第20話 感じてはいけない恋心

 その日、ディアナはロミオと一緒に服飾店へ来ていた。服飾店の個室では、ほぼ完成したドレスをディアナは試着する。服飾店の従業員たちがドレスを着せてくれた後、髪の毛についても少し弄ってアレンジしてくれる。


 ドレスを試着したまま、試着室のカーテンの向こう、ロミオの待つところに戻る。


「お兄様、どうかな?」


 ソファーに座って長い足を組み、家から持ってきたであろう仕事の資料を見ていたロミオは、顔を上げた。


「……可愛い。すごく似合ってる」

「本当? 良かった! 藍色の差し色が綺麗だと思わない? 白のドレスに映えるよねぇ」


 社交界デビューなので、ディアナのドレスのメインの色は白だ。ところどころに濃い青の装飾布を入れているので、締まって見えると思う。


 鏡を見ながら、自身の姿をじっと確認していると、いつのまにかロミオが傍に立っていた。


「お兄様?」

「可愛すぎるんじゃないか? これじゃあ、招待された男どもが皆ディアナに夢中になりそう」


 ロミオがディアナの手をすくい、ディアナから視線を外さずに手の甲にキスをする。止めて。色気駄々洩れなんですけど。なんだか恥ずかしくて、やけにドキドキして、ディアナはロミオが持つ自身の手をすっと抜く。


「そ、そうかな!?」

「もう少し地味なドレスの方がいいんじゃないか? ディアナが可愛すぎて心配」

「やぁよ!? 私、主役なのに……みんなに注目されるんだから、可愛くしてたい」

「……はぁ。分かった。その代わり、俺の傍から離れないこと」

「お兄様は当日は私のパートナーだもの。離れないわ」


 ディアナの社交界デビューは、モンタール公爵家主催で行われるパーティーで行うのだ。モンタール公爵家が懇意にしている貴族が招待されている。ディアナやロミオの友人以外にも、父の仕事関係や古くからの知人も呼ばれる。その中には王族の人たちもいるが、第一王子や第二王子などの王子達は含んでいない。ディアナがお願いしたのではなく、父とロミオが話し合って決めたのだ。なぜかは分からないけれど、父とロミオは王子たちは呼びたくないと思っているらしい。まあ、王弟などの別の王族は呼んでいるから、体裁は整っているし問題ないのだ。


「婚約者がいない男性は招待したくなかったんだけど、全員外すのは無理だったんだよな」

「それはそうでしょ。今回の招待客は懇意の人たちばかりだし、お父様もその中の令息だったら、良いって言うんじゃないかしら」

「……良いって、何がいいの?」

「え? それは……私の婚約者候補として?」

「……へぇ」


 ロミオが口元に笑みを浮かべたが、目が笑っていない。怖いんですけど!?

 ロミオが一歩前に進んだので、ディアナは一歩後ろへ下がる。


「まだディアナには、婚約者は必要ないと思うけど」

「いやいや、お兄様、よく考えて? 私ももうすぐ十八歳よ。法律的に結婚できる年齢で、すでに婚約者がいる令嬢だっているもの。私だって、早めに婚約しておきたいし」


 ロミオが前にさらに進み、ディアナは後ろに下がる。


「ディアナは寂しがりの甘えっ子で、まだ子供だよ。結婚はまだ早い」

「け、結婚じゃなくて、婚約者が欲しいの。婚約期間って、一般的には一年以上設けるでしょう? 今から婚約しておいても、早くはないわ」

「どうしてそんなに婚約者が欲しい? 俺がディアナを可愛がってるつもりだったけど、まだ甘やかしが足りないかな」

「そんなことはないけど……でも、お兄様が甘やかしてくれるのと、婚約者ができるのは別の話でしょ。お兄様だって、いずれは結婚するんだから、いつかは私たちは離れて住むことになるのよ」

「つまり、俺から離れたいってことなの?」


 とうとうディアナは壁際に追い詰められてしまった。壁とロミオに挟まれ、至近距離でロミオがディアナを見下ろしてくる。


「離れたいわけじゃないわ。お兄様が大好きだもの」

「じゃあ、ずっと一緒にいたらいいじゃないか。俺がディアナを一生愛するよ」


 ロミオはディアナの額にキスを落とす。そういう話をしているのではないのに。


 ロミオは妹としてディアナを愛すると言ってくれているのは分かるし、それはディアナが昔から望むことだ。何があっても、ディアナを手放さないで欲しい。そう思うけれど、ロミオがあまりにも甘やかして構ってくれるから、嬉しいと思う反面、ディアナの内に別の感情が芽生えているのも感じて動揺している。


 これは危険だ。ロミオに、兄に、恋心が芽生えるなんて間違ってる。

 ロミオがディアナを愛してくれているのは、ただ重めなシスコンなだけ。勘違いしてはいけない。


「……ありがとう、お兄様。愛してくれるのは嬉しい」


 ディアナは笑みを貼り付け、ロミオをそっと押す。そして話題を変えた。


「さあ、試着も良い感じよね。ほぼ完成してるけど、微調整してもらったら完成品は屋敷に送ってもらうようにお願いしてくるわ」


 ロミオにそう声を掛けて、試着室へ戻る。なぜか泣きそうだけれど、ぐっと心を落ち着かせる。こんな感情は夢か幻。いつか現実を見て辛い思いをする前に、捨ててしまわなければ。


 その後、着替えたディアナは、いつもの調子を取り戻し、ロミオと宝石店にも寄り、帰宅するのだった。


 それから約二十日後。

 モンタール公爵家のパーティー会場には、招待客が大勢集まっていた。ディアナの社交界デビューでもあり、主役のディアナは、パートナーのロミオと共にたくさんの招待客に挨拶をする。中にはクリスや友人たちもいる。


 令息たちがディアナと二人で話したそうにしているが、今日のパートナーのロミオが、圧をかけるので、令息たちはすごすごとディアナから離れていってしまう。まあ、今日は令息と二人きりは難しいだろうと最初から諦めモードである。


 また、令嬢たちもディアナの前に長居しようとする。ディアナの友人たちは早々に離れたため、残っているのはディアナの友人ではない令嬢たちだ。ディアナに「デビューおめでとうございます」と口にはしつつも、その視線はロミオだ。間違いなく、ロミオ目当てなのだろう。


 『令嬢たちと少し話をしてきたら?』そういう意味の視線をロミオに送るが、『絶対に行かないけど』という返事を視線で貰う。ですよね。今日はディアナから絶対に離れないと言っていたから。ここでも今日のディアナは諦めモードだ。


 とはいえだ。ディアナもデビューしたのだから、そのうち、ロミオ以外の子息にパートナーに誘われることも出てくるだろう。焦ってはいけない。


 ディアナはその日、無事に社交界へのデビューを果たすのだった。

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