王都ラナ

第4話 王都ラナ

 軽い下降感と共に眼下に城下街が広がって見えた。

 微かに抜ける風が心地よいが、かなり上空で停止した状態は若干落ち着かない。



―― 『ようこそ、Unmemoryアンメモリー Worldワールドへ』


   ここは『王都ラナ』多くの人が最初に立ち寄る街です。

   何も知らぬ旅人プレイヤーとして王都へと着いたところから貴方の旅路ストーリーが始まります。


   その旅路ストーリーに決められた道筋はありません。

   まだ見ぬ地を求めて旅立つのも、スローライフを求めて生活するのも自由です。


   もう一つの現実リアルUnmemoryアンメモリー Worldワールドを楽しんでください。



 オープニングともいえるアナウンスが流れ、吸い込まれるように真下へと転移した。


「――――次が来たぞ。囲め、逃がすな」「こら、初心者ルーキーが怖がるだろう、離れろ離れろ……」


 ふわっと着地した途端、喧騒に包まれた。

 降り立ったのは王都ラナの中央、広場の噴水の前だ。周囲には同時期に降り立ったと見られるいかにも初心者らしきプレイヤーと、それを取り囲むプレイヤーの群れがあった。


 そして、俺は眼の前にいるスキンヘッドの世紀末でヒャッハーしてそうなマッチョと目が合ってしまった。


「ようこそ、アンメモへ!……っち、リスポン野郎かよ」

 一瞬、にこやかな笑顔を浮かべたマッチョは俺を上から下へと眺め、舌打ちをする。


「いや、リスポン野郎ってなんだよ! それにここは剣と魔法の中世じゃなくて世紀末だったのか?」

 降り立った途端にディスられてる気がしたが、それより男の格好のほうが気になる。

 上半身はほぼ裸で革製の胸当てのみを付けている。武器はというと長い柄のついたハンマーを背中に背負っているのが見えた。

 どう見ても中世の剣と魔法な騎士とかではなく、良くて山賊な類だろう。


「そのマッチョはクラン『初心者狩り』のメンバーだよ。ちなみにリスポンはリスポーン、つまり、君が死に戻りをしてこの噴水の前に戻ってきたと判断されたわけだ」

 背後から少し高めの男の声がした。


「初心者狩りって……良いのか?」

 このゲームにPVPはまだなかったとは思うが物騒なクランもあるものだ。

 なお、PvPとはプレイヤー《Player》VSプレイヤー《Player》の対人戦闘のことでゲームによってはモンスターを狩らずにプレイヤーを襲う悪人プレイを好む者もいる。



「『初心者狩り』じゃねぇよ! 『初心者(仮)かっこかり』だ。これでも初心者救済クランとして評判いいんだぞ。てめえら風評被害をばらまくんじゃねぇ!」

 マッチョが実に嫌そうな顔で否定した。


「そうですよ兄様にいさま、この方たちは凶悪で初心者を食い物にしてそうな顔はしてますが、結構評判は良いんです」

 褒めているようでディスっている内容を口にしながら、白いゴスロリ姿の少女が現れた。

 兄様にいさまと呼ばれたのは先程背後から声を掛けてきた……


「男の娘?!」


「やっぱ、最初はそんな反応になるよなぁ。あいつらは情報クラン『ジャバウォック』の双子ことルディとイルダだ。まあ、関わるとろくなことにならない連中だがな」

 マッチョのやつはしたり顔で説明すると、そそくさと逃げるように去っていく。


 取り残された俺の前には、兄様にいさまと呼ばれた肩までの黒髪で黒ゴスロリの男の娘のルディと腰まである長い白髪をした白ゴスロリの少女がこちらを値踏みするようにじっと見つめていた。



「――さて、私達の紹介はいらなさそうですけど、貴方は何者ですか……、初心者ルーキーさん?」



 ◆ ◇ ◆



「美味っ! てか、本当に味覚があるんだな……」

 シンプルなハチミツがかかっただけのホットケーキだが、まず、味覚があることに驚いた。

 実際、アンメモの世界に降りてきて現実リアルさながらの感覚であり、ここがVR《バーチャル》な世界だということを忘れてはいたが、味覚まで再現されているとは思ってもいなかった。


「やっぱり初心者ルーキーだったみたいだね」

 俺をここまで拉致……いや、連れてきたルディさんは味覚に驚く俺を見て納得したように頷いている。


「味覚自体はベータ時代からあったから、それを知らないってことは初心者で間違いないな。もっとも、満腹度の実装は今回の正式サービス開始からなので今までは食事をしてなかったプレイヤーも多いんだ」


「ああ、少しお腹が満たった気がします」

 ステータスパネルを見ると満腹度表示が101%になっていた。


「さて、お腹も膨れたところで、私達は貴方に聞きたいことがあるのよね。まあ、奢ってあげたホットケーキ代ぐらいは情報が欲しいわけよ」

 フォークでお皿をつつくイルダさんの目が怪しく光ったような気がする。


「ホントにログインしたばかりの初心者なんで情報って言われてもわかりませんが、何を話せばいいんですか? 流石にリアルの情報は明かせませんよ」

 実際、広場に降り立った直後に絡まれたため情報なんて持っているはずがない。そもそも、彼らが何の情報を欲しがっているかも全くと言ってよいほど想像がつかない。


「名前はさっき聞いたわね。ちなみに、スキルとかのステータスは基本他人に教えては駄目よ」

「僕たちが気になっていたのは、その初期装備ではない手袋とマントだね。あのマッチョが君のことを初心者と思わなかったのもそれが原因だ」


「これですか……とは言われても何の変哲も無い皮の手袋に黒いマントだし、前から使用していた……?!」

 うん、そういえば前から使用していた装備だ。


「前から使用していた……とは?」

「君、今日初めてログインだよね?」

 双子は全く同じタイミングで揃って首をかしげた。


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