第14話 崩壊 ~side:柚季~

「え……」


 呉人が住まうアパートの前にたどり着いた柚季は、思わぬ光景を目の当たりにして驚くことになっていた。


「……生徒会長?」

「こんばんは。大崎さん」


 アパートの出入り口付近に佇んでいた人影が、カツカツと足音を立ててこちらに近付いてくる。その人影は何を隠そう、美人生徒会長として知られる1個上の3年生、鏡山きょうやま流歌であった。


 近場の街灯に煌々と照らし出されるその姿は、相変わらず柚季でさえ勝ち目がないと思ってしまうほどに見目麗しいものだった。

 長い黒髪のクールビューティー。

 スタイルから成績までほぼすべてが完璧な生徒会長。

 男子の憧れ、女子のお手本。

 そんな存在がこの時間、この場所に居るという事実に柚季はまず戸惑った。


(……呉人が休んだから、生徒会の仲間としてお見舞いに……?)


 にしては、部屋着のような格好をしている。学校帰りではないだろう。今日は流歌も学校を休んだという噂を耳にしている。呉人がなぜか休んだことも含めて、何か関連性があるのだろうか。

 そう考えていると、


「ねえ大崎さん、あなたは何をしに来たの?」


 目の前で足を止められ、睥睨へいげいされた。


「霧島くんは今、ゆっくり眠っているところなの。帰ってもらえるかしら? あなたはもう霧島くんの前に現れていい存在じゃないでしょう?」


 邪魔者を疎むようなニュアンスが盛大に込められている言葉だった。

 そんな攻撃的な態度を受けて、柚季は尻込みしながらも反論を行う。


「な、なんのことですか……あたしはカノジョなので、色々確認に……」

「カノジョ? へえ、まだカノジョのつもりでいられるのね」


 流歌の瞳が鋭く細められていく。その眼差しには紛うことなき敵意のみが宿っているように感じられ、柚季は怖気立った。

 流歌の責めるような言葉が続く。


「別れようと言われて連絡も無視されているのに、まだ霧島くんから嫌われていないと思っているのね、あなたは」

「……っ、な、なんで別れようって言われたことを知って……」

「だって、そのメッセージを送らせたのは私なんだもの」

「っ――」


 衝撃と共に、流歌がこの場に居る理由を柚季は察してしまう。


「く、呉人をあたしから奪ったんですか……!?」

「あなたが勝手に自滅しただけでしょう?」


 すかさずそう言い返される。

 流歌の表情は呆れ顔だった。

 それと同時に静かな怒りも多分に孕んでいそうな雰囲気を放出される。


「浮気、していたんでしょう?」

「……っ」

「隠し通せていたつもりなの? 霧島くんはあなたの浮気のせいで精神が相当おかしくなっていたわよ? 自殺を考えていたくらいにね」

「じ、自殺……」

「ええそうよ。あなたは間接的に、霧島くんを、殺すところだったの」


 罪を知れ、と言わんばかりにゆっくりと告げられた。

 糾弾するような言葉が続けられる。


「前々から素行が怪しいとは思っていたけど、まさかそこまでとは思わなかった。しかも友人からの連絡で知ったけど、あなた今日、問題を起こしたそうじゃない?」

「……っ」

「3年の友人が知っているくらいだから、相当派手にやらかしたようね? 浮気をするわ、問題を起こすわ、あなたはとてもじゃないけど霧島くんにふさわしい異性じゃない。霧島くん自身もそんなあなたの厄介さに気付いたからこそ、切り捨てる決意をしたんでしょうね。もうあなたは霧島くんの意中から消されたのよ。分かる?」

「で、でも……」

「何がでもなの?」


 忌々しそうに吐き捨てられる。


「あなたは言い訳出来る立場じゃない」

「それは……」

「今こうして霧島くんのもとを訪れたのも、どうせ自己保身的な意味があるんでしょう? おおかた、別れを切り出されたことに納得が出来なくて、霧島くんを色々追及して別れを撤回させて、カノジョの立場を守ろうとか考えているんじゃない? 別に霧島くんの心配なんかこれっぽっちもしていなくて、あなたはただ自分の価値やプライドを守るためだけにここを訪れた。そうでしょう?」


 完膚なきまでに看破されていた。

 返す言葉を失う中で、流歌の決定的なひと言が響く。


「帰って」


 柚季を憎悪する感情がこれでもかと言わんばかりに込められた、簡素かつ重いひと言だった。


「あなたには霧島くんに合わせていい顔なんてひとつもない。何より私自身が、霧島くんとあなたを会わせたくない」

「あ、謝れば呉人があたしを許す可能性だって――」

「ないわよ」


 にべもなくぶった切られる。


「霧島くんの中にあなたを許す余地があるなら、そもそも私になびくことはなかったでしょうね」


 刺さる。


「そもそも謝れば許されると思っているその思考回路がもうダメ。謝ることが禊ぎになるのは冗談で済む範囲の話よ」


 刺さる。


「それ以上のことをしでかした場合、謝ることと一緒に追加の禊ぎが必要だし、追加の禊ぎを行ったところですでに手遅れな場合も往々にしてあるわ。そして今回のケースは後者のはずなの」


 刺さる。


「だからもう、付きまとうのはやめてちょうだい。あなたに別れを切り出してけじめを付けた霧島くんの邪魔を、もうしないで」


 ガラガラと柚季の中で何かが崩壊していく感覚があった。

 

 媚びて、尽くして、自らが告白し、どんな異性よりも時間を掛けて付き合ってきた呉人から完全に捨てられた現実。

 それを思い知って、柚季は自分の価値が本格的に無くなったと思った。


   ※

 

 その後はもう、意識が曖昧だった。

 呆けた表情で流歌に背を向けて、気が付けば自分の家に帰っていた。

 そして停学処分の連絡を受けていた両親からこっぴどく叱られて、ただひたすらに泣くしかなかった。


 この日から、柚季は自分の部屋に閉じこもるのが常となった。停学処分が解除されても学校に行くこともなくなった。価値のない自分を人前に晒すのが怖いと感じるようになっていたからだ。

 

 部屋の中でただ黙って埃のように過ごす中で、気付けば脳裏をよぎり始めたのは自殺のふた文字。


 生気の無い表情でスマホを眺め、良い自殺方法がないかどうかをさがす。1人で死ぬのは怖いなと思う感情もある中で、やがて見つけたのは自殺サークルなるモノだった。


 こういうのもあるんだ、と考える一方で、その自殺サークルの概要を読んでみると、オフ会を開催してみんなで死にます、という内容だった。

 

 主催者は、ナハラという人であるらしい。

 自殺オフ会は今度の週末、6月の中旬頃に開かれるようだった。


(ここに行けば……楽になれるかな……)


 そんな風に考えながら、柚季はやがて――主催者ナハラのDMにアポを取るためのメッセージを送った。

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