第3話

 それから僕は柚香と定期的に会うようになった。ライブにも行った。ライブの柚香も持ち前の笑顔を振りまいて、キラキラ輝いているように僕の目に映った。今度、撮影会をするらしい。僕はそのためにちゃっかり一眼レフカメラを買っていた。カメラなんて買うのは初めてだ。うまく撮れるかもわからない。でもいいのだ。その撮影会は個撮と言って一対一で撮影できる。時間は1時間だ。つまりその間、独り占めにできるし、話していられる。むしろ撮るより、話すことが本当の目的と言ってもいい。普段は数分しか話せる時間はない。そう考えると1時間話せるこの撮影会は貴重だ。


 撮影会に向けて僕はまたドキドキしていた。撮影会なんて初めてだ。柚香を推すようになって、初めてなことばかり。貴重な体験をさせていただいていると、置き換えてもいい。僕は、柚香につられて前より良く笑うようになったし、前より元気になったと思う。そしてちょっとだけポジティブにもなった。仕事も次に柚香に会えるまで頑張ろうと思えるようになっている。何もかもいい方向に向かっている気がする。全部、柚香のおかげだ。僕は、柚香に 感謝するようになっていた。「よーし! 今日も頑張るぞー」そんな気合を入れて仕事に向かった。


 撮影会の当日、僕はいつも通り早めに出かけた。電車に揺られ気を紛らわすために音楽を聴く。話すことは事前に考えてある。柚香に頻繁に会うようになって、会う前に話したいことを箇条書きしてメモするのは習慣になっていた。それでもドキドキするものはドキドキする。もう何回も会ってるはずなのに、一向になれない。直前には緊張しすぎて気持ち悪くなるくらいだ。それでも会いたい。元気をもらいたい。その思いは風船のように膨らみ大きくなる。丁度、桜の季節だった。桜は満開とまではいかないが、なかなか綺麗に咲いている。桜と一緒に写るいい写真が撮れたらなと思う。一通り撮影場所に指定された公園をぶらぶらと散策する。事前に良さそうな場所を見つけておくのもいいだろう。


 撮影会は結論を先に言うと幸せだった。いつも以上に話せるので、柚香の色々なことを知れた。そして、柚香と交わす一つ一つのやり取り全てが嬉しかった。写真も初心者にしては、ましなものが撮れた気がする。満面の笑みの柚香が、照りつける太陽よりも眩しかった。ハラハラと舞う桜吹雪の中、なんて桜が似合う子なのだろうと胸がキュッと締め付けられた。僕は完全に柚香の虜になっていた。

「春人くん、今日はありがとうね。本当にあっという間だったね。すごく楽しかったよ。また撮りに来てね」柚香は僕のことを春人くんと呼ぶようになっていた。

「うん、こちらこそありがとう。あっという間すぎて、バイバイしたくないよ。また絶対撮りに来るからね」この頃の僕は柚香につられてもう敬語は出なくなっている。

「わーい! 約束ね!」と小指を立てて指切りげんまんを催促してくる。

「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます!」――ふふふっと柚香が笑うので僕もつられて笑った。こうしてあっという間に撮影会は過ぎていった。


 家に帰っても、柚香のことが頭から離れない。ぐるぐる今日の出来事が頭の中を巡る。改めて幸せな1日だったと思う。そして元気にはしゃぐ柚香を思い出しながら、大人でも思いっきりはしゃぐときも必要だということを教えてもらった気がした。柚香から学ぶことは多い。僕はただの推しではなく、柚香を尊敬し始めていた。SNSを開きお礼のリプを送り眠りについた。今日はよく寝られそうだ。

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