第二十二章 脱衣場の遭遇

 脱衣場に入ると汐音の姿が見えない。多分お手洗いに入っているのだろう。

 自分のロッカー前に行き、ロックを解除しようとしゃがんでいると、女性が女湯側の引き戸を開けて上がってこようとしていた。

 四十代後半から五十代前半の、以前は宝塚にいたような、きりっとした歩き方をする人だなとみのりちゃんは思った。

 そんなことを考えながらロッカーの中のバスタオルを探していると、先ほどの女性がみのりちゃんの傍を通りがけに

 「こんばんは。良いお湯でしたわね」

 と声をかけてきた。

 みのりちゃんも反射的に頭を下げて

 「こんばんは。そうですね」

 と月並みな挨拶を返した。

 自然な態度で見ず知らずのみのりちゃんに言葉をかけてきた女性に『大人』を感じた。

 『(あの人の他人に対する態度に比べれば、わたしなんかまだまだ世間的にはぺえぺえの子供よね)』

 みのりちゃんは自己嫌悪とまでは言わないまでも、社会の中での自分の未熟さを思い知るちょっとしたやり取りだった。

 少しブルーになりつつ、バスタオルを身体に巻き水着を脱いでいると、別の女性が浴場から上がってくる姿が横目に映った。

 さっきの女性の連れかな。多分同宿のもう一家族の人たちね、と漠然と考えながら身体を拭っていると、いま上がってきた女性が立ち止まってこちらを見ている気配を感じた。

 『(なんだろう)』と思いながらも無視して下着を着けていると

 「みのりちゃんじゃない?」

 と名前を呼ばれた。

 えっ⁉と思い振り返ると、そこに立っていたのはみずほちゃんだった。

 「みずほちゃん? うそお、なんで?」

 「みのりちゃんこそどうしてここにおるん? ひとりなん?」

 方言丸出しで話しかけるみずほちゃんだが、アンドロイドと言えども日常生活では住んでいる土地の言葉でしゃべるのが普通であり、共通語はあくまで他人と会話をする際の言語ツールである。

 「旅行だよ。それにひとりじゃない」

 そう言ってみずほちゃんの右横できょとんとして突っ立っているビキニ姿の汐音を指さした。

 「あ、汐音ちゃんもおる……」

 様子を見ていた先ほどの上品そうな女性が三人のところにやってきた。

 「みずほのお知り合い?」

 「そう、こちらは町田みのりちゃんでこっちが藤村汐音ちゃん」

 二人の名前を聞いてその女性も驚いた表情に変わった。

 「え? もしかしてアンドロイド・ラボ出身のみのりちゃんと汐音ちゃん?」

 「そうです、町田みのりです」

 「藤村汐音です。あのどちらさまでしたっけ。お会いしたこと、ありましたか?」

 汐音がストレートな質問をしたので、女性が苦笑気味に答えた。

 「わたし、アンドロイド・ラボの御茶水博士の妻で御茶水瑤子と申します。

 お二人とも遠目には拝見したことあるけど、ちゃんと挨拶を交すのは初めてね。

 どうぞよろしくお願いいたします」

 「御茶水先生の奥さんですか⁉ と言うことはみずほちゃんのお母さんですよね。つまりはやぶさ君のお母さん?」

 みのりちゃんが当然の質問をした。

 「そうよ。わたしとはやぶさと双子の姉妹の母親です。

 ねえ、それはそうとなんでこんな田舎へ旅行に来たの? もしかして追っかけて来たとか……」

 「それ、さっきも言われたけど、誰も追いかけてないし、そもそもこの旅館を見つけて最初に予約を入れたのはわたしたちですからね!」

 みのりちゃんがはっきりしっかり宣言したので、瑤子さんとみずほちゃんは機先を制された感じだ。

 「そ、そうなのね。わかりました。

 ね、ところでなんで汐音ちゃん、ビキニ着てるの?」

 「だってほら、あれ。みずほちゃん知らないの?」

 そう言って汐音が指さした先には『午前零時を過ぎたので露天風呂は混浴云々』の張り紙が貼ってあった。

 「そっか。ここから露天風呂に入れるんだ。で、誰か居た?」

 一瞬、間があって

 「あ、そうだったんだ! やっとわかった!」

 汐音が全て合点のいった風に声をあげた。

 「御茶水先生とファイヴ・カラーズの社長さんは同級生で友達でしたよね。

 二人のどちらかが、平日なら誰も来ないような山奥の温泉旅館をみつけて、合同で極秘旅行の計画を立ててやって来たんでしょ。どうです? 当たらずも遠からずじゃないですか」

 汐音の予測を聞かされて瑤子さんは目を丸くし、みずほちゃんは驚きの表情で一言

 「絶句」

 と言った。汐音が

 「みずほちゃん、絶句する時は『絶句』って言わなくてもいいんだよ」

 瑤子さんが恐るおそる汐音に問い質した。

 「今の予測が当たっているかどうかは別として、なぜファイヴ・カラーズが旅行に来てるって思うの?」

 「だって、今まで一緒にいたんですよ、となりの混浴露天風呂に」

 瑤子さんが脱力して近くのマッサージ椅子に座り込んだ。

 「ね、間違いなくファイヴ・カラーズだったの? 見間違いとかそっくりさんじゃない?」

 「本人たちだよ。五人とわたしとみのりちゃんも一緒に一時間以上おしゃべりしてたし。

 ねえ、みのりちゃん」

 「う、うん」

 『みのりちゃんのお母さんと汐音ちゃんのお父さんには、今は秘密にしておいて』と言っていたみのりちゃんと都斗とのやり取りを、先に脱衣場へ戻り、お手洗いに入っていた汐音は聞いていない。

 みのりちゃんたちの両親にファイヴ・カラーズと出会ったことを内緒にしておくのは、彼らが極秘旅行中だからそれは理解できる。

 御茶水家とファイヴ・カラーズの旅行が重なった事実は、状況からして汐音が言ったあてずっぽうの予測が、大体において当たっているのではないか。偶然がこれほど重なるなんてありえない。

 内緒にしていたことを知られて『あら、会っちゃったの? 秘密にしてたのに』くらいの落胆はあるだろう。

 しかし、瑤子さんとみずほちゃんが、なぜみのりちゃんたちと彼らの遭遇を聞いてこれほどまでに狼狽しているのかは理解に苦しむ。

 「ね、みずほちゃん。差し支えなければ詳しい事情を教えてくれない。話せる範囲でいいからさ、ね。

 その方がわたしも汐音ちゃんも、何かあったり訊かれても上手に躱せるだろうから」

 そう言われてみずほちゃんはどうしたものか迷っている。母の瑤子さんを見ると微かに首を縦に振っていた。全て話してもいいよと言うことだろう。



 「実はね、わたしたち一家がここに来ていることを、ファイヴ・カラーズは聞かされていないの。もちろん彼らの社長さんもね。

 それにわたしたち一家も、母とわたし以外はファイヴ・カラーズがここにいるなんて誰も知らないわ。

 じゃあなぜ母とわたしだけ、ファイヴ・カラーズがここに泊まることを知っているかと言うと、おじいちゃんが教えてくれたの。母のお父さんね。

 うちのおじいちゃんにはみのりちゃんも汐音ちゃんも、東京で会ったことがあると思う。

 ほら、ロビー活動の日にひとりだけ年寄りの政治家が来てたでしょ。

 あの当時は閣僚のひとりで無任所大臣を担当してたわ。小日向って苗字の議員。覚えてる? 覚えてないよね」

 「うーん、見れば思い出すかも。みのりちゃん覚えてる?」

 「……なんとなく」

 「覚えてないよね。若いイケメン議員ならともかく、よぼよぼのおじいちゃんは」

 「よぼよぼは余計よ」

 と幾分背筋が伸びてきた瑤子さんがみずほちゃんの発言に異議を唱えた。

 みのりちゃんが質問した。

 「おじいちゃんはファイヴ・カラーズの行動を全て把握しているのかな。

 メンバーのひとりが確かお孫さんだったよね。そうそう、汐音ちゃんがファンの黄色担当の子」

 「あのね、これも秘密なんだけど、社長さんがおじいちゃんにだけは、必ずファイヴ・カラーズの詳細な活動状況や移動先・移動手段を毎日報告しているんだよ」

 みずほちゃんの話しでは、小日向氏が私費で彼らの移動先にそれとなく制服・私服ガードマンを配置して、不測の事態が起こらぬよう警備にあたらせているとのことだ。

 「そうなんだ。でもかわいいお孫さんへの思いを考えれば理解はできるよ」

 そう言えばここへ来る途中、夜間で道路工事をしているわけでもないのに、妙に警備と思しき男性たちが多くいるなと感じたことをみのりちゃんは思い出した。

 「じゃあおじいちゃんが瑤子さんに、ファイヴ・カラーズの極秘旅行を事前に知らせてきたんだね」

 みのりの予想は違っていた。

 「違うの。お母さんがね、せっかくだからおじいちゃんも旅行に誘おうって電話したのよ。

 予定が合わなくておじいちゃんは来れなかったんだけど、事前に聞いていたおじいちゃんのファイヴ・カラーズ情報と、わたしたちの旅行の日程と行き先が完全に一致していたわけ。

 それでおじいちゃんとしては秘密にしておくことができなくなって、お母さんだけにファイヴ・カラーズの旅程を教えたの。

 それとなくでいいから、孫も含めてメンバーたちに気をかけておいてってね。

 ファイヴ・カラーズのメンバー達にとっては、本当に久しぶりの休暇なので、極力だれにも知らせず誰にも会わせずゆっくりさせようって大原則が決定されてたわけ。

 そんな状況下で今回の超極秘計画が実行に移されたの」

 「おじいちゃんはみずほちゃんのお母さんだけに教えたって言ったけど、どうしてみずほちゃんも詳しく知っているんですか?」

そう汐音が瑤子さんに訊ねると

 「それはみずほが信頼のおける長女だからです。わたし一人じゃ責任を背負いきれなくて、みずほにも責任を分散しようと思って話したってわけじゃありませんよ」

 なるほど、そういうことだったのか、とみのりちゃんは思った。

 ならばみのりちゃんたちがファイヴ・カラーズの来訪を知っていたとなると驚くのは当然であろう。

 だがしかし、最初にみのりちゃんが感じた疑問は消えていなかった。

 なぜあれほどまでに瑤子さんとみずほちゃんが狼狽していたのか。

 「だいたいの成り行きはわかりました。みずほちゃん、話してくれてありがとう。

 でもひとつだけ理解し辛い部分があるの。

 ほら、わたしと汐音ちゃんがお風呂でメンバーたちと会ったよって言った時、二人とも尋常じゃないくらい動揺していたように見えたんだけど、あれはどうしてだったの?」

 「スキャンダル」

 「え⁉」

 「スキャンダルになるんじゃないかと思ってわたしも母もパニックになっちゃったのよ」

 「な、なんでスキャンダルになるの?」

 みのりちゃんがみずほちゃんと瑤子さん、それに汐音にも視線を向けて訊ねた。

 みのりちゃん自身は芸能関係に疎いこともあり、まったく意識していないが、人気アイドルグループと女性ファンが、プライベートの休暇中に同じ混浴風呂に入っていたと判ると、民放各局は一日中、その話題で高視聴率を叩きだすだろう。

 みずほちゃんがスキャンダルになる可能性を、みのりちゃんに対していちいち説明して聞かせた。

 するとみのりちゃんが意外そうに言った。

 「それ、取り越し苦労じゃない? スキャンダルになる可能性なんてほとんどないよ」

 瑤子さんもみずほちゃんもキツネにつままれたような顔でみのりちゃんを見返している。

 汐音はいまひとつ全体の状況を把握しきれていない表情だ。

 みのりちゃんが自分なりの論理を展開する。

 「だって、まず当事者のわたしと汐音ちゃん、それにメンバーの五人が混浴風呂に居たことは絶対に言わないし、みずほちゃんもみずほちゃんのお母さんも同じだよね。

 露天風呂とはいえ、塀は高いし、周りにここより高い山や場所がないから遠くからでも覗かれる心配は皆無。

 深夜なのでフロントの夜番以外の従業員や仲居さんはいないから目撃者のいる可能性はほとんどない。

 泊まっているのはわたしたち二家族と御茶水さん一家とファイヴ・カラーズ&社長兼マネージャーの言わば身内ばかり。

 もっと言えば、みずほちゃんのおじいちゃん配下の警護隊が二十四時間体制で警備にあたっているから、不審者が近づける余地がない。

 ダメ押しで、今ファイヴ・カラーズのメンバーはハワイにいるって噂がかなり広がっているし、ワイキキ・ビーチでは目撃情報まで出ているからメディアやファンの目はみんな北太平洋に向いている。

 どう? まだ外部にスキャンダル情報が洩れそうな種子があるなら言ってみて」

 みのりちゃんのほぼ完ぺきな論理展開を聞かされて、瑤子さんもみずほちゃんも反論する要素が見つからない様子。

 若干ドヤ顔のみのりちゃんが

 「だからさ、そんな気を揉まなくても大丈夫だって。明日とあさっての二日間しかないけど、そんな心配は頭から追い出して、お互い距離を保ちつつ楽しもうよ。ねっ!」

 「そうよね、みのりちゃんの言う通りかもね。わたしたちがあまりにも『秘密を絶対に守らなきゃ』って思い込みすぎちゃっているから、余計な気回しをしてしまっているのかも。

 みのりちゃんが言うように、今いる泊り客はみんな身内だから、明日になったら秘密の壁はとっぱらっちゃいましょう」

 瑤子さんの急な方針転換にみずほちゃんが心配顔で言った。

 「わたしたちやファイウ・カラーズと、みのりちゃん汐音ちゃんたちも問題ないけど、ここの従業員さんたちにはなんて言うの? 

 人気アイドルグループがお忍びで泊まっていると知ると、いくら職務上の機密事項とか個人情報なんて言っても、誰かにこっそりしゃべりたくなるのが人情じゃない」

 「実はね、これはみずほにも言ってなかったんだけど、ここの女将さんだけはファイヴ・カラーズ宿泊のことは承知しているの。

 ネットでファイヴ・カラーズの社長さんが予約を入れたあと、おじいちゃんが改めて電話で直に女将さんへ事情を説明したのよ。

 明日の朝、わたしが女将さんと社長さんに会って事の顛末を話します。

 そして女将さんから従業員の人たちに、ファイヴ・カラーズが現在宿泊中の事実を話してもらえば理解してくれると思うわ。

 社長さんもメンバーへ上手に事情を説明してくれるはずよ」

 「だったらさ、さっきお母さんとやりたいねって話していたお食事会を、明日の夜、全員で大広間に集まって盛大に開催しようよ!」

 そうみずほちゃんが提案した。

 汐音とみのりちゃんは顔を見合わせてなんて答えようか迷っている。

 「あの、わたしたちもお誘いをされているの かな?」

 と汐音が遠慮がちに訊ねた。

 すると瑤子さんが

 「もちろんよ! 汐音ちゃんもみのりちゃんもお父さんもお母さんもみんなで来て欲しいわ。

 ファイヴ・カラーズの社長さんにも朝会って、私から直接お誘いします。

 藤村さんや町田さんにはちゃんと挨拶しないといけないし、お話しすることも沢山あるから。

 ね、かならずみんなで来てね!」

 御茶水夫人からの正式なお誘いだから、汐音たちと町田一家も四人揃って参加できる。

 「判りました。わたしたちまで誘っていただいてありがとうございます。母も汐音ちゃんのお父さんもきっと喜ぶと思います。

 何時頃にお伺いすればよろしいですか」

 「そうね、明日の昼は自由時間らしいから、夜の六時半に始めるように集まりましょう」

 「六時半ですね。汐音ちゃんも六時半でいいかな。

 では明日、楽しみにしています。すっかり遅くなってしまってごめんなさい。

 それではおやすみなさい。みずほちゃんもおやすみ!」

 「みのりちゃんも汐音ちゃんもおやすみ! じゃあ明日ね」



 「みのりちゃん、やっぱり頭良いよね。あの論理展開、すごかった」

 「え、どの論理展開?」

 「あれよ、ほら、スキャンダルにならない百の理由」

 「ああ、あれね。理由は百もなかったと思うけど。

 わたしって理屈を喋り出すと止まらなくなるから、相手を言い負かすつもりはなくても結果的にそうなっちゃうのよね。

 今日もちょっとそんな感じだったから反省しなきゃ。相手の話しも聞きつつ意見を述べないと議論とは言えないものね」

 「でも瑤子さんもみずほちゃんもちゃんと納得していたから、みのりちゃんの論理は正しかったのよ」

 「そうなのかなあ。納得してくれたのならそれはそれでいいんだけど。

 でも今日は疲れちゃったよ。早く部屋に戻ってゆっくりしよう。明日はカラオケ出発が早いんだし」

 「えーもう部屋に帰るのお? ゲームしないの? 卓球台もあったよ」

 「汐音ちゃん元気ねー わたし、喉が渇いたから部屋に帰って何か飲みたいのよ」

 「だったらさ、ほら、わたしあのピンボールってやつしてみるから、その間自販機でコーヒー牛乳買って飲んでいて。ね、いいでしょ。どうせすぐゲームオーバーになっちゃうから。ね、ね」

 「はいはい。ワンゲームだけだからね」

 「やったあ! 早く行こ行こ!」


結局ふたりが部屋に戻ったのは午前四時になろうとしていた。

 彼女たちが部屋に入ってくる気配を感じて目が覚めた。コタツで横になってテレビを見ていたが、いつの間にか寝入っていたらしい。

 起き上がって座椅子に座り直し、呑みかけのぬるくなった缶ビールの残りを一気に仰ぐ。

 「早かったね」

 と腕時計をみながら皮肉めかして言うと汐音が

 「もうイケメンとイケギャルだらけで混雑露天風呂になってたんだからね。浴場内にはいるのも順番待ち」

 《混浴》と《混雑》を言い換えたのは、もしかするとダジャレだったのかもしれないが、判然としないのでそこはスルーした。

 「ふうん。と言うことは長い時間待っても、汐音とみのりちゃん以外は誰も入ってこなかったってことか」

 「そうやって言ってなさい言ってなさい。

 あのね、確かに女子はわたしだちだけだったけど五人のイケメ いたっ!」

 みのりちゃんが横で思い切り汐音の手を抓った。

 「ん? 五人のなに?」

 「いや、なんでもないよ。

 藤村さんも行ってみたらいかがです、露天風呂。今くらいの時間だと冬眠前のギャル熊が入ってくるかも。ちょっと、汐音ちゃん」

 みのりちゃんが汐音をユニットバスに連れて行った。大浴場が売りの旅館だが、一応個室用の風呂も設置されている。

 「なによみのりちゃん、いきなり抓って、ほんっとに痛かったんだからね!」

 そう言って抓られた跡をみのりに見せたが、彼女たちの肌は痛みだけでは変色しないので、見せられてもどこが抓った箇所かわからない。

 「ごめんごめん。でもさ、まだわたしたちの親にファイヴ・カラーズのことは言わない方が良いと思うの。

 ほら、明日朝になって瑤子さんが旅館の女将さんに事情を話すって言ってたじゃない。

 だから今の時点では。まだわたしたちはファイヴ・カラーズの宿泊を知らないはずでしょ」

 「ああ、そうよね。じゃあみずほちゃんたちに会ったことも言わないでいた方がいいかな」

 「そうねえ。会ったってことにすると色々訊かれるだろうから、そのことも黙っておこうよ」

 「うん、わかった。これでわたしたちの理論武装は完璧ね!」

 「そ、そうね。じゃもう早いとこ寝て、明日のカラオケに備えよう」

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