第28話

叶わない夢は呪いだ。


後悔は消えない。

その時は分からなくても、後から気付く。

染みのついた布を何度も洗っては乾かし、残った跡を確認するような一連の作業にもう慣れてしまった。


過去を無かったことにはできない。

囚われているのも分かっている。

だからといってどうすればいいのか、それも分からない。


自分を傷つけるものから離れて、逃げたらもっと楽になれるものだと思っていた。

息のつまる日常は遠ざかったけれど、刺激のない安穏とした日々に退屈している。


最初から人を傷つけるつもりのある人間なんていないんじゃないだろうか。

だけど現実は、数えきれない人が傷つけられ、傷ついている。


自分だってそうだ。


傷つけるつもりなんてちっともなかった。

だけどあの日、あの時で全てが変わってしまった。

もしあの日が来なければ、もし少しでも違った行動をとっていれば……


存在しない「もしも」を考えるたびに甘い希望を想像しては打ちひしがれる。

現実が現実である以上、妄想の未来は存在しない。


人を傷つけて傷ついた。

それならば、もうこれ以上傷つきたくないと思うのは当然のはずだ。





自分の命に等しいと思っていたものを失って、残ったのは何だったろう。






時生はニンジンスキーと名乗っていた謎の人物に接触を試みた。

2年A組に単独で乗り込んでいった。

金髪が寝ている。


「あなたですよね」


立ったまま時生が言うと、ありえないくらい人相の悪い不良が顔をあげた。

眉毛がない。

時生は泣きそうになったが、ぐっと奥歯を噛み締めた。脳裏に戸次先輩やマヨ先輩の笑顔がよぎる。

走馬灯じゃありませんように……。


不良が口を開いた。


「何」

「ニンジンスキーって」

「何のことだよ」

「舞踊場で……」


謎の2年生はガンッと机を蹴飛ばして教室を出ていった。

クラスメイトは全力でひいている。


「待って下さい」

と時生は追いかけた。

嫌だったけれど、怖いけれど。

でも、そうしなければならない気がした。


高校の学校の渡り廊下で、不良は後ろを振り返った。

足で壁を思いっきり蹴る。

胸の真横に蹴り出されたキックが鋭くて時生はひるむ。


「うぜぇ」

と、ニンジンスキーは吐き捨てるように言った。


怖い。

でも、戸次先輩たちが大会に出られなくなるほうが、もっと怖い。


「……先輩たちが何したっていうんですか」

「は?」

「あんたは遊び半分かもしれない! けど! タバコだとか飴だとか、そういうので嫌がらせして、部活潰して、頑張ってる人の頑張ってること笑って! それで何になるんだよ! 何にもなんねーよ!」


時生は泣きながら言った。


「あんたが跳んでるとき、でっかい鳥がいるのかって思った。すげーきれーで……あんたみたいに跳べたら、俺だって、……先輩みたいに……お前、あんなことできるすげーやつのくせに……! なんで見せねーんだよ! 踊れないフリしてんじゃねぇよ! そんだけ踊れるならやれよ! 見せろよ! 俺が欲しいもの全部持ってるじゃないか! 何が不満なんだよ、腐ってんじゃねーよ! 最低だ、お前なんか、先輩でもなんでもない。大っ嫌いだ」

「……俺だってお前なんか知らねーっつの」


金髪は小声で呟いた。


「……俺じゃねぇ」

「え。でも、タバコの匂い」

「母親が吸いやがんだよ」

「えっ。え? じゃあ、あなたは……まさか、ただ、舞踊場に入って踊ってただけってことですか?」

「そうだ」

「えっ? え……えー」


その見た目で? と思った時生の心の声が聞こえたのかもしれない。


金髪は時生の横についていた足を乱暴に離すと、チッと舌打ちをして去って行った。

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