第7話 高篠さんをお迎え
歩いて15分もすれば、高篠さんに伝えられていた住所に到着することができた。
実は、高篠さんの家に来たのは今日が初めてだ。
それなのに全く迷わなかったのは、高篠さんの家は俺の家からそんなに離れていなかったからだ。……今まで知らなかったけど。
川を挟んだだけのこの隣の校区内には、今までも歩いて何度か立ち寄ったことがある。彼女の中学は実は1つ隣なだけだったと、今日初めて知った。
付き合って3ヶ月。しかし、お互いの家の場所すら知らない。それが俺達の関係。
そういえば初デートのときは、高篠さんの希望で駅での待ち合わせだったし、帰りは送っていくと言っても断られたし……
一緒に登下校をしていないのも、本当はずっと家の場所を特定されたくなかったからなのではないかと邪推してしまう。
俺は、彼氏として信用されていないのではないか、と。
しかし、ここでまたまたネガティブになっては、永遠に高篠さんを連れて戻ることが出来ない。
ただ迎えに来ただけだというのに、それだけでも、どうしても少し不安に感じてしまう。
本当に、俺の悪い癖だ。
ピンポン
勇気を出して、俺は高篠さんの家の玄関の呼び鈴を鳴らした。
外は寒いから家の中で待っていたみたいだけど、既に支度は済んでいたのだろうか、すぐに彼女は姿を見せた。
その姿を見て……
俺は思わず息を呑んでしまった。
学校ではいつもポニーテールにしている黒髪を、そのまま下ろしている姿は、普段以上にどこか大人びた雰囲気で、それだけですごくドキドキしてしまう。
前の私服は正直……ラフ過ぎ?という印象だったが、今日は紺色のショート丈のダッフルコートに白のミニスカートに黒のタイツで、今までとは少し印象が違っていた。
なんというか……悪くない。
というか、滅茶苦茶可愛い!
―――だけど、恥ずかしくてそんなことは言えなかった。
可愛かったらそれはそれで、素直に褒められないなんて、俺は知らなかった。
「……行こっか」
ぶっきらぼうにそう言って俺が歩き出すと、高篠さんはうんとも言わずに斜め後ろを付いてくる。
最近はいつもこんな感じだ。
付き合いたての頃は、もう少し色々会話も弾んだし、高篠さんの方から話しかけてくれたことも一応あったのに。
だいたい15分ほど歩けば、俺の家が見えてきた。
俺の家の玄関が近づいてくると、妙に高篠さんはそわそわし始めた。
どうしたのかな、と思った俺だったが、なるほど、さっきの自分と同じってことか、と気づく。
やはり慣れない家に来ると、緊張するものなのかな。
久しぶりに彼女の感情がわかった気がして、少しだけ嬉しくなった。
ドアを開けると、室内の準備はあと少し、といったところだった。
「雫ちゃんいらっしゃい!よく来てくれたね。遠慮せずに上がって頂戴」
母と挨拶を交わす高篠さんは、やはり少し緊張しているようにも見えたが、俺と会話するときよりもスムーズに話していて、何なら笑顔まで見せている。
最近は、高篠さんの笑った顔なんて見ていなかったのに。
彼女に簡単にそんな顔をさせる母に、思わず嫉妬してしまいそうになる。
……何とも情けないことだ。
何か嫌われるようなことをしてしまったかと、この頃悩んでいた俺だったが、とりあえず俺の家族とは仲良くしようとしてくれているみたいだし、ここは前向きに考えるようなんとか努めて、一安心することにした。
「へ?雫さん?初めまして。蒼真の妹の碧です。……す、すご」
碧も母に続いて挨拶するのかと思いきや、それもままならないうちにすぐ俺に話しかける。
「え?この人がお兄ちゃんの彼女?めっちゃ美人じゃん信じられない!」
その行動が、中2にもなってなんかあまりにも子供っぽくて、兄として、少し恥ずかしいのだが……
「ね?お兄ちゃんも、そう思ってるんだよね?」
まさかここで俺の方に話を振られるとは思っていなくて、完全に油断していた。
思わず、「うるせ」とか言って、話を終わらせようとしてしまう。
だけど、ここで素直になれなくてどうする。
もし碧の質問に対して適当に答えたら、高篠さんはどう思うだろうか。
……きっと、何とも思わないんだろうな。
しかし、どうしてだろう。
それがとても寂しいことに思えてしまった。
だから俺は―――
自分に正直になることにした。
「ああ。雫はとても可愛いょ……」
ヤバい。語尾がちょっと小さくなってしまった。こんなに勇気を出したのに。
だって、改めて口にすると、とても恥ずかしかったのだから……
それに、母と妹は簡単に下の名前で呼ぶものだから、俺もここでは下の名前で呼ぶことにせざるを得ない。
フルネームで彼女の名前を伝えていた俺の落ち度でもあるのだが、これまで苗字呼びを続けていた身としては、その段階で既にめちゃめちゃ恥ずかしかった。
「……」
今の俺の発言で、不快な気持ちにさせてはいないだろうか。
不安に思った俺は、慌てて高篠さんの方に目を向けたが、彼女はぷい、とそっぽを向いてしまい、俺にはその表情を読み取ることが出来なかった。
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