第28話 実験開始


 冒険者組合まで案内し、意気揚々と依頼を受けたサティスを見送ったあと、ロルカは再び店へと戻り根と対峙していた。


「とりあえず洗い流してきれいにしないと」


 見た目はそこら辺の植物と同じような感じで太い根である主根と細い根である側根からなっている。土がまだついている状態で水で洗い流すとどうなるか恐々としていたが水と触れても動き出すことはなく杞憂であり、何事もなく水で洗い流すことができた。


「色は白に近いかな、硬いは硬いけど枝と違って弾力もある。匂いは……土の匂いかな」


 驚異的な硬さを誇る枝部分とは異なり、何の変哲のない植物の根といったところ。ただ植物は種類によって全く異なる性質をもつものがある。全体に同じ性質を持つものや、根・茎・葉それぞれに異なる性質を持つものがある。根だけに魔力を溜める物、葉だけ属性値が高い物など植物の種類によってその特性が変わる。


 すりつぶしやすいように小さめに切っていきすり鉢へと入れる。次にすりこぎで潰し純真なる水を投入していく。完全んに混ぜ合わされば濾してしまい完了となる。



「乳白色のインク」


 作業台の引き出しから検分検知のスクロールを取り出す。これは人に有害な毒の有無を調べる物で発光の図と組み合わせており、調べたい物体を陣の上乗せると毒があれば陣が光り、毒がなければ陣が光らないというもの。固形のままだと表面の毒の有無しかわからない為、すりつぶさないと成分に毒を有するかわからない。


「光らない。毒ではなさそう」


 ついでに朝方採取した葉の方も試すも同じように光らなかった。

 続いて葉でも試したように調べていくも葉と同じような結果しか得られなかった。魔力を有し、属性もあるはずだけど火・水・風・土属性ではなさそう。


「魔力はある。属性も何かしらあるはず。なのに現存の属性とは異なるもの? まさか新しい属性?」


 手詰まり感を覚えたロルカは師の残した本を漁る。属性関係の事が書かれたものがあったはずで、何かしらの手掛かりがあるかもしれない。

 印刷本の方ではそれらしいものは書いておらず、師の手書きの本に少しだけ記述を見つけることができた。


『四属性とは異なる属性を持つものを発見する。浄化の作用を持つため聖属性と名付ける。魔法の属性としては認知されていたものではあるが、魔法の属性と同様に癒しや浄化の作用があり魔を遠ざける効果を持つ。非常に稀有な存在であり、聖属性を宿した素材は滅多に見ることはない』


「聖属性……」


 なるほど、師は四属性に与さない属性の存在を知っていたのだ。ロルカの頭にそれが残っていなかったのは素材として存在が珍しいからであり、重要性としては低かったからだろう。


「一度読んでいるはずなのに見落としていたのは恥ずかしい事」


 聖属性かもと仮説を立てるとサティスの”聖なる気配”とやらも信ぴょう性が高まってくる。呪いの物ではない事だけわかれば植えたほうが色々な実験に使える。師の言うには非常に稀有な存在であることから滅多に入手できるものではない。


 魔を遠ざける性質を持つことから悪いものではなさそう。庭に植えたら珍しい素材がとり放題なのは非常に魅力的だ。ましてや魔法属性と同じ聖属性であれば回復といったスクロールも作製できるかもしれない。


「くふふっ、権力者とかかわりを持たないほうがいいと思ったけど、城からの連絡が待ち遠しくなるとは思わなかった」


 出来たら来ないでほしいと思ったほどの城からの連絡が来ることを楽しみに思う日が来るとは考えもしなかった。


「さて、残りの物で何か作ってみるかー」


 聖属性の記載がある本を探す。だが、あいにくとスクロール作製関係には記載すらされていなかった。なので今度は魔法の聖属性について調べる。



「えーっと、治療・解毒・結界などを扱うことができる属性。少ないが攻撃系の魔法もある、と」


 師が回復系のスクロールを作製したところは一度として見たことがない。


「師を超えるのも弟子の役目、ふっふっふっふ」


 素材さえあれば師なら簡単に作ってしまうであろう聖属性スクロールを想い、師が作ったことのないスクロールを作製することができるかもしれないと考えると胸躍るというもの。

 ただ、前年ながら聖属性の魔法使いも珍しく、複属性より存在が少ないとされているそうだ。なので詳しくは書かれていなかった。


「この根の属性値が高いのか低いのかわからないけど、とりあえず図を創らないと始まらない」


 人の怪我を治すのはどういった図がいいのか。聖属性魔法による治療とはどういった原理なのかをまずは考えないといけない。聖属性魔力で肉体を復元するのか、それとも自然治癒力を促進して傷を治すのか。現存する回復薬は魔力を有しておらず、後者の効能がある。そのため治癒力の高いものほど高価となるし、身体の内部の能力を上げる為体力を消費してしまう。


「人と傷、もしくは怪我をどうやって簡略化して描くかが大事」


 ロルカは小さなナイフを取り出し、台所へ向かう。ナイフを火にかざし、熱で消毒をする。作業机へ戻り指先をナイフで少し傷つける。


「っつ、これで何か変化が見られればいいけど」



 指先から少し血が出たところに先ほどの根から抽出したインクをつける。するとみるみるうちに傷が塞がっていった。


「少し光って見えたから魔力……聖属性の魔力によって傷が治った感じかな?」



 本当に世界樹の枝なのかどうかはわからないが、とんでもないものかもしれないということは分かる。

 どの程度の回復性能を有するかは要検証ではあるが、本物だとしたら薬草と同程度ということはないだろう。


「うーん、図書館に行って世界樹の記述がある本を借りてこようかな」


 気付けば陽が傾きかけており、図書館の閉館時間までそこまで時間がなさそうである。ロルカは急いで支度をすると慌てて出ていった。

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