3-3 #美柚ちゃんを探せ
先ほど乗ってきた4両編成から2両編成へと短くなった車内には、俺達同様に18きっぷを使っていると思われる旅行者が多く乗っていた。乗り換えの合間に夏帆はトシエへ連絡を取っていたようで、発車間際に車内へ姿を現した。
「おばあちゃんの様子、どうだった?」
「警察はついさっき帰ったって。下宿の部屋までは見られなくて、特に怪しまれなかったみたい」
「本当ですか?よかったです!」
「ひとまず安心だね。どうせなら、辻堂にも取り調べ受けて貰いたかったけど」
「まだ疑っているのか?助けてくれたんだから疑うのはやめろよ」
駅のすぐ北側にはどす黒い雲が広がっており、雨の匂いがほのかに漂う。
景色が見えないからスマホでもいじろうかとアウモンのアプリを立ち上げると、突然「何これ?!」と夏帆が声を上げた。周りの乗客も反応してこちらを見てくる。「すみません」と謝り彼女へ問いかけた。
「急にどうしたんだよ?」
「これ見てよ!」
夏帆のスマホを受け取り、俺たちは一斉に画面を覗き込む。
彼女が頻用するSNSのトレンドに『#美柚ちゃんを探せ』というワードが挙がっていたのだ。
タイムラインには宇都宮や金沢、長崎で見かけたという人違いの呟きもあるが、昨日通った長野や郡山で彼女を見たという事実の投稿もある。昨夜仙台で見たという投稿に至っては、乗ったのがたった一区間だけなのに、仙山線の車内で遠くから盗撮されていたのだ。美柚は左手で口を覆って絶句する。
「嘘・・・・・・、誰がこんなことを・・・・・・」
「ダラダラと進んでいられなくなったな。いっそのこと、新幹線で一気に進もうぜ」
昨夜1駅だけ新幹線を使った記憶を思い返しながら提案する。多少お金がかかってでも、より美柚の地元に近づけるのならば使わない手はない。しかし、春哉は慎重だった。
「新幹線はホームにも車内のデッキにも防犯カメラがたくさんあるから、かえって追跡されるリスクが高くなるよ。それに、新函館北斗から先はどちみち在来線使うことになるし」
「でも、ここに乗っている誰かに投稿されたら致命的じゃない?」
車両の端にいるので美柚のことを怪しむ人はいないようだが、この投稿を見つけてからは、乗り合わせている客全員が敵のように見えてきた。周囲を警戒していると、春哉が首をかしげる。
「それに、なんでこのタイミングなんだろう?」
「どういうことですか?」
「美柚ちゃんの見間違いじゃなければ、誘拐犯が俺たちを追って名古屋駅にいたのは一昨日の昼前だっただろ?同じ日の朝に琵琶湖線の新快速で目撃して通報した奴もいたし、遅くても一昨日の夜にこのワードがSNS上に挙がっていてもおかしくなかったはず。それなのに、タイムラインを遡る限り最初の投稿があったのは昨日の13:22。どうして時間が空いてから最初の投稿をしたんだろうな」
「昨日のお蕎麦屋さんで私たちが見たように、ニュースを受けて美柚ちゃんを助けたいって思った人が、善意で呟いた可能性だってあるのかもよ」
「『探せ』って命令形で終わっている時点で、善意で呟いたと俺は思えないな。『ウォーリーを探せ』じゃあるまいし」
俺もそう思う、と春哉も同情する。特定の人をSNSで追跡しようと企むなんて、悪質にも程がある。どんなに可愛い子と関わりたい俺でも、ストーカーを疑われるような行動は慎んでいるつもりだ。
「夏帆、そのハッシュタグを最初につけた奴のアカウントって調べられる?」
ちょっと待ってね、と彼女は画面をタップし、スクロールして一番下に表示された投稿を開いた。
「この人だよ。『Nala』っていう人みたい」
1匹の茶色い子猫のようなキャラクターをプロフィール写真にしているアカウントを開き、投稿の内容を確認する。
『生きていたみたいでよかった!どうか皆さんの力で、彼女を助けてくれませんか?よろしくお願いします!#美柚ちゃんを探せ』
「美柚ちゃんの周りで、このアカウント使ってる人の心当たりはある?」
そのアカウントの他の投稿もスクロールして確認する。修学旅行中に撮ったと思われる京都の風景も2カ月前に投稿されていたが、しばらくして美柚は申し訳なさそうに返答した。
「すみません、これを見る限りでは思い当たる節がなくて分からないです・・・・・・」
「そっか、それなら仕方ないね」
夏帆がなだめる。美柚はSNSをやらなさそうなタイプに見えるし、そう答えるのも無理はないだろう。
「Nalaのことは一旦置いとこう。そのハッシュタグの投稿は、直近でいつ投稿されている?」
春哉の問いかけに、夏帆は画面を行き来して調べ出す。多少は周りに配慮していたようだが、最新の投稿を見つけると再び声を上げた。
「ヤバっ!さっき東仙台で駆け込んだところを、改札前で見られていたみたい!」
「だとすると、次の乗り換えは特に注意しないといけないな」
春哉は時刻表を取り出し、新幹線の時間が書かれたページを開く。
一ノ関で次に乗る盛岡行き普通列車は、仙台9:36発のはやぶさ103号と接続が取られている。仮に誘拐犯が東北新幹線沿線に潜んでおり、俺たちが北へ進んでいる事を掴んでいたら、あっという間に追いつかれてしまう。
どうにか返り討ちにしたいと考えた俺は、3人へ提案した。
「次の乗り継ぎの合間に、新幹線から降りてきた客の中に誘拐犯が追ってきてないか、乗り換え改札の前で見張ろうか?」
「犯人の素顔は美柚ちゃんにしか分からないよ。一緒に連れて行きたいけどさすがに危険だし、できれば車両の端に座る席も確保しておきたいな・・・・・・」
「それなら、私と夏帆さんは先に普通列車へ乗っているので、夏帆さんのスマホからビデオ通話で確認するのはどうでしょうか?犯人っぽい人がいたら教えるようにします」
「それなら安全でいいかもな!犯人が降りてきたら、俺達でとっ捕まえてやろうぜ」
俺は意気込んで答えたが、春哉は「そう上手くいくといいけど」と不安げな顔をする。
先ほどまで土砂降りだった天気は岩手県に入ると嘘のように快晴へと変わり、一ノ関へは9:52に到着した。
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