第4話 オフ会 3

 引き続き、ナハラさんが運転するレンタカーの中。

 太っちょを刺激しないためにLINEでのやり取りを思い付いた僕らは、散々折られ続けてきた話の再開を目論んでいる。


『改めて聞くけど、どうして自殺オフに来たの?』


 会長が尋ねてきた。僕を見る目は心なしか心配そうだった。

 

 ふと、浮気した恋人の柚季を思い出す。別に会長に面影を重ねたわけじゃない。むしろ逆だ。あいつはこんな風に心配してくれること、そんなになかったなって思った。僕んちでの夕飯作り中に僕が包丁で指を切ったときも、鈍臭いなぁバカなん? とか言って絆創膏の用意すらしてくれないまま、自分はテレビを眺めていたっけ……。


 ……まぁ、今思い出すようなことでもない。

 僕は苦手なフリック入力を懸命にやって会長に応じ始めた。


『彼女に浮気されたんです』

『彼女居たんだ?』

『はい』

『じゃあ、その彼女の浮気にショックを受けて死のうと思ったということ?』

『ショックを受けてというより、仕返しというか』

『恨み言の遺書でも書いてきたの?』

『そうです』

『なるほどね』


 僕の事情を知った会長は、少しのあいだ考える素振りを見せたのち、再びフリック入力を開始していた。JKだけであってその指さばきは速い。


『そんなことで死ぬなんてもったいないと思う』


 直後に、そんなメッセージが届いた。


『不幸自慢じゃないけど、私の方がどうしようもない』


 そういえば会長の事情って一体……。

 

 ……会長は、完璧な生徒会長だ。

 期末テストは毎回1位。

 見た目も素晴らしくて、性格だって悪くない。

 順風満帆の擬人化に見えていたのに、何があったって言うんだ……。

 

『どうしようもないって、どういうことですか?』


 尋ねると、会長は苦々しそうな表情でうつむいたのちに、指を動かし始める。

 数秒後に届いたメッセージはこうだった。


『先月、両親が離婚したの』


 ……離婚。

 だけ?

 いや、そうじゃないな……会長は引き続き指を動かしていた。

 そして直後から会長のメッセージが連続する。


『離婚の原因は、私が父の実の子じゃないって発覚したこと』


『母が若いときに遊んだ相手の子だったの』


『それを知らなかった父が激怒して、家庭が崩壊したわ』


『離婚後、私は父に引き取られた。当然よね。若気の至りとはいえ父を裏切った母には私も嫌悪感があったし、経済面や、今ある環境を変えないためにも、父と暮らすのが最善だった。でも』


『それは最善じゃなかった。先日、父は血の繋がりがないことを理由に、手を出そうとしてきたの。私に』


 ……なんじゃそりゃ。


『気持ち悪かった。怖気立ったわ。なんとか逃げて、友達の家を転々としていたけど、それにも限界が来てしまった。友達への負担や迷惑を考えたら、1日ずつ泊まらせてもらうのが限界で、それ以降はネカフェや漫画喫茶で寝泊まりをしていたけど、お金が足りなくなった』


『だからって家には帰りたくなかった。怖いから。母さんを頼るのもイヤだった。家庭を壊した元凶だから。けど、このままじゃ満足に休めなくて勉強も出来なくて、どうしようどうしようって考えているうちに、いっそもう死ねばこういう悩みや迷い、苦しみや面倒から逃れられるんじゃないか、って思ってしまった』


 それが、会長のここまでの顛末ってことか……。


 確かに……僕の悩みなんかちっぽけに思えるくらい、会長の方が重いな。

 僕はただヤケになっているだけというか、別に生活に困ってどうこうってわけじゃない。

 でも会長は生活に実害が出るレベルで、それこそ味方のはずの親が使い物にならないというおぞましい状態だ。

 使い物どころか、それこそ敵だもんな……。


「う、ぅう……」


 気付けば、会長が小さくすすり泣き始めていた。

 僕に説明しているうちに、自分の置かれた立場を改めて認識してしまった影響……だろうか。


 ……知らなかった。

 僕は生徒会の書記としてわりかし会長とは近い間柄だったのに、こんなに苦しんでいたなんて気付けなかった……。


 いつも明るくて、親切で、可憐で、堂々としていて。

 成績優秀で、品行方正で。

 誰もが憧れる美少女生徒会長。


 そんな会長は、人知れず藻掻いていたんだ。

 表面上は華麗でも、実際は水面下で足をみっともなくバタバタさせている白鳥のように。


 泣いている会長を見て、僕はなんとかしてあげたいと思った。

 それこそ、行く宛てがないなら僕の部屋に来てもらえば……。

 

 でも……僕は死ぬために今日こうしているんだろ?

 死にに来たのに、生きたいって言うのか僕は?

 柚季への仕返しはいいのかよ?

 そもそも会長が生きたいのかどうか分からないんだから、勝手に盛り上がるなよ……。


 自分自身に言い聞かせるようにアレコレ考えて、今はまず、僕は泣いている会長の手を黙ってそっと握ってみた。

 僕だけは寄り添える味方です。

 そんな意味を込めた行動に対して、会長は僕の手を握り返すことで応じてくれた。

 それがなんだか、嬉しかった。


「今高速乗ってるんだけどさぁ」


 そんな中、ナハラさんがふとそう言った。


「サービスエリア、寄ってくよ。なんか旨そうなもん奢るから、死ぬ前にみんなで満足してこうぜ」


 ……最後の晩餐ってわけか。

 日中だから晩餐ではないけどな……。


 まぁでも、とにかく。

 練炭で死ぬまでにまだまだ考える時間はありそうだ。


 僕は……もしかしたら死にたくないかもしれない。

 会長と日常に戻れるなら……戻りたいかもしれない。


 だけど、会長が生きたいのかどうか分からない。

 だから……会長が本当に自殺したいのかどうか、サービスエリアに立ち寄ったときにでも、さぐりを入れてみようと思った。

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