5章 悪意と希望

第1話 冬の前に

 

 公爵邸に来てから半年が経った。


 季節はもうすぐ冬に入る。


 空を見上げればどんよりとした雲に覆われているので、そのうち雪が降りだすかもしれない。

 今日は特に寒かった。



「よし、こっちはこんなもんかな」


 私は手に持っていた手袋を机に並べて息を吐いた。


 今、私は絶賛冬支度ふゆじたくの最中だ。

 おかげで屋敷中がバタバタとしている。


「奥さま、アヴァンシアテールから服が届いております」

「奥様、今のうちに貯蔵ちょぞうできる食料のリストをお持ちしました」

「奥さま~! こちらもご確認ください!」



 食料、家具、服、暖房器具、その他もろもろ。

 準備しなければいけないのはたくさんある。


 そしてそれらの統括とうかつ責任者が女主人である私だ。

 そのため屋敷中から私を呼ぶ声が聞こえてくる。


 使用人たちに指示をだしたり、屋敷にやってくる商人たちを相手にしたりとてんてこ舞いだ。



 ちなみにノルヴィス様は領地の見回りや王都への出張などで屋敷をあけることが多い。

 今も王都へ仕事をしに行っている。


 この時期は皆大忙しだ。



 ……結局あれ以降、気まずくて避けてしまっていたからしばらく会えていない。


 お互いすれ違いつつあるということをなんとなく感じながらも落ち着いて話をするタイミングを逃してしまっている。


(とはいえ早めに謝らなくてはいけないわよね……)


 彼が帰ってきたら少し時間をもらおう。

 私はそう決めて作業を再開した。



 ◇



「ふう、とりあえず今日はこのくらいかしら」


「はい。お疲れ様です! お茶をご用意しますね!」


「ありがとうイニス。それなら温室にお願いするわ」


 朝からひっきりなしにきていた商人たちをさばききった私は疲れた足で屋敷の端にある温室へと向かった。



 温室には四季折々の花が咲き誇っている。

 甘い香りや爽やかな香りがほのかに香るそこはまるで楽園のようだ。


 私はここで一人ぼうっとするのがお気に入りで、使用人たちも気を使ってほとんどふみ入れてこない。


 手入れや世話などで入ることはあってもそれが済めばすぐに出ていくのでいつも心地よい静寂せいじゃくを楽しめるのだ。



「では用意してまいりますのでしばしお待ち下さい」


「ええ、お願いね」



 イニスがお茶を用意しに温室から出ていくのを確認すると、小さな声で空に呼びかけた。


「みんな、いる?」


『あらフラリアじゃない』


 声をかけると小さな光たちが続々と姿を見せた。

 精霊たちだ。



 集まって来たその中にはピンク色の花の精霊、ラーワの姿もある。

 彼女はこの屋敷で初めて出会った精霊で、何度か話すうちにすっかり仲良くなっていた。


「どう? この場所は気に入った?」


『ええ。ここ最近寒かったからもうそろそろ冬眠しようと思っていたけどここなら悪くないわね。温かいし人も来ない。最高よ!』


「喜んでもらえて良かった。他の子たちにも伝えてくれたのね」


 精霊たちは、寒さに強い雪の精霊や氷の精霊などを除いて冬には姿を消してしまう習性しゅうせいがあった。

 探せばいるのだろうけれど、寒さを避けているので滅多にみかけない。



 寿命のこともあるし、なるべく早く呪いの手がかりを探したい私としては精霊たちが姿を消してしまうのは避けたかった。


 そこでそんなに人が出入りしない上に寒さとは無縁なこの場所を彼女たちに貸し出すことにしたのだ。



 私は情報を集めたい、精霊たちは寒さから逃げたい。

 お互いの利害が一致したともいえる。



『ええ。自慢話してたらみんな来たがっちゃったのよ』


「大歓迎だわ! ねえ、最近新しくきた子はいるの?」


『そうね……ちょっと待ってて』


 ラーワはそう言うとどこかへ飛んで行った。

 彼女は面倒見がよく、温室に集まってくる精霊たちの面倒を見てくれている。


 ありがたいことに精霊たちの持つ情報をまとめて私へと伝えてくれる役を買って出てくれたのだ。



 しばらくすると彼女は黄色の光をまとった精霊を連れて戻って来た。


『お待たせ。この子が何かを知っているっぽくて』


『はじめましてフラリア様。わしはノートムと言いますですじゃ』


 ノートムと名乗った黄色い精霊はおじいちゃん風のしゃべり方でゆっくりと礼をしてみせた。


 話を聞いてみると土を元気にする力を持っていて随分と長生きらしく、なんと200年前の公爵も見たことがあるそうだ。


『わしは生まれたばかりじゃったがそこそこの力があっての。同じ時期に生まれた精霊たちの中では有名じゃったんよ。……だがのぉ。その時すでにこの地には呪いがはびこっておってのぉ、わしの力では近づくこともできんかった』


「それは……今よりも呪いが強かったってことですか?」


『そうじゃのぉ。今は小さくなっておるがあの蛇も昔はここの屋敷と同じくらいの大きさでな? そもそもここの敷地にすら入れんかったのじゃ』


「そんなに!?」


 ノートムの話が事実なのだとしたら短命の呪いは思っていたよりはるかに強力なものだ。


 けれど今はかなり小さく、そして弱くなっている。

 時間の経過が原因なのか、血が薄くなったことが原因なのかははっきりとしないがそれだけは確かだった。


『昔の蛇からしたら今は100分の1くらいの大きさじゃよ。わざわざ堕ちた精霊を集めておる所をみるに力も弱くなっておるのじゃろうて』


「それなら放っておいても消えるかもしれないってこと?」


『そうじゃのぉ。何なら今はフラリア様の力で堕ちた精霊も祓われるようになったからのぉ。ありえん話ではないじゃろうな』


 もしそうなら寿命が尽きる前に呪いを消すことができるかもしれない。


 正直私の気持ちがノルヴィス様の気持ちと違うことが分かってしまった今、この知らせは何よりも嬉しいことだった。


 ノルヴィス様を助けてあげたい。

 でも、私ではむりなのだから。


『しかしのぉ……それも軽く見積もっても10年以上はかかるじゃろう』


「そんな……」


 ショックだった。

 彼の寿命はのこり4年半しかないのにそんなに待つことはできない。


 ノルヴィス様の次の代だったら生き残れるかもしれないけれど、彼には子どもなどいないのだからそれでは意味がない。



 それに私は彼の子孫ではなく彼自身に生きていてほしい。


「……やっぱり、おじいさまに解いてもらうしか」


 真実の愛も与えられない私では呪いを解くことはできない。

 でも私が精霊王の元へ行けば彼の呪いを解いてくれるかもしれない。


 ノルヴィス様を死なせない為には、それが一番いい選択だろう。


「……」


 でも決断できない。

 私自身が彼から離れたくないと思っているから……。


 これは私のわがままなのだろうか。



 結局イニスが紅茶を持ってきてくれてからも、私の頭の中では先ほどの会話がずっとグルグルと回っていた。



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