隣の席の美少女は、メンヘラ病みかわ配信者な俺のファンで、ついでにベタ惚れのようです。

棗ナツ(なつめなつ)

第1話 隣の席のギャルに正体バレた

「インターネットエンジェルしおりん、ただいま降臨!!」



深夜0時、よい子は寝静まった大人の時間。

外は真っ暗、イ〇ンもマ〇ドナルドも閉まって人々は部屋の中。

つまり、人々がインターネットに吸い込まれる魔法の時間。


そんな電子の海に、今日もハスキーな声が響き渡る。



「昨日の夜にアップロードした動画、みんな見てくれたかな??」



『見ました~』

『まさか利きエナドリを宣言通りやるとは』

『なんで全部当たるんだよ』

『JKが中指立てながら『ピンクモ〇エナじゃなかったらリスカする!!』って言う姿、正直頭おかしい』

『モン〇ナによる健康被害の権化』

『お兄ちゃんはあなたが心配だよ……』

『将来ス〇ゼロで破滅する未来が見える』



「私も今回の動画は自信があるんだよね~。まだ見てない奴がいたら実家特定するから覚えときなさい」



『ヒエッ……』

『興奮しました ¥3150』

『まるで経験者のような口振り』

『しおりん貴女やったことあるでしょ。先生怒らないから正直に手を挙げなさい』

『挙げた手がリスカ痕でとんでもないことになってそう』

『挙げた手に包丁が握られてそう』

『挙げた手を縄で縛られて喜んでそう』

『メンヘラの三段活用で草』



「流石の私も実家の特定まではしないよ。アンチのネトストくらいは……ね?」



『怒らせると怖い典型例』

『ぼく、アンチなのでしおりんに粘着してほしいです ¥10000』

『赤スパ投げる奴がアンチなわけなくて草』

『てか今日のしおりん、いつにも増してビジュが良い』



「そう? 学校のテストが終わってストレスなくなったからかな~。みんなに喜んでもらえて嬉しいよ、えへへ」



『天使』

『インターネットエンジェル』

『時折めちゃくちゃデレてくる系のツンデレ』

『むしろしおりんはヤンデレだと思うんですが』

『浮気してた彼氏に『さよなら』ってメール送ってそう』

『Nice boat.』

『そもそもしおりん彼氏いるのか?』

『生まれながらのホス狂にまともな彼氏ができるとお思いで?』

『むしろダメ男に引っかかってそう』

『彼氏いた方がキャラに合ってる』




画面に映るのは、長い黒髪をハーフツインにまとめた配信者。

輪郭をなぞる垂らした触角の奥には、両耳合わせて10個近く開けられたピアスたち。

ぱっちりした二重の奥には、ピンクで彩られたカラコン。

ハイライトとノーズシャドウで強調された、すらりとした鼻筋。

顔全体に広がるは、アイシャドウやチークで構成された地雷メイク。

強めに引かれたアイラインからは、闇と病みが感じられる。

そしてその印象を強める、黒を基調としたフリルたっぷりのワンピース。

両手にはめたレースの手袋まで含めて、ビジュアルは統一感に満ちていた。



―――この人間こそ、界隈で人気急上昇中の病みかわ系ストリーマー《しおりん》である。



初投稿にして「地雷系JKが1時間耐久でソーラン節を踊る」という謎しかない動画を投稿し、注目を集め。

その流れでインプレッションが多いなか、「国語の教科書に蔓延るクズ男を論破する」「文化祭とかいうメンヘラ殺しイベントを語る【NTRの悲しみをモ〇エナで洗い流した後夜祭】」「ク〇ミちゃんを祀る祭壇を今日飲んだエナドリの空き缶だけで建設します」といった動画を世に出し、人気が爆発。

同時期に始めた生放送でも、「ピアスを3個開けるRTAを行う」「恋愛シミュレーションゲームの実況をしていたら、キャラに感情移入しすぎて暴言とヤンデレが止まらなくなり号泣した」といった伝説を残す。


結果、今では深夜の生配信に多くの視聴者が詰めかけるほどの人気者となった。

なお、ついた渾名は「おもしれー女」「友達にはいいけど、彼女には死んでもしたくない」「可愛いけどそれ以外が危険すぎる女」「エナドリに脳を破壊されたJK」などなど。



「残念ながら私に彼氏などいません!」



『しおりんは高校で気になる人はいるの?』



「いないけど……。強いて言えばそうだな、今日隣の席の女の子が髪型変えてて可愛かったこと? 普段巻き髪の子がストレートにしててキュンと来た!」



『このメンヘラにも他の女の子を可愛いと思う感情があったとは……』

『しおりんが高校でも取扱注意な扱いだったら笑う』

『普段はどんな感じなんだろ?』

『友達は少なそう』

『むしろメンヘラ隠してたら人気出るタイプ』

『よく知らない人からはモテるけど……的な』

『そもそもクラスで自分が一番可愛いって思ってるよこの子』



「そうだね! その子も可愛いけど、今日は私が一番可愛い。

 そう思わない視聴者諸君は……分かってるよな? あぁん!?」



『急にキレ出して笑う』

『はい。すみません…… ¥200』

『シオリンガイチバンカワイイデス ¥200』

『今日もメンヘラ絶好調で草』



そんなやりとりを繰り返しながら、今日も電子の海で、一度きりの夜が更けていく。


 ・

 ・

 ・



「今日も配信見てくれてありがとね~!!

 次会う時までに、私のことを好きじゃなくなったら……処すよ?」


『処されましたー!』

『今日もおつかれさん』

『もう2時やんけ、明日遅刻すんなよ?』

『888888888』



お決まりの挨拶を言って、配信終了のボタンを押す。

労い一色に染まるコメント欄を眺めながら、ふと呟く。



「今日もお疲れさまだなぁ……」



一つ嘆息して―――俺は、「しおりん」のスイッチを切った。

デスクの下に置いておいた水筒を拾い、ハーブティーを口にする。

芳醇でやさしい香りが、俺の疲れを癒してくれる。



「ここまで人気になるとは……」



画面に映るメンヘラ少女は、変わらずに可愛いまま。

メイクやプロデュースにより整えられた、ヘンテコアイドルしおりんがそこにいる。


けれど、その正体は誰も知らない。

「しおりんの正体は?調べてみました!」という乱立したネット記事も、すべてが「わかりませんでした。いかがでしたか!」で締められる。

SNSでは「#しおりん目撃情報」なんてタグが作られるも、「似たような女の子はいるけどしおりんは見つかりません」という投稿ばかり。

そんなこんなで、しおりんは謎に包まれた存在だと思われている。



だが、それは当然のこと。何故なら。




―――その大人気地雷系ネットアイドルの中身は、いっぱしの男子高校生なのだから。








俺―――本名は志津川伊織(しづがわいおり)―――は、公立の高校に通う2年生男子。

クラスでは、真面目ぶって特段目立たず、かと言ってぼっちにもならない微妙な位置。

部活にも入らず、かと言ってイケメンでモテる訳でもなく、ザ・普通な男子である。



そんな俺だが、元々メイクに興味があり、高校で一人暮らしを開始したのをきっかけにメイクの勉強をスタート。

1年くらい練習して誰がどう見ても可愛い女の子に仕上がったころ、勉強のストレスが重なり、どうにでもなれ精神で女装しての配信活動を開始。

この時バズった動画や配信者を参考にセルフプロデュースを行ったためか、それが見事にハマり人気爆発。

結果今では、もう後に引けないくらいの存在となってしまった。



まあ確かに、身バレの心配はある。

ましてや男であることを隠し「病みかわ系女子」で売り出しているのだから、露呈した時のリスクは計り知れないだろう。


しかし、俺は基本的にこの部屋以外では配信どころか女装すらしないことにしており、外で見つかる心配はない。

また、声は元々ハスキーで女性に間違えられることもある上、女性らしい仕草もちゃんと研究してきたから、動画や配信内でバレることもないはず。

自分の体験談を話すことがあっても、うまく虚実織り交ぜているので大丈夫。

……つまり、ほぼ100%、俺の配信活動が外部に漏れることはないと思っている。



そもそも、俺は内申点を稼いで良い大学に進む目標があるのだ。

そのために派手に目立とうとせず、「ごく普通の優等生」をクラスで演じるくらいには本気。

配信活動がバレたら、正直面倒なことこの上ない。



この配信活動は大好きだし、辞めることは全く考えていないが。

うまく高校生活と両立して、「インターネットでのさらなる人気」と「現実の名門大学進学」を両取りしてやるのだ!




「がーっはっはっは!!!!」




草木も眠る闇夜の街に、黒髪地雷系女子(♂)の高笑いが消えていった―――




 ◇




翌朝、だんだん人が集まってきた教室。

いつものように始業5分前に教室に着いたら、俺の席に先客がいた。



「どうしたの、亘理さん」



いつも通りの真面目優等生スマイルで話す俺。

それに対し、隣の席にいるべき女こと亘理瑛梨香(わたりえりか)は。

無防備な首元をやたらと強調し。

結構大きめな二つのおっぱいを俺の腕に押し付け。

艶やかな声で耳打ちする。



「ねぇ、伊織。あたし、いいこと知っちゃったんだ……」



そう言って、やたらと色っぽいため息を漏らす。

朝の教室には似合わない、甘美な雰囲気が二人を包み込む。



「亘理さん、その、ここでやることでは無いといいますか……」



流石の俺も動揺しつつ、彼女を見つめ返す。

彼女はすべてを理解したように俺に笑い返すと。



—――黒髪ツインテ配信者を映し出したスマホを、俺に突き出した。




「ねぇ伊織。アンタがしおりんの正体なんでしょ?」




まさかの言葉に固まる俺。

そして、不敵な笑みを浮かべる金髪ギャル。




―――さよなら、俺の真っ当な高校生活。

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