Stay here〜最弱の神様とビビりな神主! 荒神から町を守れ……るのか!?〜

第1話

「うわぁぁぁぁん! ミチの馬鹿ぁぁぁ!!」


 薄暗い祠の中。

 扉の隙間から差し込んだ光が、小さな影の輪郭を鮮明にする。

 言葉を失い立ち尽くす俺の前で、小学生くらいの子どもが泣いていた。


「うわぁぁぁぁん!」

「……」


 誰なんだ、こいつは?

 てか、なんで泣いてんだ? 

 マジで、なんなんだよ!?


※ ※ ※


「親父のやつ。一体、いくつしてたんだよ」


 田んぼの稲は穏やかな風をはらんで、自身につけた小さな花を軽やかに揺らす。

 サワッと、稲の緑を波のようにそよぐ風は、俺の肌を掠め……ない。


 風は目視できている。

 風は吹いているはずなんだ。

 しかし、そんな風は照りつける日差しに、一瞬にして熱風と変わった。


 俺は目を閉じ、額から流れる汗を拭う。


 せめて、もうちょっと涼しかったらいいのに。


 もちろん。ちっぽけな人間が、いくら心頭滅却してもどうにもならない自然の摂理があるってわけで。

 日頃、そんなに鍛錬もしていないひ弱な俺には、茹だるような暑さに対し、ただひたすら悪態をつくか。

 はたまた、八百万の神に救済を祈るしかない。


 そんな状態なら、まだいい。

 もう、どうでも良くなってしまうほど思考が曖昧になってくると、〝そもそも論〟に辿り着く。


 そもそも、何故俺はこんな田舎道を歩いているのか?


 あー、ダメだ。


 暑さに頭までやられたのか。

 そもそも、なんて。考えてもしょうもないことまで、つい考えてしまうなんて。

 足を一歩踏み出すごとに、体中から滝のように汗が噴き出した。


 無力……すぎる。


 晩夏に差し掛かった、はずの人里がまばらな田園のど真ん中いる俺は。

 晩夏といえど、こんなバカ暑い日に一張羅のスーツを着てさ。

 全く機能を果たさなくなっているハンカチで汗を拭いながら、炎天下の田舎道を歩いている。


 トボトボ。


 今まさしく、そんな擬音が相応しいんじゃないだろうか?

 基礎体力のない俺とは反対に、強く暑い太陽に負けじと、蝉が未だに元気に鳴き続ける。


 人間って、なんてか弱い生き物だろうか?

 何故、神様は俺にこんな試練を与えるのだろうか? せめて、せめて……涼しい風を!!


 いや、もうな……。

 神様にすら、もうとっくに見放されるって。

 暑さと熱さが、俺からミネラルとエネルギーを根こそぎ奪い取るせいか。

 神様に縋ることすら、途中で諦めてしまう程には心身ともに追い込まれている気がする。


 追い込まれてしまうと、些か人間味がなくなるのかもしれない。


 日陰で体を伸ばして寝ていたはずの猫。

 ヤツは俺を視界に捉えるなり、珍しいものでも見たような顔をして目を見開いた。


 そして、そろりそろり、と。

 俺に近づいてくるんだよ。 

 黄緑色のキラキラした猫目と、パチッて目が合った瞬間。


『ニャ〜オ(うわぁ……めっちゃ干涸びてんじゃん。あれ人間かよ)』


 って、言葉が聞こえてきそうだった。


 お、俺だってなぁ! 好きでこんな所歩いてんじゃねぇよ!

 仕事なんだよ、仕事ッ!! 

 暑いし!! めっちゃ車で来たかったよ!! だけどさッ!!


美和よしかずて農業道路しかないから、車でいけないんじゃない?」


 って、出掛けに母親が言うもんだから。

 急遽、バスを乗り継いでやって来たんだけど。


 来てみて納得。


 軽自動車が頑張って一台通れるか通れないくらいの、極狭な未舗装の田舎道。

 それがくねくねと延々に伸びて、集落を覆っている。


「あぁ、だから。オヤジは自転車に乗ってたのか……」


 そんなに愚痴るなら自転車に乗ればいいだろう、って?


 あぁ、そうです! そうですよ!! 

 自転車がマストですよ!! ってゆうかな!! 

 俺、自慢じゃないけど、自転車乗れないし!!


「あぁ……情けないなぁ」


 親父のフットワークの軽さに嫉妬し、自分の情けない運動神経を呪ってしまう。

 俺は小さく独りごちた。 

 怒りにも似た感情と、後ろ向きな感情を繰り返す、かなり不安定な精神状態。


 こんなんじゃ、ダメだろ! 俺!! 


 神様! 見てんなら、こんな哀れな俺を助けてくれェェ!!


 吹っ切るように頭を振ると、俺は地面に落ちた視線を強引に上へとあげた。


 空に向かって鋭く頂を向ける小高い山。

 あんなに遠くに感じていた目的地の山が、もう目の前にある。

 俺は立ち止まり、鞄の中からペットボトルを取り出すと、中の麦茶を飲み干した。


「やっと……着いた」


 安心すると同時に。ゴクリと鳴る反響する体が、俺の中にあるモヤモヤした後悔を浮き上がらせる。


 そっか。そうだよな。

 もう、親父は。この道を通ることはないんだよな。

 来たくても、来れないんだ。


 親父は神主だ。

 といっても、小さな町にある一ノ宮の神主なんだけど。

 地方では一人の神主が、いくつもの小さな神社を管理するなんてザラで。


 親父も例に漏れず、週の何回かは自転車に乗って、管理する神社に足を運んでいた。

 俺もオヤジの背中を見て「いつかは、親父みたいになりたいなぁ」って思っててさ。

 そういう大学に行って、無事資格を取って。

 親父の跡目をゆっくり継ごうなんて思っていた、矢先。


 親父が事故にあった。


 三日前のことだった。

 結構な事故だったらしく、親父は未だ意識不明。

 ICUから出てこれてない状態になってしまった。


 まさしく、異常事態。


 大学卒業から二年と経たないペーペーの俺が。親父の名代として、急遽いくつかの神社を管理をすることになったんだ。


 あまりにも突然のことすぎて、頭が追いつかないまま。

 各神社の氏子総代に、しどろもどろで挨拶する羽目になったんだけど。

 几帳面で温和な親父が付けていた帳面や人間関係のおかげで、引き継ぎがかなりスムーズだったし。

 氏子総代も皆、良い人達で本当助かった。


 でも、今向かっている〝剣平神社けんのひらじんじゃ〟だけは。

 正直、全く分からなかった。

 頼みの綱である帳面でさえも、あまり用をなさない事が記されている。


『剣平神社 御祭神・瓊瓊杵命ににぎのにこと 御祭神代行・タミー』


 それだけ。


 脱出ゲーム系のメッセージかよ。

 他の神社は、もっと詳しく書いてあった。

 氏子総代じゃなくて、御祭神代行? 

 しかも、タミーってなんだよ、タミーって。


 祈る→怒る→そもそも論→祈る……を脳内エンドレスしているうちに。

 いつの間にか目の前に、古びた鳥居が聳え立っていた。


「つ……着いた」


 無駄な事を考えているうちに、小高い山の落とす影が俺の足元に触れる。

 俺はようやく、最終目的地である〝剣平神社〟にたどり着いたんだ。


 鬱蒼うっそうと緑が覆う入り口。


 そこに控えめに立つ、赤い錆びれた鳥居を見上げる。


 左側に寄り一礼をした俺は、ゆっくりと右足から鳥居をくぐった。

 山の中に入った瞬間、暑さと蝉の声を一瞬で感じなくなった。


 あれ? 

 ここ、こんなだったっけ? 


 霊感はないにしても、俺だってある程度の気配は感じる。

 大丈夫、変な感じはしない。


 つか、俺。ビビリだから、あんまりそういうの無理なんだけど……泣。


 妙に上昇する心拍数。


 俺は鞄を祠の横に置くと、浅くなる呼吸を押し殺し、祠の扉に手をかけた--。


 

※ ※ ※


「うわぁぁ!! 何!? なんかいる!?」


 薄暗い祠。

 ギィと耳障りな音を立てて扉を押し開けた瞬間、俺は不覚にも叫び倒してしまった。


 この時の叫び声が絶妙に裏返ったなんて、誰にも言えない。

 ボロい外見の祠からは想像がつかないほど。

 床は鏡のように、キラキラと日光を反射していて。

 扉の隙間から差し込んだ光が、小さな影の輪郭を鮮明にする。


 予想だにしないその影。

 俺の貧弱な叫び声に、影が反応してサッと揺れる。


「え? あ? こども???」


 小学生くらいの子どもの姿が、視界の中にぼんやりと入ってきた。

 薄暗い祠の奥から現れたのは、真っ白な水干すいかんを着たその子ども。

 俺の驚きは、幾分恐怖へと傾いた。

 その子どもは大きなキラキラした目を眩しいそうに細めて、俺を睨みつけた。


 なんとも面妖めんようで、それでいて小生意気そうなガキで。


 マジで、お化けの類かと思った。

 熱を帯びて汗だくだった背中が、サッと冷たくなる。


 だって俺、苦手なんだよ、お化けとか。

 霊感、ないけど。


 ってか、懸命に平静を装ってはいるものの。

 ビビリの性格が助長して、予想だにしない存在の登場に、俺の腰は砕けんばかりにグラグラしていた。

 言葉を失い立ち尽くす俺の前に、ヒタヒタと足音が近づいてくる。


「……!?」


 やばい!! !!


 ……あれ? なんか、違う?


 子どもの発する気配に唯ならぬ生命力を感じて。俺は、その類のものを真っ先に脳内から排除した。


 なんだ……なーんだ!! 

 つーか、なんなんだよ!!


 相変わらず、腰はグラグラするものの。

 お化けじゃないと思うと、なんだか急に腹が立ってきた。


 不登校児童のプログラムかなんかなの? 

 つか、そんなん聞いてねぇし、親父ーッ!!


「お主、何者だ」


 心中で親父には悪態を吐いていた俺に、子どもの厭に冷たい声が響き渡る。


 やっぱり。

 外見よろしく、こいつは口調も生意気だ。

 その一言が、溜まった色んな不満と不安の。要は、トリガーだったに違いない。不安定な心身をギリギリで支えていた我慢の糸が、プツリと切れた。


「何者だって……聞いた方から名乗るのが、礼儀ってもんだろ!!」


 お化けとか、もう知らない! 俺は未だ裏返る声で怒鳴った。


「はぁ!? 他所ん家にズカズカ上がり込んできた奴が言う科白せりふか!!」

「……」


 まぁ、一理ある。しかし、ここは神社。他所ん家ではない。


 ガキに押されてどうする、俺!! ま、負けるか!!


「お、俺は壹岐美和いき よしかずだ!! ここの新しい神主なの! お前こそ誰だ!」

「え……? 新しい、神主??」

「そうだ! さぁ、名乗ったぞ!! 分かったらさっさとここから出て行け! 学校あんだろ!? サボってんじゃねぇよ!」

「ミ……ミチは?」


 ガキは顔面蒼白になりながら、言葉を絞り出した。


「ミチ? ミチって誰だよ」

「ここの神主の、壹岐美智いき よしとも……ミチだよ!」

「あぁ? それは親父だ」

「お、お前! ミチの子息しそくなのか!?」


 警戒心と最高の不満気を全身に纏い。

 ガキは、俺の頭のてっぺんからつま先まで、じっとりと睨みつける。不審、不満満載なガキの表情だ。


 お、俺からしたらだな! 

 お前の方が断然不審者だっつーの!!


「……なんだよ、その顔は?」

「ミチに全然似てない」

「悪かったな!! 似てる似てないは、俺にも親父にも、どうもできねぇんだよ!!」

「で、ミチはどうしたんだ!? 何故子息がここにくる!?」


 ガキは俺に突進してくると、あり得ないくらい強い力で俺の胸倉を掴んだ。


 小学生のガキのそれとは、全く違う! 

 身の危険、というものを。

 生まれて初めて感じた俺は、反射的に半身を引いた。


「オヤジは……事故っちまったんだよ!!」

「え?」

「ここから帰る途中、大型トラックに轢かれて!」


 ガキに胸倉を掴まれて、しかもそれを解けないことに苛立った俺は、圧強めに言い放った。

 俺の言葉に、ガキの表情が一瞬で青ざめる。


「それ……いつ? いつの話だ!!」

「三日前だよ!! 未だ意識不明で回復の兆し無しだ!!」

「三日……?」

「あぁそうだよ! 分かったらとっとと出ていけ!!」

「だから……だから、言ったのに」


 そう言い終わるか、否か。

 ガキの目から、涙がポロポロと溢れだした。

 俺の胸倉から、力無く手を離す。

 そして、手の甲で涙を払いながら、大声で泣き出してしまった。


「帰るなって! 今日は泊まっていけって! だから言ったのに!!」

「お、おい!? 泣くなって!!」

「ミチの馬鹿者〜ッ!! 神様である儂の言う事を聞かないから、そんな目に遭うんだーッ!!」

「は?」

「ミチの馬鹿ーッ!!」

「……」

「うわぁぁぁぁん!!」


 面妖なガキは、俺の事などお構いなしに泣きじゃくる。


 ってか、今このガキ。

 自分のこと、神様とか言ったか?


 な、なんなんだ? こいつ?

 なんなんだ? マジで、なんなんだよ!?




※祭神→ 神社にまつってある神。祭祀(さいし)の対象である神。

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