追憶06 邂逅(僧侶、JOU)

 拙僧せっそう、名はJOUジョウと申します。

 長らく、る宗派の僧侶として務めておりましたが、解脱のすべをVRMMOの世に求め、ここへ流れついたのです。

 VRMMO……取りわけ“死にゲー”なる世界は、精神を肉体から切り離し、現実には不可能な荒行を可能としました。

 時代は、僧侶の修練の在り方にも変化をもたらしつつある。拙僧は、そう考えております。

 無論、それを異端と糾弾する言葉を投げかけられた事もあります。

 やはり拙僧もまた、未熟な人の子。異端とされた言葉に苦しみ、懊悩おうのうし、されどそれを我がものとせねばならないのです。

 拙僧の理念を異端とする言葉。

 それもまた“異端”と決めつけてはならないのです。

 

 こたび、HARUTOハルトと言う方が統率するパーティに加入しました。

 “矮鬼わいきの掃き溜め”と、あまりに口さがない名をつけられた、岩壁の地下迷宮を攻略しておりました。

 割合拓けた広間にて、我々はインプと呼ばれる小さな存在の多数に包囲されました。

 先日、HARUTOハルト達は山のような巨体の単騎と交戦したと聞き及んでおりますが、この世界ゲームにおける“死闘”とは、強大な“個”とのそればかりではありません。

 このような、おびただしい数の相手とも、渡り合わねばならない。

 インプたちは、各々、糞尿を塗りつけた刃こぼれの小剣だとか、錆びついたノコギリだとか、膂力りょりょくとは別次元の害意をもった武器を握っています。

 このままでは、我々はたちまち数の差で潰され、悲惨な骸となって転がることになるでしょう。

 とにかく、このような多勢に無勢の状況下は、拙僧の出番であります。

 虚空に手をかざし、実体なき秘文字を顕現させます。

 そして手元で印を結び、世の根源に語りかけ、想起します。

 連なる秘文字がまたたくまに熱をおびて、それは意思ある焔と化しました。

 直接触れずとも、我々の肌を軽く炙るほどの熱が伝わりますが、それ以上の害はありません。

「熱っ! あちちちち! 熱いよう!」

「この程度で大袈裟な。我慢しろ」

「わたしも結構、肌がヒリヒリしてきて……とはいいにくい空気……」

 インプ。

 もとは実りの魔術を意味する、無垢な妖精にすぎなかったでしょうに。

 時代と共に解釈を変えられ、小さな鬼・悪魔のレッテルを貼られてしまった。

 持たざる中で、外敵をえぐり、傷口を腐らせる陰惨なやり方で戦うしか許されない、なればこそ恐るべき者たち。

 これらの“個”にとっては憐れではありますが、これも流動する摂理です。

 “輪廻の灯り”。この拙僧がそう名づけた焔の帯が、意思あるように仲間たちを避け、けれど、我々を包囲するすべてのインプを包み込みました。

 対象の魔法抵抗力レジスト能力や物質的な性質にもよりますが、尋常の生物であれば二秒程度で骨まで炭化する熱量です。

 インプたちを還した瞬間、焔は実体なき秘文字に戻り、霧散しました。

 このような場所で燃焼を続ければ、我々も焼けないまでも酸欠におちいってしまいますから。

 今、お見せした術は手札の一つにすぎませんが。

 拙僧の、パーティにおける役割とは、このように“多”を想定した面制圧にあります。

 他のゲームにおいては“魔術師”と呼ばれる立ち位置でありましょう。

 “僧侶”とは通常、治癒能力の担い手ではないのか、と思われるかもしれません。

 しかし、この世界“クレプスクルム・モナルカ”での自作スキル判定は、あくまでもプレイヤー本人の本懐に依存します。

 拙僧としては、治癒魔法など、生老病死から目を背ける逃避に他なりません。

 宗派によっては、治癒の奇跡とは神子の力。やはり、一介の僧侶が用いるには不遜とされるはずです。

 この世界にも相当数のプレイヤーがいて、拙僧のように現実で僧籍にあった方も多々いらっしゃいます。

 拙僧が知る限り、この世界で“僧侶”を名乗る方は誰一人として回復魔法を用いてはおりませんでした。

 だからと言ってHARUTOハルトAOアオがそれを用いる事に異論もありません。彼らは純粋に自分や仲間を守るためにそれを修めた。これを逃避や傲慢とは考えません。

 この世は、こうした矛盾に満ちていて、円環のように閉ざされているものです。

 

 さて。

 この世界ゲームに挑む以上、彼らも当然わかってらっしゃることでしょう。

 最終ボス、黄昏の君主を下したプレイヤーは、この世界の支配者として認められる。

 言い換えれば、このクレプスクルム・モナルカの世界を構成するプログラムを意のままに書き換え、どんな世界に変える事もできる。

 専門的な知識こそなくとも、運営AIとの対話形式で、どんな望みも正確に叶えられてしまう。

 それこそ“神”のような存在となって、一生、一つの世界で思いどおりに生きられる。

 彼は、彼女らは。

 それを、どう考えておられるのか。

 いまだ短い付き合いですが、拙僧から見て、このパーティは黄昏の君主に届き得ます。

 拙僧は、それを見届けなければならない。

 特に。

 HARUTOハルトKANONカノンからは、気迫と言うには妄執じみた、危うい何かを感じられます。

 若者たちが、道を踏み外そうとしているかもしれない。

 思いのほか、長い付き合いになりそうです。

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