戦況の変化
グランの猛攻も、黒ずくめの人間たちの波状攻撃も続く。アムールとカルマだけでは限界がある。
ジャンは右手を握りしめた。
「僕にできる事があればいいのに……」
フロンティア家のエントランスの攻防で、ジャンは何もできずにいた。
アムールはグランの猛攻をしのいでいるし、カルマは黒ずくめの人間たちを次々と倒している。ダリアも黒ずくめの人間たちに向けて、動きを止める魔術を放ち続けている。
ジャンの胸の内が震えていた。悔しい想いをしていた。
「みんな頑張っているのに……!」
そんなジャンの想いを察したのだろう。
ダリアが微笑みかける。
「何をそんなに悔しがっていますの? あなたのおかげで私は戦えますのに」
「僕のおかげ?」
思わぬ言葉を受けて、ジャンは両目をパチクリさせた。
ダリアはクスクス笑う。
「どんなに魔力を消耗しても、戦いが終わればあなたが回復してくださるでしょう?」
「魔力の回復なんてできないよ」
ジャンはダリアから視線をそらした。
「アムールの怪我だって早く治したいけど、それもできないし」
怪我を治す聖術は、いわば高度な形成術だ。身体の組み立てを、目に見えない細やかな部分から行わないとならない。動いている相手にはうまくいかないものだ。
ダリアがジャンに話しかけてる間にも、アムールとカルマの戦いは続いている。
ジャンの瞳が揺れる。
「僕は何もできない……でも、いざという時にはダリアの盾になるよ」
ダリアは首を横に振っていた。
「その必要はありませんわ。あなたの言葉の一つ一つに、私は励まされるのです。私はあなたの心に救われてきましたの」
「僕の心……?」
ジャンは首を傾げる。
ダリアは優雅に両手を広げた。
「あなたから元気をもらいました。出会う事ができて本当に良かったのですわ。戦いが終わったら、また励ましてくださるかしら?」
「それくらいでいいのなら、いくらでもできるよ!」
ジャンの両目は輝いた。
「ダリアは綺麗で上品で強いんだ。褒める所がありすぎて言い尽くせないよ!」
「ありがとう。負ける気がしませんわ」
ダリアは魔術を放つ。
「暗き祈りよ我に力を、スピードアップ」
文字通りスピードを上げる魔術だ。アムールとカルマの腕と足が素早く動くようになる。二人は戦いやすくなったはずだ。
ダリアは優雅に笑う。
「こんな事もできますのよ。暗き祈りよ我に力を、スピードダウン」
標的は聖騎士グランではない。彼には効かないだろう。
スピードダウンをかけられたのは、黒ずくめの人間の足だ。足がつんのめり、転びかけている。
そんな黒ずくめに対して、カルマが体当たりをした。
黒ずくめはなんとかバランスを整えようと懸命に両手をばたつかせる。
その手が、グランに勢いよく命中した。
「うわっ!?」
グランが後ろに倒れそうになる。明らかに体勢を崩している。
その好機をとらえ、アムールが槍を繰り出す。
グランは自らに手をぶつけた黒ずくめを蹴り飛ばし、同時に後ろのめりになりながら片足で踏ん張る。
無茶な体勢であった。
しかし、それでもアムールとやり合うのは充分であった。
「僕は簡単に倒れないよ!」
アムールの槍と、グランの槍が交差する。先に槍が届いた方が勝者となるだろう。
普通に考えれば先に槍を突き出していたアムールの勝利だ。
しかし、グランの速さは尋常ではない。それに加えてアムールの身体は至る所で血が滲み、体力を削られている。
槍が先に相手に到達したのは、グランだった。
グランの槍がアムールの左肩を突き刺していた。アムールが自らの槍を手放す。グランは勝利を確信しても良いだろう。
しかし、グランの表情は焦りを滲ませていた。
アムールの両手が、グランの槍をがっしりと握っていたのだ。簡単に振りほどく事ができない。
グランは逡巡した。
槍を手放せば、カルマとの戦いに不利になるだろう。しかし、槍を無理やり引き抜くのが得策とは思えない。そもそもアムールの目がまだ死んでいない。戦える状態にあるのだろう。
グランは槍をいったん手放して、アムールにとどめを刺す事を考えた。武器などなくても人を殺す術は持っている。
しかし、逡巡した一瞬が命とりであった。
槍から手を離した所で、カルマの大剣の腹で盛大に殴られたのだ。黒ずくめの人間の多くが、ダリアの足止めを食らったため、カルマに余裕が生まれたのだろう。
グランは思わぬ攻撃を受けて、ふらつく。
そんなグランに、カルマが容赦する理由は無かった。
グランが床に倒れ伏す。
その様子を見て、ギュスターブが悲鳴をあげる。
「バカな、グランが倒れただと!?」
カルマは大笑いを浮かべた。
「次はあんたの番だぜ!」
黒ずくめの人間たちを倒しながら、カルマはギュスターブに接近する。
アムールも、左肩に突き刺さった槍を抜き放ちながら、走っていた。
「ギュスターブ公爵、こちらに向かって走ってください!」
「ふざけた事を! ロベール、儂が逃げる時間を稼げ!」
ギュスターブはアムールの言葉を理解できなかった。
アムールは額に汗を滲ませながら、走りこむ。
ロベールの様子がおかしかった。短剣を構えて、振ろうとしている。
その相手は、ギュスターブだったのだ。
間一髪、アムールが握っていた槍がロベールの短剣の軌道を止める。
ギュスターブは呆然としていた。
「ロベール、何を……?」
「お気になさらず。あなたはただの犠牲者なっていただくつもりです」
ロベールが淡々と告げた。
カルマは事情を察した。
「ギュスターブ公爵、こっちへ来い!」
「ひ、ひぃいいいい!」
ギュスターブは悲鳴をあげながら走ってきた。
カルマが舌打ちをする。
「いちおう聞くが、グレイはロベールに禁忌の魔術を掛けたのか?」
「か、掛けた。しかし何も起こらなかったぞ」
カルマは首を横に振りながら大剣を構えた。
「あんたに分からなかっただけで、ロベールは変化していたんだろ。禁忌の魔術のせいで」
カルマがギュスターブを睨む。
ロベールは微笑を浮かべていた。
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