40. チョコ寿司

 祖母の言葉で少し元気が出たかと思いきや、その後5日間の私はまるで抜け殻のようだった。食欲もなくテレビを観る気もゲームをする気にもなれない。心配した祖母が好物のパンケーキを作って部屋に持ってきてくれたものの、一口か二口食べただけで終わった。


 撮影に復帰する前日の午後、昼寝をしていたところにミシェルがお見舞いに来た。その日両親は仕事で祖母は長年来の友人と買い物に出掛けていて家には例のごとく私と猫たちだけだった。ミシェルは寝起きの大あくびをかます私に赤いプレゼントボックスに入った手作りのチョコレートをくれた。


「1日早いけどバレンタイン的な? いつもお世話になってるから」


「マジ? ありがとう」


「ポニーと一緒に作ったのよ」


 ポニーがあの小さな掌でゴムベラを握り一生懸命溶けたチョコをかき混ぜている様子を想像すると、自然に笑みが溢れる。


「ポニーにもありがとうって言っておいて」


「伝えとくわ。てゆうかあなたは誰かにあげるの? チョコレート」


 ミシェルが興味津々な様子で尋ねる。そもそも明日がバレンタインということすら忘れていた。私にとってはバレンタインという行事自体より、2月15日の売れ残って安くなったチョコレートを買って食べることのほうが重要事項なのだ。


「存在自体忘れてた」


「あなたらしいわ」


 そこで友人はふと閃いたように言った。


「ウミにあげたらいいんじゃない?」


「何で?」


「彼女あなたのこと好きそうだから。貰ったら義理でも嬉しいんじゃない?」 


「ないよ、ないない」


 ウミが昨日私を抱きしめた時のことを思い出す。昨日の彼女はいつもより感情が錯綜しているように見えた。あんな風に冷静さを失った彼女は初めて見た。


 もしーー。


 もしもミシェルが言う通りウミが私に特別な感情を持っていて彼女のこの間の言動が好意に基づくものだとしたら、これからどのような対応を取ることが適切なのだろう。気付かないふりをして接し続けることでかえって相手を傷つけてしまうことはないだろうか。


「モテる女は辛いね〜、このモテ女!」とミシェルは悪戯っぽく笑い私の肩を軽く叩いた。


「モテてないけど」


「鈍いね」


 その台詞のあとで友人は私の顔をじっと見つめた。


「どうしたの?」


 尋ねるとミシェルは微笑んで一言だけ言った。


「あなたが無事で良かったよ」


 ミシェルの提案でキッチンでチョコレート作りをした。たまたま冷蔵庫に買い置きのチョコレート何枚かと生クリームとブランデーがあったので、トリュフを作ることにした。2人で粉々に粉砕したチョコレートをボールに入れて湯煎にかける。


 不意に深夜のあの事件のことが蘇り吐き気が込み上げる。チョコレートの色と時間が経って変色した血液の色が重なり鳩尾が軋む。心にずっしりと錘がのしかかったみたいだ。


「てかさ、誰にあげるわけ?」


 ミシェルがボウルの中の溶けたチョコレートにパックに入った生クリームを入れながら尋ねたので、目の前の作業に集中しようと必死に昨夜の記憶を振り払う。


「私らで食べるに決まってんじゃん」とゴムベラで液状化したチョコレートと生クリームを混ぜ合わせながら答えると、「ちょっと何それ? つまんなすぎるでしょ。せっかくだから誰かにあげなさいよ」と肘で脇腹を突かれる。


「やーだね。別にあげたい人なんていないし、そんなロマンチックなことをするより美味しい思いをした方が幸せじゃん」


 ミシェルは「まぁ、それもそうね」と頷いたあとで、「あ、忘れてた」と言って、ボウルの中にブランデーを注いだ。


「……ちょっと入れすぎた?」


 首を傾げる友人と、「平気平気、細かいことは気にしない」と全く意に介さずにゴムベラを動かし続ける私。


 大雑把に混ぜ合わせたあとボウルごと冷蔵庫に入れて冷やす。チョコがいい具合の固さになるのを待つ間、私たちはリビングのソファでテレビを観ることにした。


 あんな恐ろしい事件が起きた直後にこんな風に友人とチョコレート作りをしていること自体が不自然に思えてならない。だがそうでもしないと平常心が保てそうに無かった。


 あの男性は生死の狭間を彷徨っている。だが私はこうしてチョコレートが固まるのをソファの上で待っている。テレビでは俳優や歌手などのセレブが無人島でサバイバルに挑むというバラエティー番組が放送されているが、久しぶりにつけたテレビの情報過多に頭がやられそうになる。これな

ら前に車で聴いた有識者らしきおっさん2人がボソボソ声で今後の教育や福祉についてつまらない討論を繰り広げるラジオ番組の方がまだマシに思える。

 

 ミシェルが座った場所の右横、ソファの端っこではサルサとグリが吹き付ける風の音も気にせず身を寄せ合って昼寝をしていた。エアコンのついた室内は暖かく昼寝をするにはちょうどいい温度だ。

 

「リオってさ、マジで恋人欲しいとか思わないわけ?」


 隣に腰掛けたミシェルが尋ねた。


「思わないんだな、これが」


 答えながら、父のお気に入りのスペインドラマにチャンネルを合わせる。妊娠をした女性の本当の父親が夫ではなくて会社の上司で、更にその上司には他にスチュワーデスの愛人がいるがそのスチュワーデスは実は某国のスパイだという、まだ二話目にも関わらず既に捩れによじれた内容になっていた。なぜ父はこんな非現実的で複雑な人間関係や陰謀が絡み合うドラマが好きなのだろう。


「個人の自由だってことは分かってんだけどさ……。幸せになって欲しいのよ、リオに」


 ミシェルはすぐ横で眠っている猫たちの丸まった背中の毛を交互に撫でる。テレビの中ではスパイのスチュワーデスが乗客の男性を誘惑するふりをして、ワイシャツの襟の内側に発信器をつけている。


「あなたこそ幸せになりなよ、ミシェル」


 人の幸せを願ってばかりで自分のことは後回しの友人に、幸せが来ることを願ってやまない。


「私って変わった奴が好きっぽい」


 発信器を付けられたとも知らずスチュワーデスと濃ゆいキスを交わす男性。そんなシーンを無表情で見つめる友人の好みは、一筋縄ではいかなそうだ。


「エキセントリックな人ってこと?」


「ある意味ね。才能あったり物の見方が変わってる人。誰か紹介してくんない?」


 私の周りには至って普通の人間というのはいない。天才と変人は紙一重というが、芸能界というのはそのようにある1つの才能に秀でているが一風変わった人間の集まりであるように思える。私の男友達はゲイばかりだし、そうでないとしたら紹介できるのはタケオくらいだ。だがミシェルは以前ウミに振られたと言っていた。ということは女性もありということか。あのウミと同じようなタイプの人というのは探してもなかなかいない。


「才能ある人なら沢山いるけど……」


 問題はミシェルと相性がいいかどうかと、何よりその相手が人間として魅力的で、彼女を幸せにできるかどうか。おかしな相手を紹介して友人が傷つくような事態はどうしても避けたい。


 30分が経過したので先ほどボウルに入れたチョコレートを冷蔵庫から取り出し、小さなスプーンで掬いトレイに敷かれたクッキングシートの上に柔らかな塊を落とすのを繰り返す。トレイに並んだトリュフになろうとする小さな塊たちを再び冷蔵庫に入れたとき玄関のチャイムが鳴った。


 玄関の入り口脇のインターフォンの画面にタケオのどアップの顔が映し出されていて、「うぉっ」と思わず短い声が出た。


『リオ、お見舞いに来てあげたわよ!!』


 ジョーダンの明るい声が聴こえる。タケオの顔しか映っていないから背後にいるジョーダンの存在に気づかなかった。


「今開ける」


 玄関ドアを開けると何かの入ったビニール袋と炊飯器を両手に持ったタケオと、茶色い紙袋を一つ抱えたジョーダンが立っていた。


「寿司パだ」


 タケオは一言言ってズイズイと家に上がってきた。ジョーダンも「お邪魔しまーす!」と笑顔で入ってくる。


 何だ、寿司パって。


 心の中でツッコミを入れながらリビングへ戻る。


 タケオが言う寿司パとはどうやら寿司パーティーのことらしい。タケオはダイニングテーブルの真ん中に寿司用の米の入った炊飯器と、パック入りのカツオやサーモン、イカ、エビなどの魚介類を置いた。それからミシェルと私、タケオとジョーダンの4人の寿司作りが始まった。


 事前にYouTubeで作り方をみて始めたものの、実際にやってみると寿司を握るのはかなり難しかった。どんなに頑張ってもシャリっぽい形にならず、毎回ぼろぼろの寿司のっけご飯ができる。


「食べられればいいよね」と自分に向かって言い聞かせる私に頷いて同意してくれる他の3人は、私より遥かに器用な手つきで綺麗な寿司を作っている。


「何だか少し甘い香りがするわね」


 イカ寿司を握っていたジョーダンがすんすんと鼻を鳴らし、「チョコを作ってたのよ」とちょうどシャリを作り終えたミシェルが答えた。


「俺にくれるんだな? さては」


 タケオがエビをシャリに乗せながら尋ねたがスルーした。


「ミシェルと私で食べる予定だったんだけど、せっかくだからみんなでデザートに食べよう」と提案したら、ジョーダンは「賛成!!」と嬉しそうに左手を上げた。


「スシっていうのは、日本の漢字で魚に旨いと書く。だから何だってわけでもないが」


 綺麗なエビ寿司を作り終えたタケオが豆知識を披露する。


「日本の漢字って難しいわよね。英語にはそういうのないから楽」


 ミシェルがそう言いながらパックの中に並んだオレンジ色のサーモンの切り身を手に取った。


「漢字がなくなったらなくなったで困るんだよな、全部ひらがなってのも読みにくい。例えるなら英語のアルファベットが全部大文字になるみたいな。ちょっと違うか」


 タケオが自分で言って首を傾げる。


「見て、私は今日こんなTシャツを着てきたわ!」


 ジョーダンが何の前触れもなく、上着のバーガンディのセーターを脱ぎ始めた。現れたのは白い字で『茄子』と大きく書かれた黒のTシャツだった。


「どこで見つけたんだ? それ」


 タケオがまたいつものように表情を変えずに訊いた。


「友達から貰ったの。これってどういう意味なの?」


 ジョーダンが興味津々で尋ねると、「eggplant"ってゆう意味だ」とタケオが淡々と答える。


「何よそれ!! てっきり格言か何かかと思ったじゃない!! 何よ茄子って。野菜じゃない、ただの!!」


 ジョーダンはかなりショックだったらしい。


「畑に植えられた茄子のように雨風に負けずに強く生きろって意味よ、きっと」


 私の当てずっぽうな解説にジョーダンは、「なるほどね、納得……。ってならんわ!!」と巧みなノリつっこみを披露する。


 こんな感じで賑やかな寿司作りは夕方まで続いた。


 寿司が出来上がり皆でテーブルを囲んで食べていると不意にタケオが切り出した。


「チャドはロマンドールで外国語映画賞を取りたがっているが、そのためにはラストシーンをもっとインパクトのあるものにするべきだと思うんだ」


「ミュージカル風なのは無し」


 透き通った紅い鰹の寿司を醤油につけながら即答する。ミュージカルは正直苦手だ。


「いいじゃない、ミュージカル。私は好きよ」


 ジョーダンが醤油さしを手にとって皿に継ぎ足す。


「だけど、あの映画に感動のラストって難しいわよ」と言いながらふとリビングのテレビに目をやる。画面では明らかに服の中にボールか何かを入れているだろうと思われるわざとらしいほど腹が膨らんだスチュワーデスが、スーツ姿の男に何事か喚き散らしている。


 いっそスペインドラマ風の脚本にしてしまうのもいいのではないか。そう思いついた私は次の筋書きを提案した。


 メイドのポーラは捨て子だったが実は伯爵と不倫相手マツエの子で、マツエが子を孕っていることを知らずに別れた伯爵はポーラが実子ということを知らなかった。マツエは出産後貧しさのあまり赤子のポーラを修道院の前に置き去りにするが、20年後のある日偶然修道院を訪れた際、ポーラが現在伯爵の家でメイドとして働いていることを神父から聞かされる。


 マツエはそのとき病気で余命1ヶ月だったためポーラと腹違いの兄であるゴンゾウにポーラを見守ってくれるように頼み、そのひと月後に命を落とす。そしてゴンゾウは伯爵宅で働き始める。ゴンゾウがいつもポーラを見つめていた理由ーー。それは妹の身に何か危険なことが起きぬよう見守っていたのだった。真実を知ったポーラは、殺人を企てていると疑いをかけられてクビになったゴンゾウを探しに行くが、彼を探し当てたときゴンゾウはサンマ船に乗り込む直前だった。


 そこまで話すとジョーダンは「いい話ね」とハンカチで目頭を抑え、ミシェルは「泣けるわ」と鼻を啜り、タケオは「いいんじゃね?」と1つだけ余った海老を尻尾ごと口に入れた。


「そこに警察がやってきて、サンマ船が実はヤバい奴らが人身売買に使うための船だったと分かった。ヤバい奴らが船から引き摺り出されている間、ゴンゾウはどさくさに紛れてサンマ船から降りて逃げ出す。そしてポーラとゴンゾウは和解し一緒に暮らすことになる。そこでミュージカルが始まるってのはどう?」


 ジョーダンはどうしても歌って踊って要素を取り入れたいらしい。戯けて即興の歌をミュージカル風に歌い出したジョーダンと、手を叩いて笑うミシェル。


「ミュージカルは却下」


 即座にミュージカル案を切り捨てようとした私に対しタケオが反論を述べる。


「いや、ミュージカルはいいぞ。この世の中には明るさってやつが必要だ。最後をミュージカルにするってのは明るさを体現する意味でいい考えだ」


 私にはタケオの言うことが何だかよく分からない。明るさが必要というのは理解できるが、絶対にミュージカルにする必要があるのかが疑問だ。とりあえずチャドとルーカスに相談してみようという話になってそのミーティングは終わった。


 その後出来上がったトリュフをデザートに4人で食べた。私の身体に異変が起きたのは食べ終わって20分ほど経った頃だった。体温が上がり頭が朦朧として、私は呂律が回らない口で訳の分からない発言をしまくるうち、次第に自己否定的な感情が湧いてきて抑えられなくなった。


「え〜……私は〜ダメ人間です!! ザ・人間の屑!!」


 悪酔いしたおっさんのように右手を上げて叫びテーブルに突っ伏す。


「この子、ブランデーに酔ってるわ」


 耳にジョーダンの声が入ってくる。私は酔ったのか、そうか。元々体質的にお酒に弱いうえ、普段ほとんど飲まず耐性がないから少しのブランデーでも酔うのか。どおりでさっきから頭がぐるぐるするし、感情がコントロールできなくて言動が支離滅裂なわけだ。


「規定量より多めのブランデー入れちゃったのよね」


 ミシェルが気まずそうにつぶやき、「にしても、こんなベロンベロンになるか?」とタケオが怪訝そうに言う。


 不意に過去にあった様々な苦い思い出が蘇る。ブランデーによりぶっ飛んだ理性を修復する努力はもはや放棄していた。私は再び顔をあげ大声で叫んだ。


「演技の才能もなければ容姿もスタイルもイマイチ! そういや誰かに言われたな、『Spice Girlsに例えるとお前はプレーン・スパイスだ』って。なんだプレーンって、ヨーグルトかっつの。もはや味すらねーわ」


 捲し立てるように言って缶のジンジャーエールを一気飲みする。


 ちなみにSpice Girlsとは20年以上前に大ブレイクし、ビートルズに匹敵するくらいの人気を博した伝説的女性グループだ。メンバーの一人一人にはその性格や特徴に応じてスポーティー・スパイス、ベイビー・スパイス、ジンジャー(赤毛の)・スパイス、スケアリー・スパイス、ポッシュ(ツンとした)・スパイスという愛称がつけられていた。アイドルという存在自体が稀少だった当時、その状況を逆手にとって大成功を収めたのが彼女たちだった。


 中学のとき放課後何人かで教室に残って話をしているとき、お互いをSpice Girlsに例えるならどのメンバーかという話になった。その仲間の1人が私を指して言った言葉がそれだった。プレーン・スパイスというのは、『面白みのない人間』という意味の、私に対する皮肉だったのだろう。


「リオ、あなたはお世辞じゃなくてめちゃくちゃ面白いわよ。一緒にいてすごい楽しいし、ドライに見えて実は友達思いだし、綺麗だしお洒落だし最高の友達よ。そんな奴の言うことなんて気にすることないわ」


 ミシェルは必死に励ましながら私の背中をさすった。


「ニコルには着てたTシャツを笑われたわ。サルサのTシャツを笑うなんて何様だっつーの! お前の顔のプリントされたバスマットがあったら一生踏んづけてやる!」


 ジンジャーエールの空き缶の底をテーブルに打ち付けながら毒づく私にジョーダンが優しく声をかける。


「ニコルは誰にでもあんな感じよ、やんなっちゃうわ。だけどリオ、あなたはゲームも上手いし、天才的なゲーマーだし、殿堂入りレベルの腕前を持ったプレイヤーよ。もっと自信を持って」


 ジョーダンの台詞は結局、すべて『ゲームが得意』という一文に集約される。次にタケオが口を開く。


「それにお前は……ええと……」


「いいわよ、無理に褒めなくたって」


 これ以上褒めるところが見つからず困った様子のタケオに向かって言う。だが直後タケオは閃いたような表情を浮かべた。


「お前はさり気なく人を思いやれるじゃないか。ルーシーが言ってたぞ、お前は凄くかっこいい奴だって。日本語に『イケメン』という言葉があるが、お前はまさしくそれだ」


「何? イケメンって」


「『イケてるメンズ』という意味だ。だが最近ではかっこいい男性だけじゃなくて女性を指して使うことも増えたな。見た目だけじゃなくて中身を指して言うこともある」


「なるほどね。他にルーシー何か言ってた?」


 おっさんに絡んでいく若い女。側から見たらかなりおかしな図だ。


「お前と結婚したいとよ」


「本当!?」


「嘘だ」


 私の『本当!?』からタケオの『嘘だ』まではほんのコンマ1秒ほどだった。この超短時間の間に噴出した喜びは瞬く間に泡と散った。


「ふざけんな!」


 叫んだあとで、何故私はこの短い時間でルーシーのことで一喜一憂したのだろうと考える。ルーシーにカッコいいと褒められるのはとても嬉しい。心がゴム毬になったみたいだ。つまり今にも飛び跳ねそうという意味だ。


「さてはルーシーのことが好きなのね、リオは」


 ジョーダンがニヤニヤ笑いを浮かべながら言った。


 私はそこでバッテリーの切れたアンドロイドのように静止した。



 私がルーシーを好き?


 

 好き?


 

 Like?


 

 Love?


 


 ルーシーのことを好きか嫌いかと問われたら、もちろん好きだ。だがそれが友達としての好きなのかと問われたらよく分からない。


「どうしたの? リオ、大丈夫? 応答せよ!」


 ミシェルが私の顔を覗き込み目の前で手をひらひらと動かした。


「好きってどういう気持ち?」


 私は誰にともなく尋ねた。


「そうね……。自然に相手を目で追っちゃったり、側にいると何話していいか分からなくなったりするわ」


 ジョーダンが先陣を切って答える。


「相手のことを放っておけないとか、何かをしてあげたくなっちゃうとか? あと無条件に会いたい、話したいって思うよね」


 ミシェルが続く。


「例え凄く嫌なことでも……ヨガやピラティスでも、相手がやりたいと言えば一緒に行こうと思うな、俺の場合」


 タケオが腕組みをして言う。


 全て当てはまっている。


 ルーシーが近くにいると、いや、遠くにいたとしても無意識に見てしまう。


 何故だかルーシーを放って置けなくて、泣いている顔を見ると心がざわめいて何とかして笑わせなければと思う。


 話したいことは沢山あるのに、側にいるとまるで話題が頭から抜け落ちたように見当たらなくなる。


 ルーシーといると不思議と気持ちが安らいで、ずっとこうしていたいと思う。


 もし彼女がミュージカルを観たいと言えば一緒に行くだろう。


 そうか。


 

 そういうことか。


 

 今までこの不可解な感覚について深く考えたことがなかった。  


 

 あえて考えないようにしていたと言ったほうが正しい。


 

 だけど今答えが出た。









    

    私はルーシーが好きなのだ。






 


 まるでネジの外れたパペットのようにぼんやりとしている私にジョーダンが声をかけた。


「私はずっと気づいてたけど、あなたは自分の気持ちに気づくのがかなり遅かったみたいね」


 この胸の高鳴りも、火照る身体も、心が締め付けられるような感覚も、全てトリュフに入ったブランデーのせいと言い訳が出来たら良かった。これは酔いとは違う。少し似ているけれど違う。酒に酔っても、こんなに苦しくはならない。


「マジ? ねぇ、マジで好きなの?」


 ミシェルが何故か目を輝かせて私の肩を揺する。私はミシェルの方を見て、ゆっくり一度頷いた。





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