夏。八月。


 海の見える街。


 その日、海鳥文が海に行ったのは親戚の子である小学五年生の女の子、白波咲子を迎えに行くためだった。

 海まで行くと、そこにはコンクリートの桟橋があって、そこに咲子は子犬のタローと一緒にいた。

 遠くの岬には、白い灯台が見える。

 青色の空には白い雲が浮かんでいて、海鳥が鳴いている。

 季節は夏で、焼けるように熱い真夏の太陽が海辺の風景を照らし出している。ゆらゆらとかげろうが見える。

 夏の間、親戚の白波家に遊びに来ていた海鳥文は、そんな物語や映像の中でしか見たことがなかった田舎の海の見える自然な風景の中を歩いて、咲子のところまで移動をした。

 蒸し暑い風が吹くたびに潮の香りがした。

 気持ちのいい、夏の匂いだ。

「おっす。文お兄ちゃん」

 にっこりと笑って水色のワンピースを着た咲子はつくしに言った。「わん」と嬉しそうな声で、子犬(柴犬)のタローが一声、吠えた。

「こんなところにいたんだ。咲子。ずっと外にいて、暑くないの?」文は言う。

 文は白いシャツに膝までまくった太めのジーパンをはいて、足元は麦のサンダルだった。

 頭には麦わら帽子をかぶり、その手と脇には白いスケッチブックとデッサン用のクレヨンを持っている。

 文は東京にある美大に通っている美大生であり、その中の絵画専攻の(不真面目な、さぼりがちの)学生だった。

「暑くないよ。こんなのいつものことだよ」にっこりと笑って咲子は言う。

「ね、タロー」

「わん!」

 咲子の言葉に嬉しそうな声で子犬(柴犬)のタローが答えた。

「そっか。咲子もタローも元気でいいね」麦わら帽子の作る影の中で、にっこりと笑って文は言った。

「文お兄ちゃんは絵、まだ描かないの?」咲子が言う。

「……うん。まだ、うまく絵が描けないんだ」青色の海を見ながら、文は言った。

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