第10話 私が餌だ
私はあれから屋敷の中を歩き回っていた。
ディグナーさんには部屋にいてほしいと言われたけれど、イニスにまで手を出されてじっとなんてしていられない。
キャラルと同類の人間ならば、そろそろ仕掛けてくるはずだ。
だから私は私を餌に犯人をおびき出す。
ターゲットが不用心に一人で出歩いているところを見て放っておくなんてことしないはずだから。
(きっとコンタクトを取ってくるはず。そこで確保するわ)
私はあえて犯人と疑われやすい場所へと向かう。
時間をかけて、ゆっくりと。
食堂、
その部屋の近くまで行った時、餌に掛かった相手が現れた。
「きゃああああ!! 奥様! 何をなさっているのですかっ!!」
夕暮れの陽が差し込む廊下に、ひと際大きな叫び声が響く。
耳障りなほど甲高い声だ。
振り返れば一人のメイドの姿が見える。
深紅の髪に赤い瞳を持った女だ。
「誰かっ! 誰か来て! 奥様おやめください!!」
その女はなおも叫び続ける。
その言葉は私を必死に止めているような内容のものだった。
私はそれを冷めた目で見ていた。
(間違いない。このメイドが犯人だわ)
このメイドは確か、初めて公爵さまのお部屋にいった時に廊下の端から敵意を向けて来ていた人だ。
あの時は数人一緒にいたはずだが、今は一人。
後から合流する手筈なのだろうか。
「そこにいる者は皆奥様の毒で苦しんでいる者たちです! 何故こんなことをするのですか!?」
メイドはそう言って涙を見せる。
役者顔負けの演技だ。
「ちょっとどうしたの!?」
「なんで泣いて……」
「奥様にやられたのね!?」
そこにかつて公爵さまの部屋の前で見かけた他のメイドたちが集まる。
彼女たちは深紅の髪のメイドを囲って私をにらみつけた。
(なるほど、あの赤髪のメイドが主犯格。他の3人は取り巻きみたいなものね)
彼女たちは私を犯人と決めつける様に大きな声で私が使用人にむかって毒を放った罪を
恐らくは他の使用人が集まってくる前に私を焦らせてこの場の主導権を握ろうとしているのだろう。
だけど、そうは問屋が卸さない。
想定内のことで慌ててあげられるほど私は甘くないのだ。
「……使用人の体調不良が私のせいみたいに聞こえるのだけれど、あなたたちは誰かしら?」
私は至極冷静なままいかにも不思議そうな顔で問う。
けれどもそんな私の態度はメイドたちにとって
メイドたちはさらに鋭い目線を向けてきた。
「……わたしはネルです奥様。地位あるものであるのに使用人の名前を覚えないのはいかがなものかと思います」
明らかに
敵対心を少しも隠そうとしないところを見ると、貴族出身という訳でもなさそうだ。
私は含み笑いを向けて口を開いた。
「あら。他の皆ならいざ知らず、あなた達と関わったことなんてないのになぜ覚えなくてはいけないの? 私に敵意を向けていたのに名前を憶えてくれというのは少し
胸に手を置き、心配そうに小首を傾げれば赤髪のメイドの額に青筋が浮かんだ。
敵意を向けられていると気が付いていたのに、全く
「まあそれはどうでもいいの。それよりもあなた達は私がやったと疑っているみたいだけれど、何か証拠があってのことなのよね? まさか証拠もなしに疑っているわけではないでしょう」
腕を組んで敵意を軽く流してそう問えば、ネルと名乗ったメイドは得意げな顔になる。
「もちろんです! 毒のような症状を訴える使用人がたくさん出てから私はずっと奥様の後をつけていました。だってこの屋敷に毒を持っている人なんて奥様くらいしかいないんですもの!」
周りにはいつの間にかネルの悲鳴を聞きつけた人が集まりだしたようだ。
騒ぎを聞きつけてやってきたはいいが繰り広げられているのが公爵夫人の罪の
ネルは集まった使用人たちに演説でもするかのように両手を広げた。
「皆さん! わたしは見ました! 奥様が
ネルとかいうメイドの声に取り巻きメイドたちが口を開いていく。
しかし意外なことに他の使用人たちに信じている様子はない。
だからと言ってネルを取り押さえるのも躊躇しているようだが。
彼女にはまだ何か秘密があるのかもしれない。
この屋敷で、他の使用人が手出しできないような事情が……。
(ならもっと追い込んでボロを出させてあげないとね?)
私は口角を上げて口を開いた。
沢山の人を苦しめておきながら罪の意識もない、この卑怯者を追い詰めるために。
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