第2話:夜を映す瞳

 それは月も寝静まった時だった。私は地の揺れと寝ている鳥の叫びで飛び起きた。急いでガウンを羽織り、廊下に出る。異変に動揺するメイド達は、私に気付くと部屋に押し込んだ。

「レイナ様! お部屋から出てはいけません!!」

「何があったの!?」

「隣国の王が軍を引き連れてやっていたのです!」

「隣国……ヴァシア国がどうして?」

「危険ですから、姫様は絶対に出てはいけません。私たちがお守りいたしますから」

 メイド達は必死に私を宥めた。私はその晩、外から鍵を閉められ部屋から一歩も出してもらえなかった。

 日が昇り、窓から朝日が差し込む。外からは小鳥の囀りではなく、国民のすすり泣く声が木霊する。

 メイド達に父の腹心を連れてくるように命じ、事情を聞き出せば返ってきたのは平和とはかけ離れた単語ばかりだった。隣国であるヴァシアは決して資源の多い国ではないため、軍事力を他国に提供することで国を建てていた。彼らは軍備のためにベルドールの資源をずっと狙っていたのだ。しかし、ベルドールは平和主義のもと一切の武力を排し、自国防衛だけに努めてきた。そこでヴァシアは武力で資源提供をさせようとしているらしい。表向きは『ベルドールを他国から守る代わりに資源提供を』というふざけた内容の条約だった。

「そんな馬鹿げた条約にお父様が屈するわけないでしょう?」

「ええ。王は平和主義の名の元、絶対に屈しないお心です」

 戦争への加担をする気は我が国にはない。中立を図り、自国を守ってきた歴史がある。不可侵とも思われてきた我が国に攻め入るなんてヴェシアの王は馬鹿なのか。父の明断に私は安堵した。


 ✲


 悪魔が訪れてから二度目の新月の夜。レイは私の部屋のソファーに深く腰掛け、星色の瞳は窓越しの夜空を写していた。

「体調は平気?さっきメイドが紅茶をくれたの。一緒に飲みましょう?」

 ミルクをたっぷりと垂らしたそれを渡すと彼は私を夜空に映さず微笑んだ。

「ねえ。この国はどうなるの?」

「大丈夫よ。お父様が守ってくださるわ」

「それが間違っているとは思わない? 僕はお父様のやり方に賛同出来ない」

 レイが眺めているのは夜空ではなく、外から訴えかけられる国民の嘆きなのだろうか。

 夜を追うごとに国民の国家への不満は大きくなっていった。防衛の網の目を潜り抜けたヴェシアの兵はあの日から時折、我が国の資源を強奪していた。それに抵抗して殺された国民もいる。家族を捕虜として連れていかれた者たちはいつしか武力行使による復讐を訴えるようになった。

「レイ……。大丈夫よ」

 平和主義を掲げてきた我が国には戦争の知識は少ない。戦禍となれば国民の負担は増え、ベルドールは国として存続は出来なくなるだろう。八方塞がりなのは、私達の目から見ても分かっていた。

「民の不満は、王の交代の声も含まれている。……姉様、僕たちはどうなるの?」

「そうね。でも大丈夫よ」

「レイナ様、お話し中失礼いたします。王様がお呼びです」

 ノックと共にメイドは私の名を呼んだ。レイの髪をそっと撫で、私は部屋を後にした。

「……弱いものは負けるんだよ、姉様」

 ぼそりと唇からこぼれた言葉は誰にも届かず、紅茶に溶けた。不信感に揺れる瞳が凪ぐことは無かった。

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