グループラインに投げてみた

 手始めに課題メンバー用グループラインを開いてメッセージを打ち込む。


「えーと、[課題ムリでした。ごめんなさい]と」

「おい」

「送信」


 さあ来い返信! ぐっと身構えたけれど、スマホはまったく反応しない。


「あれ? どうなってんの?」

「たぶん戸惑ってんだよ。こんな直球でサボる奴が出てきて」

「まあ、そうだよね。既読は付いてるもんね……。あ!」


 ポヨン。


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こゆみ:🐘💢💢おこったぞう

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はらさんが切り込んできたかー」

「コユミ……、秘蔵のおこったぞうスタンプを……」


 きっとコユミはそこそこキレてる。しかしハラ小弓コユミという女はそれ以上に気配りの女。突然まったく悪びれずに目の前に現れたクズに対して、糾弾しながらもマイルドに場を収めようと文字よりもスタンプを選んでくれたのだ。ギリギリの選択をしてくれたのだ。事が荒立つ前に。


 スピード。そう、スピードなのだ。トラブルを平らかに収めるのに大事なのは瞬発力。そしてけがれははらうのではなくしずめる。そんな鎮撫の権化の名はコユミ。この気苦労さんめ! いつだっていい奴オブザイヤー。付いて行くよ。私は! って思っていたらポヨンポヨンとメッセが入る。


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ゆーか:どしたのー? 調子悪い?

ままま:出水いずみくんはいなかったのかな

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「コユミの作った道をユウカとまーちゃんが進んできた」

「うん、でもこれ志田しださんも上杉うえすぎさんも2人とも手探りじゃん。胃が痛くなってきた」

「つかハルト、これまーちゃんに詰められてない? あ、も来た」


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ハルト:は?

ハルト:今のはアオイにです。アオイどういうこと?

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「ハルトがキレてる!! そしてまーちゃんに[は?]ってキレたみたいになったのに気づいて慌てて訂正してる! これ恥ずかしくてさらにキレる奴じゃん!」

「そりゃキレるっての」

「濡れ衣じゃん! 自分がタイミング間違えたくせに」

「いやいや、、そもそも呼び出されて手伝わされてんのに[ムリ]って言われてるからね?」

「まあ、ハルトにしたらそうなるか……って何々!」


 覗き込んでいたスマホが突然ブブブと震えだす。


「あ! ハルトがグループ通話リクエストしてる! やめて!」


---

ハルト:[通話リクエスト]

こゆみ:わー、待って待って。わたし今通話むりだから。ナシで

--- 


「うわ、僕、超キレてんじゃん。引くわー。でも、その場になったらやるかもなー。よくできてるなあ、このアプリ」

「何感心してんの! つかこれ、通話できるの?」

「できないできない。できるのメッセージ表示するだけだから。あくまで画面上のことだけ。今のところね」

「良かったー。ハルト超怒ってんだもん」

「そらそうだっての」

「それに比べてコユミ。たぶん、私を庇って……。あ、個人の方でコユミからメッセ来た」


---

こゆみ:どしたの? なんか言った方がいいよ。てか大丈夫? 家行く?

--- 


「コユミ! 結婚しよう!」


 ぎゅっとスマホを抱きしめる私をハルトが冷ややかな目で見ている。


「割と余裕あるなアオイ。つか、わかったでしょ。課題やらないとこうなるぞ」

「はい。やります」


 私は再びぺこりと頭を下げる。ワンチャン課題やらなくてもなんとかなるかと思ったけどこれは無理だ。それにしても、このアプリ。私はしげしげとスマホを眺める。


「凄いねこれ。本当にありえそうな流れだった」

「でしょ? AI凄い進んでんだよ。僕も仕組みよくわかってないもん」

「わかってないんだ!」

「うん。こういうメッセージ来たら、こう答える、みたいなのを決めてるわけじゃないんだよ。今までのやりとりのデータ中心に学習して、たぶんこう答えるだろうなあ、ってのをAIが自動的に出してるだけだから」

「へー」


 単純に返信するパターンを決めてるわけじゃないんだ。そしてもちろん、裏でコッソリとハルトが操作してるわけでもない。AIおそるべし。


「コユミのコユミっぽさとか、ユウカののんびり感とか、まーちゃんの綺麗で上品なのに、ピシッとしてくるとことか、ほんとそのまんまだよね」

「だね」

「あと、ハルトのキレやすさとか」

「それはアオイが無茶苦茶やるからだっての。普通サボらんもん。まあ、今回のは実際はやってないから良かったと言えば良かったけど」

「それはそう」


 良かった。本当に良かった。やはりちゃんとすべきだ。


「いやあ、でもハルト凄いね。これでLINEで失敗する事減りそうだよ。あー、でもTwi……、Xでは失敗するかもだけど」

「フフフ」


 お? なんだ? メガネのメガネがキラリと光る。これは、もしや?


「そうだろうと思って作ってある」

「天才か」


 スマホを確認してみると、Xのアイコンの隣に水色地に白で鳥のシルエットっぽいアイコンが。そして鳥の中には、


「前」

「そう。その名も〔Xその前に〕。このアプリは……」

「前ッター」

「ん?」

「だから名前。前ッターで行こうよ。アイコンもなぜか鳥だし」

「え、いいけど」

「これもAIが返信してくれるの?」

「そういうこと。世界中のXのデータを学習させてあるんだ」

「壮大すぎない?」


 ハルトはメガネをクイッとやって自慢げだ。大丈夫なのか世界の個人情報。こんなメガネにプライバシーの概念があるかは甚だ怪しい。いや、そもそもちゃんとできているのか。でも、LINEではできてたしどうなんだろう。


 私は前ッターのアイコンをタップする。表示されるのは見慣れた画面だ。Xのロゴの箇所が「前」になってるけど。


「じゃあ、これも試していい?」

「いいけど何する気だ」

「ハルトくん」

「はい」

「私、1回バズってみたかったんだよね」

「承認欲求の鬼」

「バズると言えば猫かおもしろ野菜」

「そうかなあ」

「それも偶然拾ってきた仔猫か、人間のポーズっぽい野菜」

「偏見」

「それで勝負かけてみようと思うの」

「思うのじゃないが。だいたいアオイは猫拾ってねーし野菜とか縁ないじゃねーか」

「既にそれっぽい画像を拾ってきました」

「行動力の鬼」


 ハルトは課題やるのにその才能回せよ、とかお前の欲望に猫と野菜を巻き込むなとかブツブツ言っているがとりあえず無視。拾ってきた画像は、にんじんがマッチョの男性みたいなポーズに生えてる奴。自然すごいな。


「えーと、[え、待って! たすけて! 学校行く途中でめっちゃマッチョなにんじん落ちてるんだけど! #おもしろ野菜 #めっちゃマッチョ #拡散希望]と」

「バズりたい圧が強い。拾い物画像なのに」

「せっかくだから、ね? はい送信」


 さあ、どうなるにんじん。私とハルトはごくりと喉を鳴らしてスマホを見つめた。

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