神達を石に変えてしまうほど、強力な呪力を宿す大蛇に通じるなんて。


 正直、これっぽっちも思ってないし!! 


 とりあえず、貧弱な想像力と知識と、親の七光と言わんばかりの人脈で。

 対〝大蛇〟の撃退策を練ったモノだからさ。

 絶対に。

 大蛇に瞬殺されそうな気がする、うん。


 挙動不審な俺を見透かしているのか? 

 はたまた、バカにしているのか? 

 タミーが目を細めて、俺を面妖な何かを見るように凝視した。


「な、なんだよ。タミー」

「……いや、別に」

「別にってことは、何かあるんだろ!」

「いや、たいしたことじゃないから」

「面倒くさい神様だな! 何だよ、はっきり言えってば!」

「これ、さ」

「なんだよ」

「同時に全部動かすんだよな?」

「あぁ」

「ミワ、そんな器用なことできるのか?」

「え?」

「ミワ一人で、同時に機械を動かせるのか?」

「え?」

「え?」

「え? じゃねぇよ。タミーがいるだろ」

「儂は、剣平神社の敷地から出られないだろが」

「あ……」

「あ……じゃねぇよ」

「ちょっとだけなら、大丈夫だろ?」

「大丈夫もクソもあるか! 儂の依代は今、剣平神社なんだよ! 徳が低い儂は、一寸でも離れたら途端にしまうだろ!」

「じゃあ、〇・一寸なら?」

「馬鹿! そう言うのを五十歩百歩っていうんだ!」

「あー……マジかぁ」


 それ、全く考えてなかった。

 俺はコンバインを動かして。

 タミーが送風機のスイッチを入れたら、剣平神社に移動して大蛇を仕留める。

 という、とっても簡単な計画だったはずなのに。

 初っ端からどん詰まりになるなんて、思いもよらなかった。


 どうする、俺!? 

 どうしたらいい!?


 俺は剣平神社の前に鎮座するコンバインと送風機を前に、頭を抱えた。


「おーい、美和! お前何やってんだよ!」

 うずくまる俺の頭上に、聞き覚えのあるイカしたボイスがこだまする。


「え? 史門?」


 顔を上げると、狭く埃っぽい田舎道を。

 これまた似つかわしくないイケメンが手を振りながら近づいてくるのが見えた。

 その瞬間、タミーが俺の背後に回ってさっと身を隠す。


 史門に見られたくないのか? 

 人見知りなのか? 


 そういや、俺と初対面の時も、全力で警戒していたから。

 多分、史門のことも警戒してんだろう。

 ぎゅっと、俺の服を握りしめるタミーをあまり気にしないように。

 俺は、史門に手を振り返した。


「どうしたんだよ、史門! こんな所まで!」

「だって、から全く連絡くれないから、心配になってさ」


 あぁ、ね。

 俺が記憶をなくすくらい、泥酔しちまったアレね。

 俺は急にむず痒くなって、無意味に頭を掻いた。


「ごめん、ごめん。なんか急に忙しくなっちまってさ」

「言い方は最悪だけど、かなり酔ってたし。何処かでのたれ死んでるんじゃないかって……かなり、心配したんだからな!」

「そんなに酔ってた?」

「あぁ! かなり!」

「俺、そんなに飲んでないんだけどなぁ」

「疲れてたんだろ?」


 確かに。

 疲れてはいたけど。

 いつもなら、そんなに酔わないんだよ。

 俺は自分自身に違和感を持ちながら、史門の異常に優しい言葉に余計むず痒くなってしまった。


「で、その子は誰だ?」

「へ?」

「美和の背後にいる子」

「あ、あぁ……この子は」


 俺がそう言ったほんの一瞬。

 背後にいるタミーが、さらに身を固くするのがわかった。


 何だ、この感じ。

 タミーが何か怖がってる? 

 そんなタミーの異常な行動に、俺は本能的に史門に嘘をついてしまった。


「親戚の子」

「親戚の子? そんな小さい子、美和の親戚にいたか?」

「あぁ、遠縁の! ものすごい遠縁の子なんだよ!」

「へぇ」


 史門はにっこりと優しく笑う。

 そして、膝をついてタミーに視線を合わせると、穏やかに「こんばんは」と言った。


「……こんばんは」


 警戒心満載。

 俺の背後から顔など出すはずもない。

 いつもの元気は、一体どこにいってしまったのかと、何か変な病気になっちまったんじゃないかって疑うほどの。

 何故か異様にか細い声で、タミーが返事をした。


「人見知りかな?」

「そ、そう! そんなんだ! 人見知りすぎて、一族郎党困ってんだよ〜」


 口からでまかせを言いつつ。

 俺は腰を引いて、無理矢理史門とタミーの距離を離す。


 とりあえず、話題を変えねば! 

 俺はバリバリに引き攣った笑顔を貼り付けて、史門の視界に無理矢理割り込んだ。


「で、どうしたんだよ、史門。なんでわざわざこんな所まで?」

「いや、美和が心配だったし。それに……」

「それに?」

「この辺最近、奇妙なことばかり起きてるって噂が立ってたし」

「!?」


 誰にも言ってなかったのに!? 

 もう、そんなに広まってるのか!? 

 そういや、氏子さん達に口止めなんてしてなかったし。

 広まって当然といえば当然だよな。


 ん? 

 ちょっと待てよ? 

 だとしたら、だな。

 これだけ色々知ってるんだったら、史門を巻き込んでもいいんじゃないか? 

 なんて、変な考えが頭の中をよぎってしまった。

 タミーに色んなしがらみがある以上、この際支えるヤツは使ってもいいんじゃないか? 

 バチなんて当たらないんじゃないないのか?


 そう思ってからの俺の決断は、異様に早かった。


「史門!! お前絶対暇だろ!!」

「え? 暇? 暇といえば、暇かな?」

「だったら、手伝ってくんないか!?」

「はぁ!?」


 俺の提案に、何故か異論味を含む叫び声を上げたのはタミーだった。


「な、何を言っているんだ、ミワ!! 何で手を借りようとするんだ!」


 いや、タミー。

 何でお前が不服なんだよ。


「とりあえず人手がいるんだよ! 史門なら頭を下げてでも手伝ってもらいたいよ!」

「いや、でも! コイツは……」


 いつもなら、はっきりと反論するタミーが。

 何かを言いかけて、グッと口をつぐんでしまった。何だか変な気持ち悪さを感じながら、視線を合わさないタミーの小さな肩を力強く掴んだ。


「何だよ! 言いたいことがあればさっさと言えよ!」

「なんでも……なんでもない!」

「はぁ!?」

「元々はミワの立てた計画だ! お前の言うことに従う! ただし!」

「ただし?」

「儂に何があっても、決して手を止めるな!」

「はぁ?」

「いいな! 約束だぞ! ミワ!」

「お、おう」


 半ば、タミーの言葉に便乗して発せられる、〝神様っぽい〟威圧感に気圧された感はある、けど。

 大したことはない、だろうと。

 俺は生ぬるい返事をしてしまったんだ。


 まさか、こんなのことになるなんて……。


 つい、三十分前までは。

 全く、て言うか。本当に思いもよらなかった。


「ここ、どこだ?」


 俺の声は、どこまでも不安で。

 淀む生暖かい空気にじんわりとこだました。


 何もない。

 氏子の家も、茶色い大きな住宅型介護施設も。

 

 何もない。


 代わりに、炎によって焼き尽くされたかのように黒く変色した大地が目の前に広がっている。


「マジかよ……」


 それが、薙ぎ倒された黒い稲穂だということに、大した時間もかからなかった。


 一瞬で変わった自分自身の置かれている環境。

 

 どうなっちまったんだ?


 押し寄せる得体の知れない恐怖に、俺は思わずガクンと膝をついてしまった。


 瞬間、共に力を合わせ戦った仲間の顔が脳裏をよぎる。


「タ……ミ……タミーッ! 史門ッ!!」


 タミーは? 

 史門は? 

 俺はどうなったんだ? 


 置かれている状況の不安と恐怖が、俺の震える手に一気に押し寄せた。


 大人なのに。

 だいぶ大人なのに。

 怖さと寂しさで、耐えられないくらいに辛くて。


「う……うぅ」


 久しぶりに、声を上げて泣いてしまった。


「おい、何で泣いているのだ」

「うわぁぁぁぁ!!」


 誰も居ない、荒廃した地獄のような大地に自分一人だと認識していた俺は。

 不意に背後から投げられた声に、必要以上に鼓動した心臓が飛び出るほど驚いた。


 たぶん俺が今より二十歳くらい年をとっていたら、間違いなく貧弱な心臓は止まっていたに違いない。


 ん? まてよ? 

 この声、聞き覚えあるぞ!?

 まさか! まさか!?


「タ……タミー!!」


 俺は、叫び声と共に振り返った。


「あ、あれ?」


 そこにはタミーの姿はない。

 タミーの姿を追うように、俺は辺りを勢いよく見渡した。


「いない……なんで?」

「ここだ。ここだよ、ミワ」

「え?」

「相変わらず勘が悪いヤツだな。下だよ、下。下を見ろ、ミワ」

「下?」


 些か疑問に思いながらも。

 タミーの声が言うとおり、俺は足元に目を向ける。


「……え? カエル?」


 俺の足元には、小さな小さなアマガエル。

 クリっとした大きな目に、なんだか親近感を覚えるのは気のせいだろうか?

 あまりのことに固まっている俺に。

 アマガエルはにっこりと笑う(と、俺には見えた)と、俺の靴にピョコンと飛び乗った。


 カ、カエルが……カエルがぁぁぁぁ!!


「うわ……うわぁぁぁぁ!」


「いちいちうるさいヤツだな。そんなにビビるなよ」

「わぁぁぁぁ!! しゃ……喋ったぁぁぁぁ!!」

「だから!! いちいち叫ぶなよ、ミワ!!」


 あれ? 

 なんだか懐かしい一喝具合。

 というか、タミーか?

 まごうことなき、この一喝。

 まさかこのアマガエル、本当にタミーなのか!?


 靴に乗った小さな小さなアマガエルに一喝された俺は、なんだか急に腰が抜けてしまった。


「タ……タミィィ」

「しっかりしろ、ミワ」

「つか、何でタミーがカエルなんだよ」

「知らん! そんな事、儂に聞くな!」

「だって神様だろ?」

「はぁ!? こんな時だけ、都合よく神様呼ばわりするな!!」

「つか、ここどこだよ。タミー」

「それも知らん! 聞きたければ大蛇にでも聞け!」


 靴の上で臍を曲げたアマガエルことタミーは、フイッと頭を振って目を細める。


 あぁ、これ。

 本当にタミーだ。


 荒廃した大地に、かろうじて人間のままの俺と。何故かアマガエルになったタミーと二人。

 いや、一人と一匹。


 これから先のことが全く想像できずに。

 俺はまた、別な意味で。

 本格的に泣きたくなってしまった。

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