第2話

「よー店主。景気はどうだい?」


「ハァーっ。ああ、あんたらかこの間は世話になったな」

 

「それはいいんだが、ため息なんてしてどうしたんだ?」


「あれを見てくれよ」


 店主の指差す先には"新規開店オープン"の文字が、突き出した屋根パラペットの看板にデカデカと書いてあり、さらにその下には"武器研ぎ無料タダ"と、そう書かれている。

 それに比べ店の看板には何の変哲もなく旨味も感じない。

 

「なるほど。あの店にお客を取られてたってわけか……」


「そうなんだよ……このままじゃ"MM-1グランプリ"どころか店が潰れちまう。なんとかならねぇか?」


「ごめんあそばせ。魔界一の老舗店と聞いて足を運んでみましたが、まるで静かな湖畔のように優雅でございますわね」


 店主の心配もよそに閑古鳥が鳴くこの店に訪れたのは、向かいに新規開店オープンした蛇族の店主のようだ。

 言動で高慢な性格なのがわかる。こういう輩はまともな会話が出来ないのが特徴だ。


「ああ、お客が誰も入ってなくて郭公カッコウの鳴き声が午後のティータイムにぴったりだろう?」


「ハーーハッハッハッハー」

「オーーホッホッホッホー」


「ちょっとアスナト様!」


「てめぇら、何が可笑おかしい!」


(落ち着け。こういう奴は適当にあしらっとけばいいんだよ)


 俺は店主の服を掴み後ろへと引っ張る。


「敵情視察に来たところ悪いが、生憎うちにはしか置いてなくてね……」


「魔界一の老舗店といっても所詮この程度。今回のMM-1グランプリもうちが優勝を戴きそうですわね。それではごきげんよう」


「けっ、おとといきやがれ! おい、塩撒いとけ塩」


「お前は塩なんかよりお客が食いつく餌を撒くんだな。よし! 飯食いに行くぞ。もちろんお前のおごりでな! お前の店を優勝させるためにお前に俺の"流儀"を教えてやる」



 ***

「すいません。この松コースを一つ下さい。お前らは?」


「あんた、人の金だと思って遠慮なしだな」

 

「授業料だよ授業料! それよりお前はどれにするんだよ?」


「俺は真ん中の竹コースだな」


「わたしもそれでお願いします」


 この店では上から松・竹・梅の3つのランチコースがある。どの店でも当たり前のようにやってることだが、その選択の中で2真ん中の竹コースを選んだ。


「お前らなんでそれを選んだ?」


「なんでってそりゃあ……」


「"梅"は何もついてませんが、"竹"なら魔界ドリンクが無料タダでお得じゃないですか! "松"はそもそもランチにしては高過ぎます」


 レヴィが話すと、「そうだそうだ」と言わんばかりに店主が首を縦に振っている。


「クックック。典型的だな」


「何だよ、バカにしてんのか?」


「悪い悪い。あんまり生徒で教えがいがあると思ってな。つまりこの店もあいつらと同じ手法を使ってんだよ」


「「あっ……」」


 二人の息がピッタリ合う。あの店の看板に書いてあった"武器研ぎ無料タダ"の文字を思い出したのだろう。


「これが"プロスペクト理論"だ」


「プロテクト理論だぁ? なんだか硬くなりそうだな」


「そりゃ防御魔法だろうが! 要はって心理だ」


「確かにこれを知ってて、期間中に利用しなきゃ損した気分になりますもんね」


「ああ、その上『サービスは予告なく終了します』なんて書いとけば、お客に与える効果はバツグンだな」


「俺もそれを使ってどんどん売ればいいんだな!」


「あいつらの猿マネをしてるだけじゃダメだ。いいか? あの店がやってんのは"AIDMAアイドマの法則"ってやつだ。新規開店オープンが最初の"A"注目を集めるアテンションで、それを見たお客が"I"興味を持つインタレスティング。さらに看板を見ると、そこには無料タダって言う文言が目に入る。これが"D"欲求を刺激させるデザイアだ」


「そこに食い付いたお客に武器を売りつければいいんだな!」


「バァーロー。だからお前の店は繁盛しねぇんだよ。商売の基本は引きの商売だ。まずはお客を満足させることを考えろ」


「でも、俺は商売人だ。ボランティアでやってるわけじゃないぜ」


「だからこそだよ。サービスを受けたのに何も売りつけられなかった時のお客の気持ちを考えてみな」


「お客の気持ちねぇ……」


「はいはーい。お客様はその店に良い印象のまま出て行くと思いまーす」


「そう、それが"M"良い記憶を残すメモリーだ。そうして、欲しいものができた時に"A"購入アクションに至るってわけだな」


「でも、そんなに上手く行きますかね?」


 意気揚々と答えたレヴィだが、ふと疑問を投げかける。


「いかないだろうな」


「いや、いかねぇのかよ!」


「相手がしてくれたことにお返ししたいっていう"返報性へんぽうせいの法則"を利用した商売テクニックだが、お互いの名前も分かってねーなら効果は薄いな。まぁ、そんなことはあの蛇女だって百も承知だろうよ」


「武器を研ぐついでにお客様を選定してるのでしょうか?」


「だろうな。魔族が全員勇者を倒そうなんて思ってないだろう? 強い武具を買って承認欲求を満たしたいだけの奴だっているしな」


「要は金持ち相手の商売をしてぇってことか……いけ好かねぇな」


「はっきり言ってあいつらのやり方は古い。これからお前に覚えてもらうのは"AISASアイサス"の法則だ」


「そんなにたくさん覚えらんねぇぞ」


「きっと覚えれますよ。店主さんはバカ素直頭カラッポ純粋ですから」


 なんだろう、すごく含みのある言い方に聞こえるのは俺だけか?


「そう難しく考えんな。さっきと変わったのは"S"の部分だけだ。お前は欲しい物があったらすぐに買うのか?」


「そりゃあ、魔法で色々調べるぜ」


「そう、検索するサーチの"S"だ。さっきレヴィが疑問に思ったのはそれだろう? お客は色々調べて、気に入ったのがあったら購入する。そしてこの後が一番大事だ」


「買った後に何があるってんだ?」


「例えばお前が買った魔剣で勇者の仲間を倒せたなら、その後どうする?」


「俺ならそれを打った巨匠に会いに行くが、そうじゃねぇんだろうな……」


「私ならみんなに自慢しまくりますね! 勇者の仲間倒したのなら、そりゃあ魔族からいいねの嵐ですよ」


「そう。それがもう一つの"S"共有するシェアだな。良いものを売ればあとはお客が無料タダの宣伝を広めてくれるってわけだ」


「なるほど。じゃあ、こちらも準備が整いましたし始めましょうか……」


 話をしながらでもちゃっかりレヴィは魔法陣を描き、その中に魔剣を突き刺す。


「魔法陣なんて準備して何をするんだ?」


「まぁ、見てなって」


「「ლნუ შლეგეშინდებათ ეშმაკის」」

  

 魔剣グラムに魔力チカラが戻っていくのがわかる。


「うぉぉぉぉ! まじか!? そんな事出来るなら最初ハナっからやってくれよ」


「いや、封印魔法はかけるのもそれなりの魔力を要するが、解くほうはそれよりもかなり難しいんだよ」


「さて、ここからは商売ビジネスです。私達もじゃありませんから、それ相応の報酬を戴かないと」


 待ってましたとばかりにレヴィが話し出す。


「ケッ! 結局金目当てかよ。……でいくらなんだ?」


5:5五分五分でいいぜ」


5:5五分五分だぁ!?」


 それを聞いて声を荒げる店主にレヴィが詰め寄る。


「当然でしょう!? 私達のおかげ……で……?」


 俺はレヴィの話を止める。


「それなら2:8でどうだ? あんたは売上の80%を儲けとして受け取る」


「80%か……よし、それで構わねぇぜ」


 レヴィと目が合う。「ものは言いようですね」とそんな事を思ってそうだ。


「契約成立という事で、早速人間界に行って魔剣の宣伝をしましょうか」

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