31. 謎の少女

 その少女はホールの裏口から巧みに警備を掻い潜って、クレアの楽屋の前までやって来た。


 その日はロンドン芸術ホールで開催されたミュージカル公演の最終日で、クレアは千秋楽を大成功のうちに終え楽屋でほっと一息ついていた。


 にわかに外が騒がしくなり、クレアは耳をそばだてた。女の子と男性2人ーーおそらく警備員が言い争うような声が聞こえてきた。


 一向に騒ぎが収まる様子はなく、心配になったクレアは外に出た。楽屋の前では自分と同い年かいくらか年下くらいの知らない女の子が、警備員2人と何やら揉めていた。


 少女が警備員2人に挟まれ両脇を抱えられ追い返されそうになっていたところに、クレアが声をかけたのだという。


「そこの女の子、待って」


 クレアは少女に手招きをし、険しい顔をした警備員に彼女と自分は友達なのだと嘘をついた。クレアは厳格な両親から客を特別扱いすることは許さないと口酸っぱく言われていたにも関わらず、その少女を楽屋に招き入れたのだという。


 何故だかその子と話してみたくなった。そうクレアは言った。彼女はラフなジーンズ姿で素朴な顔立ちであったが、雪のような白い肌に明るいベージュの短い髪、ビー玉のように輝く大きな緑色の瞳をしていた。


「あなたは可愛いから特別」


 クレアはそう言って、テーブルの上にあったショコラブラウニーを彼女に差し出した。彼女はそれをあっという間に平らげお代わりまでした。話を聞いてみたところ彼女はクレアの熱狂的なファンというわけではなく、ただ大切なことを伝えるために来たのだという。その大切なことについてクレアは「機密事項だから」と悪戯っぽく笑うばかりで、一度も口を割らなかった。


 クレアは翌日、父と母に出かけてくるとだけ言い残してホテルを抜け出し、彼女と一緒に大英博物館や図書館を見学し、図書館の側のカフェで食事をした。別れ際、クレアは辺りに誰もいないことを確認して彼女にキスをした。それがファーストキスだったと、クレアは締め括った。



「ロマンチック!」


 クレアの初めてのキスの話を聞き終えたミアとルーシーは、眩いばかりに目を輝かせている。


「だけど意外。ガードが固いあなたが気に入った女の子を楽屋に入れて、デートまでしちゃうなんてね」


 ミアがニヤニヤ笑いながらクレアの脇腹を肘で突いて冷かした。


「案外プレイガールだったりしてね」とルーシーも続く。


 クレアは恥ずかしそうに首を振った。


「あのあと楽屋に一般人の子を勝手に入れたことと、嘘をついて2人で遊びに行ったことが両親にバレてこっぴどく叱られたわ。いくら彼女に惹かれていたとはいえ、芸能人として軽率なことをしたと反省した」


 クレアは苦笑いを浮かべ肩を竦めた。その後も彼女とは良き友人として付き合いが続いているのだと説明したあとで、クレアはルーシーにクッションを渡してお題を告げた。


「あなたがこれまでした悪戯で、1番悪いやつを教えて」


 ルーシーは過去に思いを馳せるような遠い目をしたあと、何かを思い出したみたいにふっと微笑んで話し始めた。

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