でっかい犬と異世界さんぽ

しっぽタヌキ

第1話 人生がくそ

 人生に疲れた。

 まじでいいことがない。いや、あるのかもしれないが結局、最終的には酷いことになる。なんでなん?

 まず仕事。よくわからん希望してない部署に配属されて4年目。仕事も覚えて、案件によってはリーダーも任されるようになり、先輩に聞きながら、後輩のフォローもしつつがんばってきたと思う。ちょっとやりがいみたいなものも感じてる自分もいた。が。


「きっと、それがよくなかったんだよなぁ……」


 コンビニで買ったおにぎりとサラダ。一応、夜ごはんのつもりだけど、午後23時の今、正直食欲はなくなっている。こうやってちょうどいい時間に夕食を摂れなかった日は疲れた体が食欲よりも睡眠を選ぶため、だいたいこのまま部屋に放置されて朝になるのが常だ。

 でも、もしかしたら食べて寝るという基本的人権を確保する余力があるかもしれないから、こうやって仕事帰りに買って帰るんだよね。でも、食欲ない中選んだものが食欲を刺激することなどない。

 すでにエネルギーは枯渇しているため、足を出せば勝手に足がついてくるという人間のありがたい機能に頼った状態で家を目指す。省エネモードで目は死んでいるはず。


「やりがいとか、ただの自惚れか」


 出るのは愚痴とため息だけ。

 一週間前の仕事場でのことを永遠に引き摺ってはただただ精神がそがれる。

 仕事をがんばろうと思った。がんばっていると思った。その自信みたいなものが私の気を大きくしていたんだと思う。

 別の部署の人がこちらに無茶な注文をしてきて、それは部署内のルールでできないと伝えた。その部署の人は割と無茶なことを言う人だから、すでに何度か揉め、部署同士での話をし、向こうの部署の上司を介して、無茶な注文は受け付けられないということが話してあるはずだった。だから、私は「できない」と言ったのだ。

 自分がここでその注文を受けてしまえば、同じ部署の人に迷惑がかかるだろうという責任感みたいなものもあったしね。

 が、結局、私なんてただの4年目のぺーぺーの社員である。

 あっちから見たら取るに足らない人間で、断るなんていう選択肢はなかったのだ。

 「ルールなんて知らない」、「仕事に責任感がない」、「お客様のことを思えばできるだろ」とあちらの部署の二人がかりで責められ、それでも間違ったことをしたと思えない私は自分の上司を呼んだ。すると――


「『注文を受けなさい』、かぁ……。結局怒鳴ればいいんかい」


 ――上司はあっさりと向こうの意を汲んで、折れた。


 なんやねんルールって。結局、強い口調で怒鳴れば通るんかい。だったらそんなルール作るなよ。ってか、私ってまじただの文句言って、仕事しないだけのクソってことか。

 自尊心~~私の自尊心~~。

 仕事にやりがいとか感じた私がバカだった。とりあえずなにも起きないように、その場限りで適当に注文受けて、裏で愚痴って、ほかの人がまた同じ目に合っても無視しとけばよかった。

 で、そのしんどい気持ちとか、うまくいかない気持ちを持ったまま暮らしてたら、さっき彼氏に振られた。

 「俺といてもしんどいんでしょ。別れよう」

 ん-んーん、ですよねぇ。こんな目が死んで仕事に疲れてる女いやよなーわかるーわかるけどー、今ですか? そうか。


「まじ、恋愛死ね」


 苦しいときにより苦しみを味あわせてくるやん。だいたいそうやん。楽しいときはちょっと楽しいけど、しんどいときによりしんどいってなんやねん。私はなにに時間使ってるんだ。


「かなえ丸……」


 こんな時に思い出すのは、いつも家で待っていてくれた最高にハッピーなアイツ。銀色と白の毛皮がモフモフのシベリアンハスキー。

 私が実家から連れてきた、愛犬だ。でも……。


「もう、いないんだよね……」


 心がぎゅうと痛み、手に持っているコンビニの袋が重くなる。おにぎりとサラダしか入っていないからそんなわけはないのに。

 気づけば、省エネだった足取りはもはやカタツムリかってぐらい遅くなり、ただただ家までが遠い。

 帰りたいけど、帰りたくない。

 このまま家に帰っても、お風呂に入って眠るだけ。そして、眠れば朝が来て、どうしようもないまま仕事へ行き、また今と同じ時間を過ごすのだ。


「遠くにいきてぇ……」


 夜空を見上げる。

 こんなときせめて月や星がきれいならいいのに、雲がかかった空はただの黒と灰色。なんなん、神様、酷すぎじゃん。


『疲れてるなら、異世界行ってみない?』


 人の声ともただの音とも違う、不思議な音色。

 どこから響いてきたのかもわからない。

 ただ、疲れ切っていた私はこう答えたのだ。


「異世界、いいね」

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