2-9 8分ミッション

 跨線橋を渡って階段下の前に停まっていた、磐越西線の快速あいづ6号 郡山行きに乗り換える。赤と緑の帯を纏った銀色の車体が懐かしさを感じる。

 17:30に会津若松を出発すると、空腹が襲ってきた。


「せっかく会津にいたのに、何も食べられなかったの勿体なかったね」


 会津といえばラーメンやお蕎麦、ソースカツ丼など美味しい食べ物が沢山ある。特に喜多方ラーメンは小学校の修学旅行のときに初めて食べてから病みつきになり、私が麵好きになったきっかけでもある。それらを味わうことなく会津を離れたのは少し心残りではある。


「喜多方は逆方向だし、途中下車して食べてたら仙台着くのがさらに遅くなるだろ?夏帆のお婆ちゃんをずっと待たせる訳にもいかないし」

「郡山から新幹線でさっと行けばいいじゃん」

「福島行きの接続がいいのに、わざわざ高いほうに乗るのは勿体ないじゃん」


 稔はよほど腹が減っているのか、苛立ち始めてやや喧嘩腰に彼へ問い詰める。


「それじゃ、夕ご飯はどうするつもりなんだよ?」

「乗り換えの間にさっと買ってきて、車内で食べればいいよ」

「だったら、せめて駅弁食べたいな」

「郡山で何か美味しそうなお弁当はありますかね?」


 私だって、お婆ちゃん家に着くまで食事を我慢するのは勘弁してほしい。どこかお弁当が買えそうなお店はないか、弱い電波を頼りにスマホで調べてみる。すると、検索画面の一番上に海苔弁がヒットし、それを見た美柚ちゃんが興奮気味に答える。


「私、海苔弁大好きなんです!是非食べてみたいです!」

「まだ残っているかな?美柚ちゃんのためにも一応探してみるか」

「でも乗り換え時間8分だぞ?間に合うか?」


 さっきの会津若松での乗り換えが6分だったのに次は8分か。綱渡りの乗り換えが続くな。


「こういうのは、大体改札の近くに売ってるのが定石だろ?分担して探せば大丈夫だろう。どっちか買えそうだったら、すぐにグループラインで連絡よろしくね」


 稔が大口を叩く時は大抵うまくいかないときが多い。一抹の不安をよそに、すっかり夕陽が沈んだ郡山へ18:36に到着した。


 ドアが開くと春哉は新幹線の乗り換え改札口、稔は中央改札口へと勢いよく飛び出した。次の列車が停まっているホームへ繋がる通路の階段を探していると、美柚ちゃんが呼びかける。


「夏帆さん、ここにもいろいろ売っているみたいですよ」


 美柚ちゃんの指さす先にあったのは『当店はオールセルフ店舗』と大きく書かれた、無人販売のキオスクだった。

 外から狭い店内を覗くと駅弁こそ置いていなかったが、飲み物やお菓子、パンなどの小腹を満たす程度のものは売っているようだ。


「一応、簡単なものでも買っておこうか」


 そうしましょう!と美柚ちゃんも同意し、冷房の効いた店内へと入る。時間に余裕がないので、目についたパンにスナック菓子、それにサラダチキンを適当に買い揃えて無人のキオスクを後にした。


 4番線に停車している東北本線の普通 福島行きへ乗り込んだが、既にそれなりに乗客が乗っていたのでドア近くに立って2人が来るのを待つ。

 しかし、発車の2分前になっても姿を現さない。すると、出発前に作っていた3人のグループラインにピコン、ピコンとメッセージが送られてきた。


『駅弁売り切れ。ほかもからっぽ』

『次の乗り換えでも時間あるし、とりあえずホームに戻って福島行きに乗ろう』


 私も『3両目の後ろらへんに乗っているよ』とメッセージを送る。郡山出身の有名アーティストの代表曲の発車メロディが流れ始めたタイミングで、ようやく春哉が乗り込んできた。


「ごめん。探し回ったけど駅弁見つけられなかった」

「そうだったんですね。流石にこの時間ですもんね」

「問題はあいつだ。まだ来ないのか」


 もうすぐ出発するというのに、どこまで足を伸ばしたのだろう。そう思いながら腕時計に目をやったときだった。


ピンポーン、パンポーン、プシューッ、バタン。


 稔を残して、私たちの列車は18:44定刻に郡山を出発してしまった。程なくして、『ごめん!乗り遅れた!』と彼からメッセージが来る。やっぱりやらかしたな。


「どうしましょう?途中で降りて、稔さんが来るのを待ちますか?」

「いや、あいつには自腹で新幹線使って先回りしてもらう。乗り遅れたのは自業自得だからな」


 そう言って、春哉はグループラインに『郡山19:16発のやまびこ153号で来てくれ。福島の乗り換え改札で合流しよう』と送った。

 追って私も『駅弁じゃなくてもいいから、駅ビルでお弁当かお惣菜あったら買ってもらえたらありがたいな』とメッセージを送った。

 稔からの返信を待たずに、私はスマホの画面を暗くする。


「よし、さっき買ったものでも食べよう!」

「何か手に入れたの?」

「さっき降り立ったホームに無人のキオスクがあったの。美柚ちゃんもお腹空いているみたいだったし、簡単なものでも買おうってなったの」

「なるほどな。でも、周りに迷惑かかるから、食べるのは4人掛けの席が取れてからにしてよ」


 本宮で大半の客が降り4人掛けの席が空いたので、そこへ移動して食料を広げた。車内は閑散とし、周りの目を気にしなくていいのはありがたい。


「あいつ、流石に間違えないよな」


あんパンを口にした春哉が呟く。


「えっ、何が?」

「郡山と福島って、どっちも関西に同じ名前の駅があるんだよ。間違ってきっぷ買ったら、そのまま家の近くまで戻ることになるからな」


 関西の福島は大阪駅の1つ隣、郡山は奈良駅の1つ隣にあるようで、両駅は大和路快速という列車に乗れば一本で行けるらしい。


「凄いですね!永山以外にも、各地に同じ名前の駅がたくさんあるんですね」

「いくら稔でも、ここまで来てそんな間違いはしないでしょ。ご丁寧に新幹線の時間まで教えてあげたんだし」

「ホントにそうなったらネタにできるけどな」


 3人で稔の話をしながら空腹をしのいでいると、あっという間に福島へ19:29に着いた。

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