4. 撮影風景

 ケイシーは先ほどから、しつこく演技についてのダメ出しをしてくる。演出家や監督ばりのダメ出しに半ばうんざりしながら答えていると、自分の出番を一旦終えたクレアがやってきた。シルバーの艶のあるストレートヘアに若草色というペリドットのような不思議な瞳の色をしたクレアは、静謐で知的な空気を纏っているが、話すと案外気さくで面白いから好きだ。圧倒的な才能と知名度を誇りながら、スタッフにも共演者にも分け隔てなく親切に接する彼女を嫌いな人はきっといないはずだ。


「ケイシー、あなたはちょっとリオに絡み過ぎよ。まるで特別な思い入れでもあるんじゃないかってくらい」


 クレアはケイシーの肩にそっと手をやり、いつものおっとりとした口調で嗜めた。


「ケッ、こんな女に思い入れなんてないわ!」


 ケイシーは吐き捨てるように答えた。彼がこんなに不機嫌な理由は、先ほど私がついたジョーダンに関する嘘を本気にしているからに他ならない。彼は私に嫉妬をしているのだ。元々私とジョーダンはプライベートでも仲が良くて、ご飯に行ってファッションやメイク、ネイルなどに関するアドバイスを貰ったり、個人的な悩み事の相談をしあったりゲームなど趣味の話をしたりしていた。ケイシーはそれを知っているから余計に、ジョーダンが私となら付き合っても良いと言ったという嘘が真実じみて聞こえたに違いない。


 ケイシーは散々嫌味を言って気が済んだのか、仲の良い男性スタッフの元へ駆けて行った。


「ケイシーは私のことが嫌いみたい」


 ぽつりと漏らした私にクレアは優しく微笑みかけた。


「あなたがあんまり綺麗でスタイルも良いから、嫉妬してるのよ」


「絶対違うね。あぁ、早くジョーダン帰ってこないかなあ〜」


 ジョーダンが帰ってきたら、ケイシーがジョーダンのことを馬鹿だと言っていたと告げ口してやろう。そんな小学生のような意地悪を思いつく私は、かなりレベルの低い人間なのかもしれない。


 そうこうしているうちにクレアとの掛け合いのシーンの撮影が始まったので、私は頭を芝居モードに切り替えることにした。



♦︎



「アクション!!」


 監督の一声で私とクレアの出演シーンの撮影が始まる。この場面は、クラウディアと幽霊の私が同じ家のリビングにいながらすれ違うという重要なシーンだ。


『テイラー、あなたは一体どこにいるの? レットにはあなたが見えるのに、私はあなたの姿を見ることも、触れることすらも叶わない。私は今、あなたのことをこんなに必要としているのに……」


 クレアは芝居モードに入った途端、普段の穏やかな性格とは一転、全く違う顔を見せる。彼女はその悲哀に満ちた表情と口調で、事故で幼馴染を失った悲しみを切実なほどに訴えかけてくる。クレアがクラウディアになると現場の空気がガラッと変わり、他の俳優たちや監督やその他撮影を見守るスタッフも、水を打ったような静寂に包まれる。


『クラウディア……私はここにいる。前みたいに話したり触れることができなくても、あなたをずっと側で見守っている』


 クラウディアに近づくテイラーーーそしてここはCGの出番だがーー抱きしめようとするもクラウディアの身体を擦り抜けていく自分の腕に愕然とする。そのシーンで予想通りのカットが入る。


「ダメダメ、ぜんっぜんダメ。リオ、君には情感ってものが無いのか? クラウディアを愛しているのに声が届かない、姿が見えているのに触れられないっていうどうしようもない気持ちを、もっと切々と表現できないもんかなぁ〜?」


 緑色の折り畳み椅子に腰掛けたジェイソン監督は、長く伸びた髭をさすりながら私に向かって筒状に丸めた台本を突きつけた。


「大体にして、テイラーはクラウディアを愛してるんですか? 初耳なんすけど」


 そんなこと脚本には一つも書かれていなかった。すぐ隣にいるクレアも「私も初耳」と小声でつぶやいている。


「アレ? 言ってなかった? そういう設定に変わるんだよ。君らは実は愛し合ってたんだけど、距離が近過ぎて気づいていなくて、テイラーが死んでしばらくしてから気づくんだよ。な、そうだよな?」


 監督が脚本家のメーガンの方に視線をやると、メーガンは怪訝な表情を浮かべ「そうでしたっけ?」と首を傾げた。他のスタッフも互いに顔を見合わせながら首を傾げている。脚本家のメーガンも知らないのなら私とクレアが知る由もない。そもそもクラウディアとテイラーは『幼馴染であり親友』で、それ以上の特別な感情があるとしたら人間愛であろうというのが、私とクレアの間の共通認識だった。それを覆すような設定変更を急にする監督はかなり無茶苦茶であるとしかいえない。


「とりあえず、そういうことだからよろしく」


 有無を言わせない勢いで撮影が再開され、その後監督や演出家からこてんぱんに演技のダメ出しを受けた私は、楽屋に戻ったときこれでもかというくらいに不貞腐れていた。そもそも人を好きになったことのない私に愛するという感情が理解できるはずがないではないか。クラウディアを愛しているテイラーに感情移入など出来るはずがない。自信を無くしている私の元に、タイミング良く友人でモデルのミシェルからLINEのメッセージが届いた。


『これからウミの家のパーティーに行くわよ!』


『ウミって……あの"Umi"の?』


 Umiとは、日英ハーフの超人気シンガーソングライターのことだ。彼女は小学生の頃からシンセサイザーを利用して作曲をし、主にYouTubeやSNSなどインターネットを中心に楽曲を発表していたが、音楽関係者の目に留まり16歳の若さでCDデビューを果たした。若者を中心に圧倒的支持を集める彼女の出す曲のほとんどがビルボードやiTunesのチャートで1位を獲得し、ミュージックビデオの再生回数は1億回を超えることが当たり前になっている。彼女は『次世代ポップアイコン』と呼ばれ、もはやカリスマ的存在となっている。


『決まってるじゃない。前に言ったでしょ? ウミと私は知り合いだって』


 ミシェルから返されたメッセージを読む。これから生のUmiに会えるなんて夢のようだ。しかし、ミシェルと違いウミと面識のない私が彼女の開催するパーティーに参加していいものか。


『私参加していいの? 誘われてないけど』


『いいと思うわよ? 別に参加者名簿とかあるわけじゃないし、私の友達だって言えばOKでしょ』


『了解。てか、ウミの家ってどこにあんの?』


『今地図送るわ』


 ミシェルから送られてきたマップを見る限りだと、ウミの家はこのスタジオから車で15分もかからない場所にあるらしい。これからあのビッグスターに会えるなんて信じられない。楽しみな気持ちとともに、緊張で心が張り詰めるのを感じた。おかげで撮影中に蓄積されたストレスなど、このときの私はすっかり忘れていた。

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