エッセンシャルメロディ〜音痴の僕に異世界無双は無理なようです〜
らんかすた
第1章 出会い
プロローグ
「このなりそこないが!」
いつもの罵声とともに、何冊かの本を投げつけられ、クレアールは、思わず細い身体を震わせた。
慣れきった暴言に、もう心を動かされることはないけれど、それでも、ただ耐えねばならぬこの時間は苦痛だ。
クレアールは、現実逃避のために、いつもの如くこの国の創世神話を頭の中で諳んじることにした。おそらく、クレアールが一番最初に読み解いた絵本で、一言一句違わず再生できるほど読み返した物語。
クレアールの存在価値を薄めるかのような物語でもあるのだが、不思議と、この物語そのものによって自虐的な気分になることはなかった。
−–この世界の神は、最初に、大いなる大地をお創りになりました。
神は、御自ら創り上げた大地の出来映えに大層お喜びになり、肥沃な大地を何よりも慈しまれました。
−–次に、神は、大地を潤す豊かな水をお創りになりました。
また、大地を美しく彩る植物もお創りになりました。
その次は植物を食んで大地に還す草食動物を、そしてその次は、草食動物らを食んで大地に還す肉食動物をお創りになりました。
−–神は、美しい大地が様々に変化し、あらゆる生命を育んでいく様を見て、大層お喜びになりました。
そして、もっと大きな変化を期待して、力の強い動物たちに魔力を授けました。
−–しかし、神は、大地をさらに変化させたいとお思いになりました。
そこで、神は、御自身によく似た姿の人間をお創りになり、知性と魔力を授けました。その際、御自身の御姿と差をつけるため、必ず、身体の一部に獣の要素を持たせることとしました。
−–ところが人間たちは–−–−
「…いいか!?
来週までにそれを全部読んでおけよ!
このなりそこないめ!」
クレアールが目の前の男に意識を戻すと、どうやら捨て台詞を吐いて踵を返そうとしているところだったようだ。
この男は、今日も、クレアールが創世神話に意識を飛ばしている間に、「こんななりそこないに学をつけようだなんて旦那様は優しすぎる」とか、「不浄の分際で忌々しい」だとか、一頻りの罵詈雑言を吐いていたのだろう。男が出て行き、ようやく離れに静寂が戻った。
いつものことだ。
物心ついて以来、定期的に繰り返される罵倒の時間。
男は"クレアールの家庭教師"としてクレアールの父に雇われているが、週に一度、15分程クレアールを罵り、教科書となる書物を投げつけていく。
これが日常であるから、もう大して思うことはないが、やはり大きな音や暴力への恐怖には未だ身体が反応してしまう。
クレアールは淡々と本を拾い集め、簡単に中身を確認する。一冊を除き、どれも習得済みの内容だった。
一息ついて、部屋の隅に置いてあるフード付きマントを着こむ。
薄汚れひび割れた鏡の前で自分の姿を入念に確認した後、クレアールはこっそりと屋敷の離れを抜け出した。
クレアールがやって来たのはこの街の平民街。
昼時を少し過ぎたくらいだから、人通りも多い。雑多に人々が行き交う中、フードを深く被ったクレアールの姿も埋没している。
貴族街では、こうは行かないだろう。
特に目的があるわけでもなく、ただぶらぶらと街を
ふと、クレアールの足が止まる。
後ろを歩いていた通行人に舌打ちされるも、クレアールは気づかない。いつもなら目立たないように気を張っているというのに。
強烈な違和感を感じて、少し先の路地から目を離せない。
警戒心が必死でその動きを止めようとするのに、いつの間にか、クレアールの足は、まるで何かに招ばれるようにのろのろとその路地へと向かった。
薄暗く狭い路地に入りこみ、クレアールは、ようやく覚悟を決めてゴミが散在する路面をしっかりと踏みしめていく。
数回目の曲がり角を右折すると、突き当たりが眩しく光り輝いていた。
痛いくらいの光だが、もう足は止まらない。
何度も目を瞬かせ、射るような光に目を凝らす。
その光の中にこそ、クレアールの人生を大きく変える出会いがあった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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