4-6 真相

「こいつら何なの!?地元民でもないのに、そんな荒業で追って来るなんて!」


 春哉さん達がここまでやってきたルートを聞き、莉央奈ちゃんは驚愕する。


「鉄オタにとって厚別ダッシュは有名な手段だよ。さて、美柚ちゃんをさらったからには、あなたの今までの犯行も暴いてみせるよ」


 一息ついて、春哉さんは自身の推理を周囲に語り始めた。


「あなたは美柚ちゃんに強い殺意を持っていたが、地元周辺では身近な人にバレやすいと考え、周囲に犯行が探られにくい修学旅行先で計画を決行するつもりだった。

 しかし、万が一殺害できなかったときの保険として、美柚ちゃんの将来にダメージを与えられるよう、菊江さんの襲撃事件を起こして、その罪を着せようとしたんだろう。

 あなたはボランティアの名目で菊江さんの家に出入りし、毎週同じ曜日に見回りを続けていた。そこで、何個もつけている鍵を一ヶ所にまとめていることに気が付いた。

 普段使わない鍵が一個なくなったところで、すぐには気付かれないと踏んだのだろう。裏口の鍵がどれなのか調べた上でこっそり抜き取り、次の週に訪問するまでの間に合鍵を作った。

 美柚ちゃんが訪ねる前日に、火曜の夜分の薬包をお薬カレンダーから抜き取り、シーラーとピンセットを使って寝る前の薬1錠を、西条さんから受け取った薬物1錠をすり替え、見かけ上は同じ薬剤が同じ数あるように工作した。

 そして、修学旅行前夜、作った合鍵で裏口から侵入し、菊江さんがぐっすり寝ていることを確認し金庫に隠してあった現金を奪ったという訳だ」


 ふと疑問が浮かび、口を挟んで彼へ問いかけた。


「でも、永山から菊江さんの住む旭川四条まで列車で10分ほどかかるので、歩くには相当な距離があります。親に黙って家を抜け出したとしても、出発前夜にそんなことできますかね?」

「・・・・・・そうよ!それに、当日の朝は永山からの始発が遅くて、7時半の集合時間に間に合わないから、前夜は学校近くにある同じグループの子の家に泊まっていたのよ。嘘だと思うなら本人に聞いてみればいいわ!」


 私に同情する形で莉央奈ちゃんは反論するも、春哉さんは全く動じない。


「いくら夜更かしする高校生でも、修学旅行の前夜くらいは早い時間に休むはず。それを踏まえて、グループの子が寝静まったころに西条さんを近くに呼び出し、こっそり家を抜けて送り迎えしてもらったんだろう。そのことで友人に怪しまれにくくなるし、自分が休む時間もより長くとれるしな」


 莉央奈ちゃんはうろたえつつも、彼に無言の圧力をかけ続ける。


「元々莉央奈さんは予告なしで犯行するつもりだった一方、西条さんは事件の原因として薬局側に過失があると見せかけるために、美咲さんがいる職場から学校宛に脅迫文をFAXした。

 だが、結果として折原先生とそのお兄さんの折原郁人の行動によって、美柚ちゃんは誘拐されるという予想外の展開になったために、結果として殺害という当初の目的を実行できなかった。

 それでも、目論見通り菊江さんの事件で美柚ちゃんを容疑者として仕立て上げ、世間的に彼女の株を落とすことには成功した。

 その後、大阪で話題の若手占い師の存在をSNSで知った莉央奈さんは、その占い方が美柚ちゃんと酷似している口コミを見て、彼女がまだ生きているのではないかと悟った。

 冤罪を被らせたとはいえ、遠く離れた地にまだ生きているのなら始末しておきたいという気持ちに駆られ、遥々大阪まで行ってビルに放火したんだろう」


「でも、油のような臭いはしなかったって美柚ちゃん言ってたし、どうやって火をつけたの?」


 今度は夏帆さんの疑問に対して、春哉さんは冷静に答える。


「ニュースで見聞きした現場の状況からして、消和反応を使ったんだと思う」

「消和反応?」

「美柚ちゃんが一昨日食べた駅弁で、紐を引っ張ったら蒸気が出てきて温かくなったやつだよ。その反応自体は発火しないけど、反応中の温度は100℃以上になる。引火しやすい消毒用アルコールでも建物周辺にばら撒いて、それなりの量の乾燥剤を置いて水をかければ、ライターとかがなくても火をつけられる。火事現場で見つかった白い粉状の物体というのは、反応でできた消石灰だろう」


 なるほど、そういうことだったのか。春哉さんの説明に納得がいく。


「この方法で確実に殺せたと思ったが、美柚ちゃんが大阪を離れて俺たちと移動していることをニュースで知った。

 そこで、自身のアカウント『Nala』からハッシュタグを付けて、不特定多数のアカウントから居場所を探した。

 追加で西条さんからも美柚ちゃんがどこから連絡をよこしていたかを聞き出し、これらの情報を基に俺たちを追跡してきた。

 美咲さんのスマホの調子が悪くなったと言っていたのも、薬局で西条さんが何かしらの細工をスマホに仕掛けて、俺たちが必然的に職場へ電話をかけざるを得ない状況を作ったからだろう」


 春哉さんが一通り推理を言い終えると、警察や周囲の野次馬も莉央奈ちゃんへと厳しい視線を送り付ける。彼女は声を震わせつつも抵抗を続けた。


「・・・・・・お、憶測ばかりでそんないい加減なことを言わないでよ!私がそんなことをしたっていう証拠でもあるの!?」


 すると、今度は自信ありげに稔さんが、彼女の元へ詰め寄った。


「ここに向かう快速列車の車内で、俺らの知り合いから連絡があったんだよ。

 菊江さんの家にあったものを警察が再度調べた結果、シーラーからあなたの指紋が検出されたらしい。

 ピンセットには菊江さんとご家族の指紋もあったようだけど、先端に付着した粉体を調べれば、記憶障害を起こした薬物と一致するだろ」


「そんなの、あのお婆ちゃんの身内がすり替えた可能性だってあるじゃない!それだけじゃ私がやったって言うには不十分でしょ」


 フンどうだと言わんばかりに、莉央奈ちゃんは鼻で笑う。

 しかし稔さんは動じず、別のカードで揺さぶりをかけた。


「それだけじゃない。莉央奈さん、あんたとは昨日一ノ関でも会ってるんだよ。この占いの紙を拾ってくれたのはあんただよな?」


 私が折原郁人を占った時の紙を彼は見せる。彼女は一瞬ぎょっとしたものの、「はぁ?何のこと?」ととぼける。


「そのときに気がついたけど、乾燥の時季でもないのに、右手がひどく荒れていた。放火した後に手荒れを起こしたからじゃないのか?」


「・・・・・・!!」


 稔さんに続き、春哉さんも畳み掛けに入った。


「生石灰は手についた場合、手を洗う前に粉をしっかりと払う必要がある。おまけに火災当時、大阪は未明から雨が降っていた。

 現場で生石灰を直接手で触ってばらまいた後、周囲の防犯カメラに顔が見えないようにレインコートを着て逃げたようだけど、その時に手が雨に濡れて化学火傷を起こしてしまったんだろう。

 もしそのレインコートにも生石灰がある程度付着したとしたら、雨でぬれた際に反応熱で生地が溶けてしまう。この占いの紙にも貴方の指紋は付いているから、稔と会っていることは間違いないだろう。それに、家に帰らず今まで俺たちを追っていたのなら、その荷物の中にレインコートがまだ入っているはずだ」


 春哉さんが険しい目つきで、莉央奈ちゃんのキャリーケースを指さす。彼の指摘を受け、「お荷物を確認してよろしいですか?」と空港警察が問いかける。

 すると、莉央奈ちゃんは膝を落としてうなだれた。


「そんな!完璧な計画だと思ったのに・・・・・・」

「どうしてそこまでして、美柚ちゃんに手をかけようとしたの?」


 夏帆さんが問いかけると、莉央奈ちゃんは獲物を狙う獅子のように私を睨みつけてきた。


「・・・・・・この子に、私の人生を狂わされたからよ!」


 中学時代からの付き合いになるが、こんな風に彼女が豹変したところを私は見たことがない。今にも噛み付いてきそうな勢いに、思わず怖気ついてしまう。


「中学時代、私のほうが勉強もスポーツも得意で、もちろん内申点だって私が上だった。美柚は成績は普通で、占いぐらいしか特技がなかった。なのに、推薦入試の校内選考では、どういう訳か彼女が選ばれた。そのせいで私は普通に受験するハメになって、推薦が通らなかったのは努力が足りなかったからだって親からもこっぴどく叱られたのよ」


 そうだったのか。推薦入試の校内推薦をダメ元で出願したところ合格したときは、何かの間違いではないかと私自身も驚いた。周りの友人たちは喜んでくれたが、その一方で彼女が苦しんでいたことには気づかなかった。


「悔しさをバネにして頑張ったから試験には合格したけど、いまの高校に入学した後も私への仕打ちは続いた。

 私は一年生のときから、サッカー部の瑛斗くんのことが大好きだった。勇気を振り絞って告白したけど、彼は美柚に片想いしていた。

 その後、瑛斗くんもあなたに告白したそうだけど、お断りしたみたいじゃない。それ以降、恋愛に億劫になってしまった彼はサッカーに打ち込むようになって私に振り向くこともなかった。

 おまけに、この前の進路希望調査では美柚と大学の志望学科まで一緒だった、って噂も聞いた。

 いつも美柚が邪魔してきて、目障りだった。私の将来をこれ以上邪魔されたくなかったから、彼女を始末するしかないって考えたの。親戚の西条さんに相談したら、薬物の取引をしているから協力してあげる、ってことで手を組んで、綿密に計画してきたのよ。あなた達に邪魔される筋合いはないわ!」


「ふざけんな!!」


 頬を濡らしながら訴える莉央奈ちゃんを稔さんが一喝する。広い館内に彼の大声が反響し、ほんの一瞬だけ静寂を感じた。


「あんたの自分勝手な考えのせいで、美柚ちゃんを傷つけて、どれだけの人間を巻き込んだと思ってるんだ!あんたがしたことは、いずれ自分にも還ってくる。犯罪に手を染めて相手を堕とすような奴が、人の上に立つ資格なんてないんだよ!!」


 彼の叱責を受けて、吹っ切れたように莉央奈ちゃんはその場で大きな泣き声をあげた。

 彼女を占ったことは一度もないが、彼女にとって私は相剋の立場にあったのだろうと容易に察せた。

 関わりが薄かったとはいえ、彼女にとって私はよほど鬱陶しい存在だったのかと思うと、切なく悲しい気持ちになった。

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